宅地建物売買のクーリング・オフ
クーリング・オフとは、一般的には、販売業者から執拗な勧誘を受け、断り切れず又は軽率に買受けの申込みをしたり、売買契約を締結したとしても、一定の期間内であれば、購入者が、特段の理由なく一方的に申込みの撤回や契約の解除ができることをいいます。
訪問販売や通信販売、電話勧誘販売については、消費者保護の観点から、特定商取引に関する法律(特定商取引法)がクーリング・オフについて定めています。宅地建物の売買についても、宅地建物取引業法(宅建業法)がクーリング・オフを定めており、今回は、その内容について説明します。
事例
私は、現在、賃貸マンションに妻と2人で暮らしています。先日、近所で、A不動産会社(宅建業者)が、新築の戸建て住宅を分譲していたので、興味本位で見に行ってみました。広い間取りで部屋数も多く、内装もおしゃれで豪華です。値段もかなり高額で、2人で住むには広すぎるので、最初は、購入することなど考えてもいませんでした。ただ、近所でしたので、何回か見に行っているうちに、将来子供ができたときにこのような家に住みたいと思うようになりました。
ある日、住宅を見に行った際、営業マンの強い勧めもあり、一大決心をして、その場で売買契約書に署名捺印をしました。手付金の300万円もすぐに振り込みました。しかし、その後、冷静になって考えてみると、子供はいつできるかわかりませんし、仕事の関係で転勤の可能性もあります。売買契約をキャンセルしたいのですが、可能でしょうか。
解説
宅建業法37条の2は、宅地建物売買のクーリング・オフを定めています。宅建業者が自ら売主となる宅地や建物の売買契約について、売主である宅建業者の事務所等以外の場所において、買受けの申込みや契約を締結した買主は、一定の期間経過前、引渡や代金の支払前であれば、書面により、申込みの撤回や契約の解除をすることができます。
本件の場合も、同条の要件を満たすのであれば、クーリング・オフすることが可能です。
1.契約の当事者についての要件
(1)まず、売主が宅建業者(宅地建物取引業者)であることが必要です。宅地建物取引業者とは、国土交通大臣又は都道府県知事の免許を受けて、宅地建物の売買や交換、それらの媒介などを反復継続して行うものです。
(2)また、買主が宅建業者でないことが必要です。不動産取引の知識と経験を有する宅建業者であれば、冷静な判断が可能であり、保護の必要性が低いからです。買主は宅建業者でなければ足り、個人である必要はありません。したがって、宅建業法上のクーリング・オフは、買主が会社などの事業者である場合も行使することが可能です。
2.買受けの申込みや契約締結の場所に関する要件
(1)売主である宅建業者の事務所等でないこと
売主である宅建業者の事務所において買受けの申込みや契約締結がなされた場合には、買主はクーリング・オフできません。宅建業者の事務所は、専任の宅地建物取引士の設置が義務付けられているなど、業務の適正な運営を確保する措置が講じられるべき場所であるため、購入者にとって正常で安定した状況の下で購入の意思決定をすることができると考えられるからです。
事務所に準ずる場所として、継続的に業務を行うことができる施設がある場所や宅地建物の分譲を行う案内所で宅地建物取引士を置くべき場所もクーリング・オフの適用除外となります。マンションのモデルルームや戸建てのモデルハウスなどは、案内所にあたると考えられています。
また、売主である宅建業者から代理や媒介の依頼を受けた宅建業者の事務所等も適用除外となります。
(2)自ら申し出た自宅や勤務先でないこと
買主が自ら希望して自宅や勤務先を契約締結等の場所として申し出た場合は、顧客の購入意思は安定的と考えられるので、クーリング・オフすることはできません。
ただし、宅建業者が顧客からの申し出によらずに自宅を訪問した場合や、電話等による勧誘により自宅を訪問した場合は、買主から訪問することについて了解を得ていたとしても、クーリング・オフが可能です。
3.告知を受けた日から8日が経過していないこと
宅建業者が、買受けの申込者や買主に対し、申込みの撤回や契約の解除を行うことができる旨及びその撤回や解除を行う場合の方法について所定の事項を記載した書面(クーリング・オフの告知書)を交付して告知をした場合、告知を受けた日から起算して8日を経過したときは、クーリング・オフできなくなります。これは、権利行使期間を限定しないと契約関係がいつまでも不安定な状態になるため、申込者等において申込みの撤回をするかどうかを冷静に見直し検討できる期間として、告知を受けた日から8日としたものです。
告知書には、次の事項が記載されていなければなりません。
①買受けの申込者又は買主の氏名及び住所
②売主である宅建業者の商号又は名称及び住所並びに免許証番号
③告げられた日から起算して8日を経過する日までの間は、申込みの撤回又は売買契約の解除を行うことができること
④売主は、申込みの撤回又は売買契約の解除に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができないこと
⑤申込みの撤回又は売買契約の解除は、その旨を記載した書面を発した時に効力を生ずること
⑥申込みの撤回又は売買契約の解除があった場合は、宅建業者は、遅滞なく、手付金その他支払われた金銭を全額返還すること
売買契約書を締結、交付しても上記告知書を所定どおりに買主に交付しないとクーリング・オフの行使期間はいつまでも進行しません。その後、宅建業者が告知書を交付して告知する機会を逸すると、買主は契約の履行が終了するまでクーリング・オフできることになります。
4.宅地建物の引渡し及び代金全額の支払いがなされていないこと
買主が宅地や建物の引渡しを受け、かつ、その代金全額を支払ったときは、クーリング・オフによる申込みの撤回や契約の解除をすることはできません。引渡しや代金支払いが完了し履行が終了した場合は、取引の安定を優先すべきとの考えに基づくものです。
宅地建物の引渡しとは、現実の引渡しに加え、所有権移転登記手続の完了も必要であると考えられています。
5.買主が申込みの撤回又は契約解除の書面を発すること
買主が申込みの撤回又は売買契約の解除の書面を発したときにクーリング・オフの効力が生じます。消費者保護の観点から、書面の到達ではなく発信により効力を生じるとされています。
クーリング・オフは、消費者保護のための制度です。買主は無条件かつ一方的に申込みを撤回し、契約を解除することができ、売主側の不当性などを主張立証する必要はありません。
クーリング・オフにより、売主である宅建業者は、契約申込金や手付金などの金銭を受領していた場合には速やかにこれらを返還しなければなりません。また、クーリング・オフにより損害を被ったとしても、買主に対し損害賠償や違約金の請求をすることはできません。
宅建業者の媒介により売買契約が成立していた場合には、クーリング・オフをした買主は、媒介業者に対し媒介報酬の返還を請求することができます。
6.あてはめ
本件事例の場合、売主であるA不動産会社は、宅建業者です。また、契約書に署名捺印した場所も分譲している戸建て住宅であり、売主の事務所やモデルハウスなどの案内所にも該当しないと考えられます。告知書によるクーリング・オフの告知も受けていないようです。
したがって、契約解除の書面を発することによりクーリング・オフが可能であり、手付金として支払った300万円の返還請求もなしうると考えられます。