賃貸中の不動産の売却と賃貸人たる地位の移転・留保、敷金等の承継について
相談例
賃借人が入居中の賃貸マンションを売却しようと考えているのですが、買主からは、入居者と直接やりとりをするのは面倒なので、当面の間、賃貸人として留まってほしいと言われています。売却後も賃貸人として留まるには、どのようにしたらよいでしょうか。
また、近隣で、このマンションとは別に、賃貸中の青空駐車場を所有しています。これを機にそちらも売却しようと考えているのですが、賃貸人としての立場はどうなるのでしょうか。
ここがポイント
1.不動産の賃貸人たる地位の移転について
(1)賃借人が対抗要件を備えている場合
不動産賃貸借の対抗要件とは、賃借権の登記を備えていること(民法第605条)、賃借土地上に賃借人名義で登記された建物を所有していること(借地借家法第10条)、または賃借建物の引渡しを受けていること(借地借家法第31条)などです。
賃借人が対抗要件を備えている場合に、賃貸不動産が売却されたときは、賃貸人の地位は、原則として、売主から買主に当然に移転します。売主・買主間の合意や賃借人の承諾は不要です。
この原則は判例によって認められていましたが、平成29年の民法改正により、明文化されました(民法第605条の2第1項。改正前の状況については、2017年10月号「賃借人が入居している建物を購入する場合の注意点」もご参照ください)。
相談例の場合、入居者は各部屋の引渡しを受けて居住しており、対抗要件を備えています。そこで、売主の賃貸人としての地位は、原則として、買主に当然に移転することになります。
(2)賃借人が対抗要件を備えていない場合
他方、賃借人が対抗要件を備えていない場合には、賃貸不動産が売却されたとしても、賃貸人の地位は当然には買主に移転しません。
もっとも、売主と買主が合意すれば、賃借人の承諾がなくても、買主に対し賃貸人の地位を移転させることができます。
この点についても、判例によって認められていましたが、平成29年の民 法改正により明文化されました(民法第605条の3前段)。
相談例のような青空駐車場の賃貸借については、対抗要件を備えていないのが通常です。
そのため、賃貸中の青空駐車場が売却された場合には、賃貸人の地位は当然には買主に移転しませんが、売主と買主が合意することで、賃貸人の地位を買主に移転させることができます。
2.不動産の賃貸人たる地位の留保について
(1)最高裁平成11年判決
相談例のように、買主が、不動産の所有者となったとしても、賃貸人としての地位を引き継がず、売主に賃貸人の地位に留まってもらいたいと希望する場合があります(資産の流動化等を目的として不動産の譲渡が行われる場合など)。
こうした場合、売主と買主の合意のみによって、賃貸人の地位を売主に留める(留保する)ことができれば便利です。
しかし、判例は、賃借人の保護に欠けることを理由に、売主と買主の合意のみによって、賃貸人の地位を売主に留保することを認めていませんでした(最高裁平11年3月25日判決)。
賃借人の保護に欠けるという点を少し詳しく説明しますと、仮に、売主と買主の合意のみで賃貸人の地位を売主に留保できるとすると、賃借人は(買主が賃貸人に、売主が賃借人・転貸人になった場合の)転借人と同様の立場に立たされることになります。
そのため、賃借人は、予測できない損害を被るおそれがあります(転貸借は、賃貸借を基礎としており、賃貸借が終了した場合には転貸借も終了するのが原則であるため(終了原因によって異なります。)、転借人は賃借人よりも不安定な地位にあるといえます。)。
(2)平成29年の民法改正
以上の判例によれば、賃貸人の地位を売主に留保するためには、売主と買主の合意のみでは足りず、賃借人の承諾を得ることが必要になります。
しかし、賃借人が多数いる場合に承諾を得ることは大変な負担ですし、賃借人の承諾が得られなかった場合には、賃貸人の地位を売主に留保できないことになります。
こうした状況を踏まえて、平成29年に民法が改正され、売主と買主が以下の内容の合意をした場合には、賃借人の承諾を得なくても、賃貸人の地位を売主に留保できるようになりました(民法第605条の2第2項前段)。
①不動産の譲渡人(売主)と譲受人(買主)が、賃貸人たる地位を譲渡人(売主)に留保すること、および
②その不動産を譲受人(買主)が譲渡人(売主)に賃貸すること
相談例の場合も、売主と買主の間で、①、②の内容の合意をすれば、マンションの入居者の承諾を得なくても、賃貸人の地位は買主に移転せず、売主は賃貸人の地位に留まることができます。
(3)賃貸人の地位が留保された場合の効果
賃貸人の地位が、前述の規定によって売主に留保された場合、売主と賃借人との間には、転貸借関係が成立するものとされています(買主→新賃貸人、売主→新賃借人(転貸人)、賃借人→転借人)。
では、売主と買主との間の賃貸借が終了した場合、転貸借も終了するのでしょうか。
この場合、売主に留保されていた賃貸人の地位が、買主(買主から不動産を譲り受けた者を含みます。)に移転します(民法第605条の2第2項後段)。賃借人を保護するため、平成29年の民法改正により、新たに設けられた規定になります。
したがって、売主と買主との間の賃貸借契約が終了した場合、買主と賃借人の間で、賃貸借関係が継続することになります。(以上について、2018年11月号「賃借人が入居している建物の売却と『賃貸人たる地位の留保』」もご参照ください)。
相談例のマンションの場合も、売主と買主の間の賃貸借が終了したときは、売主に留保されていた賃貸人の地位が買主に移転し、買主と入居者との間で賃貸借関係が継続することになります。
3.費用の償還債務および敷金返還債務の承継
賃借人が必要な修繕を行うための費用などを支出した場合、賃貸人は賃借人に対し費用の償還債務を負う場合があります。また、賃貸人は、賃借人に対し敷金を返還する債務を負います。
賃貸人の地位が買主に移転した場合、買主(買主から不動産を譲り受けた者を含みます)がこれらの債務を承継します(民法第605条の2第4項、民法第605条の3後段)。
相談例において、賃貸マンションや青空駐車場の賃貸人の地位が買主に移転した場合、買主が、マンションの入居者や駐車場利用者に対する費用償還債務や敷金返還債務を承継します。
なお、敷金返還債務がどの範囲で承継されるかについては、当事者間の合意に委ねられています。
4.まとめ
改正民法によって新設された規定を中心にご説明いたしましたが、これらの規定は設けられてから日が浅いところです。
賃貸中の不動産を売却される場合には、これらの規定を利用するかどうかも含めて、専門家にご相談されることをお勧めいたします。