他人物売買
相談事例
私は、Aさん(売主)から土地及びその土地上の建物(以下併せて「本件不動産」と言います。)を購入する売買契約を締結しました。引渡日及び代金支払日が3日後に近づいてきたので、現地に行って最終的にその建物と土地を確認すると、売買契約を締結する前に現地確認した際には、「近々引っ越す予定です」と言っていたBさんがまだ本件不動産に住んでいて、「やっぱり引っ越さないことにしました」と言ったので驚きました。本件売買契約締結前のAさんの説明では、「契約締結段階では、本件不動産の所有者はBであって私ではないが、引渡日までには私が本件不動産をBから取得するので、問題ない。」とのことでしたが、私は、本件不動産の所有権を得られるのでしょうか。Aさんが他人の物を私に売る、という内容の契約はそもそも効力がないような気がしてきて、心配になってきました。
ここがポイント
1.他人の物の売買契約も有効
他人の物の売買契約であっても、契約は有効に成立します。
民法は、典型的な売買契約の要素は、(1)財産権を相手方に移転することを約束することと、(2)それに対して相手方が代金を支払うことを約束すること、であるとしています。これらの約束があれば、売買契約が有効に成立することになります。
例えば、売主が、「買主にこの不動産の所有権を移します。」と約束し、買主が、「所有権を移してもらう代金として、○○円支払います。」と約束すると、売買契約が成立することになります。
そして、他人の物であっても、売主がその所有権を買主に移転することを約束することや、買主がそれに対して代金を支払うことを約束すること自体はできます。
従って、他人の物であっても、売買契約は有効に成立することになります。なお、その目的物の所有者が、この(他人物)売買契約について何も知らされていなかったり、また売主を含む何人にもその物を譲渡したり売却したりする意思がなかったとしても、売主と買主との間で上述のような約束をすることは可能であり、売買契約は有効に成立することになります。
2.売主の義務
自分の物を売る契約であれば、売買契約から生じる売主の義務は、基本的には、「その物についての自らの所有権を買主に移転すること」です。この義務は、その売買契約の目的物を売主自らが所有していることを前提としています。
ところが、他人の物を売る契約を締結した売主は、売買契約締結の時点では、その物を所有していません。
そこで、他人の物を売却する売買契約を締結した売主の義務には、「その物の所有権を取得すること」が加わることになります。売主は、例えばその物の所有者から買い取るなどして、権利を取得しなければなりません。
3.他人の物の売買の場合、買主はいつ目的物の所有権を取得できるのか
他人の物の売買の場合、売買契約締結の時点では、その物は売主の所有物ではありませんから、その時点で売主から買主に所有権が移転することにはなりません。この場合には、売主が、その物の所有権を所有者から取得した時に、買主に所有権が移転すると考えられています。なお、当事者間で別途所有権の移転日を合意した場合、その合意は有効です。ただ、その日迄に売主が所有者から所有権を取得していなければ、売主から買主に所有権は移転しません。
4.売主が目的物の所有権を取得できず、買主が所有権を得られなかった場合
売主には、上記2のとおり、目的物の所有権を取得する義務がありますので、それができなかった場合、債務不履行責任を負うことになります。
また、売主は、「他人の物」という欠陥のある物を売った責任、いわゆる瑕疵担保責任も負うことになります。
そして、売主が目的物の所有権を所有者から取得できず、買主が所有権を得られなかった場合、買主は、売主の負うこれらの責任に基づき、売買契約を解除して既に支払った代金の返還を求めたり、損害の賠償を求めることができます。但し、買主が、売買契約締結時に所有権が売主に属しないことを知っていた場合、瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求はできないとされています。
本件の場合、買主は、契約締結段階では、本件不動産の所有者が売主ではない旨の説明を受けており、所有権が売主に属しないことを知っていますので、損害賠償の請求はできません。ただ、売買契約を解除して代金の返還を求めることはできます。
なお、売主が代金をすんなり返還してくれれば良いですが、そうでない場合、裁判等の法的手続が必要になってくる可能性があります。また、売主に十分な資産が無いような場合、裁判等をしても全額回収できない可能性がありますので注意が必要です。
5.買主は、本件不動産に住んでいるBに対して、何か言えるのか
売主が目的物の所有権を取得して買主に移転できた場合、買主は、目的物の所有権を取得しますので、この所有権に基づいて、Bに対して、建物を明け渡すよう求めることができます。
他方で、売主が目的物の権利を取得できず、買主が所有権を得られなかった場合、Bに対し、所有権に基づいて明け渡しを求めることはできません。
また、買主が所有権の移転を受けることを約束した売買契約は存在しますが、この契約はあくまでも買主と売主との間の契約であって、当事者ではないBには効力が及びません。そのため、買主がこの契約の効力をBに対して主張して、自らに所有権を移転するよう求めることはできません。
この場合、買主は、売買契約の当事者である売主に対して、上記4で記載したような解除や代金の返還等を求めることになります。
なお、Bが売主と、「買主に他人物売買契約を締結するよう持ち掛け、代金を騙し取ろう」というような相談をして、売主と協力して買主を騙したような場合は、不法行為が成立し得ます。この場合、買主はBに対しても、不法行為責任に基づいて、損害の賠償を求めることができます。