「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」について
相談例
ある中古住宅を購入したのですが、購入後にインターネットで検索してみたところ、過去に人が亡くなっているという情報を見つけてしまいました。
その情報では自然死だったとのことですが、売主さんや仲介業者さんからは何も聞いていませんし、頂いた書類にも書いてありませんでした。
人が亡くなったという事実があるなら、調べて知らせる義務があるのではないでしょうか。
ここがポイント
これまで、売買や賃貸借といった不動産取引の対象となる不動産で人の死が発生した事案について、適切な調査や告知に関する明確な基準はありませんでしたが、令和3年10月8日、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます)を策定しました。
そこで、今回は、本ガイドラインの概要をご説明いたします(詳細は、本ガイドラインをご参照いただきますようお願い申し上げます)。
1.本ガイドラインの制定の背景・位置づけ
人の死が不動産取引の際の「心理的瑕疵」(※)にあたるのか、いつまであたるのかといった評価は、人の死が発生した事案の様子や周りにどの程度知られているか(周知性)、物件の立地等によって異なり、時代や社会の変化に伴って変わる可能性があります。
時間の経過とともに薄まり、やがては消えるという裁判例もあります。
※ 「目的物の通常の用途に照らしその使用の際に心理的に十全な使用を妨げられるという欠陥」のこと(2015年9月号 不動産売買における心理的瑕疵とは?もご参照ください)
また、人の死に関する事案をどのようにとらえるかは、買主や借主の内心に関わる事柄であり、取引をする・しないという判断にどの程度影響を及ぼすかは、人によって異なります。
以上のことから、個々の不動産取引の際に、告知が必要か否か、告知する内容について判断することが困難なケースがあり、宅地建物取引業者(宅建業者)によって対応が異なる場合も生じていました。
また、賃貸不動産で生じた人の死に関する事案をすべて告知しなければならないと思い、特に単身高齢者の入居を敬遠する傾向があるとの指摘もあります。
こうした背景から、取引対象となる不動産で過去に人の死が発生していた事案において、どういった対応(調査や告知)をすればいいのかという判断に役立つように、本ガイドラインが制定されました。
本ガイドラインは、売主・貸主ではなく、宅建業者の義務を判断する際の基準として位置づけられています。
不動産取引においては宅建業者が極めて大きな役割を果たしており、売主・貸主が把握している情報が買主・借主に適切に告げられるかは、宅建業者によるところが大きいといえます。
そこで、本ガイドラインでは、現時点における裁判例や取引実務から、宅建業者がとるべき対応として一般的に妥当であると考えられるものがまとめられています。
2.本ガイドラインが取り扱う範囲
本ガイドラインの対象は、居住用の不動産取引であり、オフィス等として用いられる不動産取引は対象外となっています。
居住用不動産は、人が継続的に生活する場となり、買主・借主は住み心地の良さなどを期待して入居するため、人の死が取引の判断に及ぼす影響が大きいと考えられたものです。
3.調査について
それでは、次に、本ガイドラインにおいて宅建業者はどういった調査を行うべきとされているのかをご説明いたします。
宅建業者は、販売活動や仲介活動の際に、通常の情報収集を行うべき一般的な義務を負っていますが、人の死に関する事案が発生したことを疑わせる特段の事情がないのであれば、宅地建物取引業法上、これを自発的に調査する義務までは負っていないとされています。
例えば、宅建業者が自発的に、売主・貸主・管理業者以外に周辺住民に聞き込みを行ったり、インターネットサイトを調査したりする義務はないと考えられています(仮に調査を行う場合には、亡くなった方や遺族等の名誉や生活の平穏に十分に配慮し、特に慎重に対応する必要があるとされています)。
他方、通常の情報収集過程で、売主・貸主・管理業者から、人の死に関する事案が発生したことを知らされた場合や、自ら事案が発生したことを知った場合で、その事実が取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられるときは、その事実を買主・借主に告げなければならないとされています。
また、売主・貸主からの告知がない場合でも、人の死に関する事案の存在を疑う事情があるときは、売主・貸主に確認する必要があるとされています。
なお、照会先の売主・貸主・管理業者より、事案の有無および内容について不明であると回答された場合や回答が無かった場合であっても、照会を行った事実をもって調査は行われたものと考えられています。
また、仲介を行う宅建業者は、売主・貸主に対して、物件状況等報告書などの書面(告知書等)に、過去に生じた事案についての記載を求めることで、通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとされています。
宅建業者は、売主・貸主による告知書等への記載が適切に行われるよう必要に応じて助言すること、故意に告知しなかった場合等には民事上の責任を問われる可能性があることをあらかじめ伝えることが望ましいとされています。
4. 告知について
以上のような調査を経て、宅建業者はどのように告知を行うべきとされているのでしょうか。
まず、宅建業者は、原則として、人の死に関する事案が、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合には、その事実を告げなければならないとされています。
(1)告げなくてよい場合
これに対し、以下の場合は、その事実を告げなくてもよいとされています。
①賃貸借取引および売買取引の対象不動産において自然死または日常生活の中での不慮の死が発生した場合
自然死や、日常生活の中で生じた不慮の事故による死(自宅の階段からの転落、入浴中の溺死や転倒事故、食事中の誤嚥など)の場合、居住用不動産において生じることが当然に予想されるものであることから、買主・借主の判断に重要な影響を及ぼす可能性は低いと考えられます。
ただし、これらの場合であっても、いわゆる特殊清掃(孤独死などが発生した住居において、原状回復のために消臭・消毒や清掃を行うサービス)や大規模リフォーム等が行われた場合は、後記および(2)によるものとされています。
②賃貸借取引の対象不動産において①以外の死が発生または特殊清掃等が行われることとなった①の死が発覚して、その後おおむね3年が経過した場合
これらの場合、原則として、借主にこれを告げなくてもよいとされています。ただし、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は除かれます。
なお、集合住宅の共用部分のうち日常生活で通常使用すると考えられる部分については、賃貸借取引の対象不動産と同様に扱うとされています。
③賃貸借取引および売買取引の対象不動産の隣接住戸または借主もしくは買主が日常生活において通常使用しない共用部分において①以外の死が発生した場合または①の死が発生して特殊清掃等が行われた場合
これらの場合、原則として告げなくてもよいが、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は除かれるものとされています。
(2)上記(1)①~③以外の場合
宅建業者は、取引の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすと考えられる場合は、買主・借主に告げなければならないとされています。
告げる場合、前記3.における調査を踏まえ、事案の発生時期(特殊清掃等が行われた場合は発覚時期)、場所、死因および特殊清掃等が行われたことを告げるものとされています。
(3)買主・借主から問われた場合および買主・借主において把握しておくべき特段の事情があると認識した場合等
以上が原則的な対応となりますが、買主・借主から問われた場合、社会的影響の大きさから買主・借主が把握しておくべき特段の事情があると認識した場合、宅建業者は前記3.の調査を通じて判明した点を告げる必要があるものとされています。
5.相談例の場合
本ガイドラインに従えば、仲介業者(宅建業者)は、人の死に関する事案が生じたことを疑わせる事情のない限り、自発的にインターネットサイトで調査する義務まではないものと考えられます。
また、死因が自然死であり、特殊清掃等が行われていないのであれば、社会的影響が大きく買主が把握しておくべき特段の事情がない限り、仲介業者はこれを告げなくてもよいことになるものと考えられます。
本ガイドラインは、人の死が生じた不動産における取引上のトラブルを未然に防止する観点から有意義なものと考えられますが、具体的な事案においてこれを適用するには、個々の不動産取引において相手方等の判断に影響を及ぼすか等の観点からよく検討する必要がありますので、専門家にご相談されることをお勧めいたします。