民法改正によって「錯誤」の規定はどう変わる?
相談例
実は、少し前に、A土地の近くに新幹線が開通する計画があるという話を耳にしました。新幹線が開通すれば地価が値上がりすると思いましたので、所有者にそのことを話してA土地を買ったのです。
ところが、買った後によく調べてみると、どうもそのような計画はなかったことがわかりました。
何とか契約を白紙にできないかと思い、インターネットで検索してみたところ、私のようなケースは、民法に定められている「錯誤」(さくご)にあたり、契約が無効になりうるということを知りました。
ただ、最近、新聞で民法が改正されたという記事を読みました。この改正で、「錯誤」の規定も変わったのでしょうか。(以下では、現在施行されている民法を「現行民法」、改正後の民法を「改正民法」とよばせていただきます)。
ここがポイント
1.改正民法が成立しました
報道などで明らかにされていますように、2017年5月26日に、民法の一部を改正する法律案が参議院本会議で可決され、改正民法が成立いたしました。3年程度の周知期間を経て、施行される見込みです。
約120年ぶりの大きな改正であると言われており、瑕疵(かし)担保責任が改正されるなど、不動産の売買にも少なくない影響あることが予想されるところです。
2.動機の錯誤
さて、相談例で問題になっております「錯誤」は、いわゆる「動機の錯誤」と言われているものです。
買主の方は、「A土地」を買おうと考えてそのとおり「A土地」を買っているため、この点に錯誤はありません。ただ、新幹線の開通により地価が値上がりすると思ったという購入動機の部分に錯誤があるのです。
なお、「A土地」を買うつもりであって、「B土地」を買うつもりはないのに、「B土地」と言ってしまい「B土地」を購入した場合は、「表示上の錯誤」の問題になります。
3.「錯誤」の規定はどう変わる?
(1)現行民法
現行民法の条文では、契約(意思表示)が錯誤によって無効となるための要件として、
①法律行為の要素に錯誤があること
②表意者に重大な過失がないこと
が必要であると定められています。
◆ご参考:現行民法95条
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
現行民法では、条文上、相談例のような「動機の錯誤」について明確な定めはありませんでした。
そこで、「動機の錯誤」について、(現行)民法95条が適用されるかが問題となっていましたが、伝統的な考え方では、「動機の錯誤」は、原則として95条の錯誤にあたらないものとされていました。
もっとも、例外的に、動機が「表示」されて意思表示の内容となった場合には、法律行為の要素となりうると考えられてきました。
多くの裁判例も、同様の考え方に立っていたところです(現行民法のもとでの錯誤については、2016年4月号「錯誤(さくご)による売買契約の無効とは?」もご参照ください)。
(2)改正民法
これに対し、改正民法では「動機の錯誤」について、明文化されました。
具体的には、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」(改正民法95条1項2号)と定められました。
また、改正民法では、「動機の錯誤」があった場合に契約が取り消せるのは、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」に限るとの要件が付け加えられました。これは、「表示」を要件とする伝統的な考え方や多くの裁判例の考え方に沿ったものといえます。
なお、「表示の錯誤」については、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」という表現で定められています(改正民法95条1項1号)。
◆ご参考:改正民法95条1項、2項
意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
さらに、現行民法では、「要素」についての錯誤であることが必要であると定められていますが、その内容については、条文上明らかにされていませんでした。
そのため、解釈により、「要素の錯誤」とは、その錯誤がなければ表意者は意思表示をしなかっただろうし、錯誤がなければ表意者は意思表示をしなかっただろうということが、通常人の立場からしても、もっともであることを言うとされていました。
改正民法でも、要素についての錯誤であることが必要とされる点で変わりはありませんが、具体的な内容が定められた点が変わっています。
具体的には、「意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」と定められました(改正民法95条1項柱書)。
4.その他の改正点は?
(1)重過失
現行民法では、意思表示をした者に重大な過失がないことが要件とされていました(現行民法95条但書)。
この点は、改正民法でも同様ですが、改正民法では次の2つの例外が定められました。
ⅰ 相手方(相談例では、売主)が、表意者(相談例では、買主)に錯誤があることを知っていたか、または、重大な過失によって知らなかったとき
ⅱ 相手方(売主)が、表意者(買主)と同じ錯誤に陥っていたとき
これらは、解釈上ほぼ異論がないとされていた点ですが、改正民法により明文化されたのです。
これらに当たる場合には、表意者(買主)に重大な過失があったとしても、契約を取り消すことができることになります。
◆ご参考:改正民法95条3項
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
(2)効果
現行民法では、錯誤がある場合、意思表示は「無効」であると定められていますが、改正民法では、「取り消すことできる」ものとされました。
また、新たに、善意無過失の第三者には対抗できないと定めが設けられました。これは、現行民法のもとで多数を占めていた考え方を明文化したものとされています。
◆ご参考:改正民法95条4項
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
5.相談例の場合
では、相談例の場合は、どのようになるでしょうか。
A土地の近くに新幹線が開通するという計画がなかった場合、開通により地価が値上がりするという買主の認識は事実に反しますので、動機に錯誤があると言えます。
また、買主は、売主に対し、新幹線の開通により地価が値上がりすることがA土地の購入動機であると話した上で購入しているようですので、改正民法で定める「表示」もあると言えるでしょう。
さらに、開通計画について錯誤がなければ買主はA土地を購入しなかったでしょうし、一般に土地は高価な買い物ですから、開通計画について錯誤がなければA土地を買わなかったであろうということが、通常人の立場でも、もっともであるといえると思われます。そのため、錯誤が、契約の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものにあたると言えるでしょう。
しかし、買主は、開通計画が本当かどうかについてよく調べていなかったようですので、重大な過失があるとされる可能性が高いと思われます。
もっとも、買主が錯誤に陥っていることを売主が知っていたり、重大な過失により知らなかったりした場合には、買主に重大な過失があったとしても、売買契約を取り消すことができることになります。
また、売主に買主と同じ錯誤があった場合にも、売買契約を取り消すことができます。
以上のように見てきますと、改正民法が施行されたとしても、現行民法の下での考え方が直ちに大きく変わるということはないものと予想されます。
もっとも、今回ご紹介いたしましたように、改正民法の規定自体は、現行民法の条文から大きく変わっています。そのため、実際の裁判などでは、こうした違いや改正の際に行われた議論を踏まえて、従来とは異なる新たな主張がなされる可能性もありますので、今後の展開に注目していく必要があるでしょう。