隣地との関係にかかわる民法の規定が改正されました
相談例
ある土地の購入を検討しているのですが、隣地に生えている木の枝がこちら側に越境しているのが気になります。
隣地の所有者として登記に記録されている方に連絡をとろうとしたのですが、その方はすでに亡くなられており、現在、誰が土地の所有者なのかがはっきりしません。
このような場合、どう対応したらよいのでしょうか。
ここがポイント
越境している竹木を切除する場合や、電気・ガス・水道といったライフラインを設置する場合など、隣地を使用する必要が生じることがあります。
しかし、隣地が、いわゆる「所有者不明土地」(※)であった場合、所有者を探したり、訴訟手続を行ったりする負担が大きくなり、土地が有効に利用できないといった問題が生じていました。
※ 相続登記が行われないことなどが原因で、不動産登記簿により所有者 あるいは所有者の所在が直ちに判明しない土地
こうした問題に対応するため、隣地との関係にかかわる民法の規定(相隣関係規定)が改正されました(公布日である令和3年4月28日から2年以内に施行されます)。
今回は、この相隣関係規定にかかわる改正についてご説明いたします。
なお、所有者不明土地問題に対応するために、相隣関係規定以外の民法の規定(共有関係、相続財産の管理制度、遺産分割など)や、不動産登記法(相続登記の義務化)など、広範囲にわたって法律が改正されていますが、今回は説明を割愛させていただきます。
1.隣地使用権に関する改正
(1)隣地使用の目的の明確化
改正前民法209条1項では、土地の所有者が、「境界またはその付近において障壁または建物を築造し、または修繕するため」必要な範囲内で、隣地を使用することが認められていました。
もっとも、条文に挙げられていないその他の目的で使用することができるのかについては、条文の文言からは明確ではありませんでした。
そこで、改正民法209条1項では、以下の目的のために必要な範囲内で隣地を使用することができるものと定められました。
①境界またはその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去または修繕
②境界標の調査または境界に関する測量
③竹木の枝の切取り(改正民法233条3項)
(2)隣地使用権の性質、使用方法など
改正前民法209条1項では、「隣地の使用を請求することができる」と定められていました。
この規定の性質については、一般に、土地所有者が隣地を使用するには、隣地所有者等から承諾を得る必要があり、承諾が得られなかったときは、承諾に代わる判決を得なければならない、という権利であると考えられていました。
これに対して、土地所有者が一方的な意思表示によって隣地を当然に使用することができ、隣地所有者等はその限度で受忍する義務を負うという考え方もありましたが、少数にとどまっていました。
しかし、改正民法では、「隣地を使用することができる」として「請求」という文言が削除され、隣地使用権は、土地所有者が隣地所有者等の承諾(または承諾に代わる判決)を得なくても隣地を使用することができる権利であるという考え方が採用されました。
その理由としては、隣地所有者等の承諾等が必要であるとすると、所有者不明土地の場合、所有者を探して承諾を得たり判決を得たりするのに相当な時間がかかってしまい、土地の利用が妨げられることが挙げられています。
このように、改正民法では、隣地所有者等の承諾等が求められないことになりました。
そこで、隣地所有者等(※)の利益にも配慮し、隣地を使用する際には、使用の日時、場所および方法について、隣地所有者等のために最も損害が少ないものを選ばなければならない、とされました(改正民法209条2項)。
※隣地の所有者および隣地利用者(隣地を現に使用している者。賃借人などがこれに当たります)
なお、改正法の考え方によっても、自力救済が認められるわけではありません。したがって、隣地所有者等が隣地の使用について妨害行為等を行っている場合でも、ご自身でこれを排除することは認められませんので、ご注意ください(妨害行為を差し止める判決を得た上で強制執行の手続により行うことになります)。
(3)隣地使用権の行使方法など
隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所および方法を隣地所有者等に通知しなければなりません(改正民法209条3項本文)。
ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知すれば足ります(改正民法209条3項ただし書)。自然災害によって緊急に工作物の収去や修繕が必要になった場合など急迫の事情がある場合が想定されています。
なお、隣地所有者等が損害を受けた場合、隣地を使用した者に償金を請求することができるという点は、改正前民法と同様です(改正民法209条4項)。
2.各種ライフラインの設置権、使用権に関する改正
(1)ライフライン設置権、使用権の新設
現代社会において土地を利用するには、電気・ガス・水道といった各種のライフラインが必要不可欠ですが、他の土地に囲まれていたりするために、その供給が受けられない土地もあります。
しかし、改正前民法では、こうしたライフラインの設置に関する規定が設けられていませんでした。
そのため、裁判例などでは、改正前民法209条(隣地使用権)などを類推適用して設置権を認めたりしていましたが、根拠や手続などが明確でないところがありました。
また、設置を予定している土地の所有者が不明である場合、設置が困難となるという問題も生じていました。
こうしたことから、土地所有者が他の土地に設備を設置し、または他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガスまたは水道水の供給その他これらに類する継続的な給付を受けることができないときは、必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、または他人が所有する設備を使用することができるものと定められました(改正民法213条の2第1項)。
(2)権利の性質、設置または使用方法、行使方法など
ライフライン設置権、使用権の権利の性質については、改正民法における隣地使用権の場合と同様に考えられており、他の土地等の所有者は設備の設置や使用を受忍する義務を負うことになります。
また、ライフラインの設置または使用方法、権利の行使方法についても、隣地使用権の場合とほぼ同様の定めが設けられています(改正民法213条の2第2項、3項)。
ただし、隣地使用権の場合と異なり、事後の通知は認められておらず、あらかじめ、目的、場所および方法を他の土地等の所有者および他の土地を現に使用している者に通知しなければなりません(改正民法213条の2第3項)。
さらに、ライフラインの設置権、使用権を有する者は、設備を設置しまたは使用するために、(一時的に)他の土地または他人が所有する設備がある土地を使用することができます。
この場合の使用方法等については、隣地使用権の規定が準用されます(改正民法213条の2第4項・209条1項ただし書および2項~4項)。
なお、ライフラインの設置等について妨害行為等が行われている場合でも、自力救済が認められないことは、隣地使用権の場合と同様です。
(3)償金等について
改正民法では、ライフライン設置権、使用権に関する償金について、一時的に生じる損害と継続的に生じる損害に対する2種類の償金が定められました。
具体的には、設置または使用工事のために土地を一時的に使用することで(土地所有者等に)生じた損害に対する償金(改正民法213条の2第4項・209条4項)と、既存の設備の使用を開始するために(設備の所有者に)一時的に生じた損害に対する償金(改正民法213条の2第6項)については、一時金として支払う必要があります。
他方、設備を新たに設置し、他の土地の使用に継続的な制限を加えることで生じる損害に対する償金については、1年ごとに支払うことができます(改正民法213条の2第5項ただし書)。
また、既存の設備を使用する者は、利益を受ける割合に応じて、設置、改築、修繕および維持に必要な費用を負担しなければなりません(改正民法213条の2第7項)。
(4)土地の分割や一部譲渡の場合の特別の定め
土地の分割や一部譲渡によって生じた土地の所有者は、土地の分割または一部譲渡をした者が所有する土地のみに、ライフライン設備を設置することができます(改正民法213条の3)。
この場合、継続的に生じる損害に対する償金の支払は不要とされています(改正民法213条の3第1項後段)
3.越境した枝の切除に関する改正
相談例のように、隣地の竹木の枝が境界線を越えて自分の土地に入ってきた場合、改正前民法233条1項によれば、竹木の所有者に対して枝を切除するように求め、竹木の所有者がこれに応じないときは、判決を得て強制執行の手続によって切除する(竹木の所有者の費用負担で第三者に切除させる)ことが必要でした。
しかし、このような手続をとることは時間や手間がかかるうえ、隣地所有者等が不明であった場合、枝を切除することが難しくなるといった問題が生じていました。
こうしたことから、竹木の枝の切除に関する民法の規定が、以下のとおり改正されました。
すわなち、改正民法でも、竹木の所有者に対して境界線を越えている枝を切り取るよう求めることが原則とされています(改正民法233条1項)。
しかし、改正民法では、次の場合には、土地の所有者が、枝を切り取ることができるようになりました(改正民法233条3項)。
①竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
②竹木の所有者を知ることができず、またはその所在を知ることができないとき。
③急迫の事情があるとき。
相談例の場合においても、これらの要件を満たすときは、越境している枝を土地所有者自ら切り取ることができるものと考えられます。
ただし、改正前民法の理解として、枝の越境があったとしても、土地所有者が何の害も受けていない場合などに切除を求めることは、権利の濫用(民法1条3項)になるという考え方もなされていました。この考え方が改正民法においても妥当する可能性があるため、実際の場面で枝を切り取ることができるのかについては慎重に検討することが必要です。
また、竹木が数人で共有されている場合には、各共有者はその枝を切り取ることができることになりました(改正民法第233条2項)。
これにより、土地の所有者は、共有者の一人に対しその枝を切除するよう求め、その共有者がこれに応じれば枝の切除が実現することになります。
また、切除を求められた共有者が応じなかったときは、その者に対する判決を得て、強制執行(代替執行)を行うことになります。
なお、隣地の竹木の根が境界線を越えるときにはその根を切り取ることができるとされている点は、改正前民法と同様です(改正民法233条4項)。
4.まとめ
以上の相隣関係にかかわる改正民法が施行されることにより、土地の有効利用や円滑な管理が進むことが期待されます。
もっとも、改正民法で大きく改正されたり、新たに設けられたりした制度も多く、制度の解釈については今後も専門的な議論が重ねられていくものと考えられますので、実際の事件において相隣関係の規定の利用を検討される場合には、専門家に相談されることをお勧めいたします。