購入した建物の瑕疵について設計・施工者等に対する損害賠償請求は認められるか
相談事例
私は、数年前に購入した建物に住んでいますが、この建物には、廊下・床・壁のひび割れ、はりの傾斜、鉄筋量の不足、バルコニーの手すりのぐらつき、排水管の亀裂やすき間等の不具合(瑕疵)があることが分かりました。建物の売主には資力がないことから、建物の建築に関わった設計者や施工者等に対して、修補費用などの損害賠償を請求することはできますか。
解説
1 設計・施工者等に対する損害賠償請求の背景等について
売買の目的物の品質などが契約の内容に適合しない場合、買主は、売主に対して、契約不適合責任の追及として、損害賠償請求をすることができます(「契約不適合責任」は、改正前の民法の「瑕疵担保責任」に対応するものです。)。
しかし、売主に対する契約不適合責任の追及については、民法等による期間制限があり(本コラムの2017年11月号参照)、その期間の経過により責任追及ができない場合があります。また、本件のように、売主に資力がないために、損害賠償金を回収できる見込みがない場合もあります。
このような場合、買主は、売主ではなく、建物の建築に関与した設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」といいます。)に対して、損害賠償を請求することが考えられます。
この損害賠償請求の性質としては、買主は、設計・施工者等との間で、建物の設計や施工等に関する契約を締結しておらず、契約関係がないことから、不法行為を理由とした損害賠償請求になります。この請求の可否の判断に当たっては、以下にご紹介する最高裁判決が参考になります。
2 最高裁平成19年7月6日判決
最高裁平成19年7月6日判決(以下「最高裁平成19年判決」といいます。)は、以下のとおり判断し、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」がある場合には、建物の設計・施工者等が不法行為による損害賠償責任を負う可能性があることを認めました。
(以下、最高裁平成19年判決の引用)
「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。」
3 最高裁平成23年7月21日判決
また、最高裁平成23年7月21日判決(以下「最高裁平成23年判決」といいます。)は、以下のとおり、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の内容をより明確化しました。
(以下、最高裁平成23年判決の引用)
「「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず、当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には、当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。」
4 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の具体例
(1) それでは、具体的にどのような瑕疵が「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当するのでしょうか。最高裁判決は、以下のような例を挙げています。
① 最高裁平成19年判決は、「建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合」に限らず、「例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべき」としています。
② 最高裁平成23年判決は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当する例として、
・ 当該瑕疵を放置した場合に、鉄筋の腐食、劣化、コンクリートの耐力低下等を引き起こし、ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵
・ 建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても、これを放置した場合に、例えば、外壁が剥落して通行人の上に落下したり、開口部、ベランダ、階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや、漏水、有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるとき
を挙げています。
(2) 他方で、最高裁平成23年判決は、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当しない例として、「建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵」を挙げています。
5 結論
本件についても、以上のような最高裁判決に基づき、建物の不具合が、「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当する場合には、設計・施工者等に対する損害賠償請求が認められる可能性があります。
なお、「建物の基本的な安全性を損なう瑕疵」に該当するかどうかは、問題となっている瑕疵の種類から類型的に判断されるものではなく、居住者等の生命・身体・財産に対する危険性があるか等について、個別具体的な事情に基づいて実質的に判断されることに注意する必要があります。