初めて不動産の売買契約を締結される方が売買契約書をご覧になった際などに参考にして頂けるよう、分かりやすい言葉、一般的に使われている言葉で、法律の基本的な事項を解説しています。
売主の説明義務・契約不適合責任
物件状況報告書とは、売主が買主に対して売買契約締結時の目的不動産の状況を説明する書面です。
買主が、売買契約締結前に実際に現地に赴いて目的不動産の状況を確認したとしても、例えば目的不動産が建物であれば雨の日に雨漏りがすることや、土地であれば地中に何らかの有害な物質が埋まっていること等、買主に分からない欠陥が存在する可能性があります。売買契約締結後に、このような欠陥の存在が判明すると、買主が売主に対して売買契約の解除や損害賠償を求める等のトラブルに発展します(【Q 目的不動産に契約不適合がある場合、売主にどのような責任が生じますか。】参照)。
このような契約締結後のトラブルを避けるためには、買主が、目的不動産の状況について十分な説明を受け、納得したうえで売買契約を締結することが重要といえます。
そこで、目的不動産の状況を説明する手段として、物件状況報告書があるのです。
売主の説明義務とは、売主が買主に対して目的不動産に関する事項について説明する義務です。
売主は、民法で定められる信義誠実の原則(社会共同生活の一員として、互いに相手の信頼を裏切らないように、誠意をもって行動することが求められるという原則)に基づいて、契約締結前の段階であっても、買主に対して目的不動産に関する事項について説明する義務を負います。
また、売主が事業者であり、買主が消費者であれば消費者契約法によって、さらに売主が宅建業者であれば宅建業法によっても、説明義務が課されることがあります。こういった売主は、通常、買主に比べて情報収集力に優れていたり、事業者として専門的知見を備えていたりすることなどから、より重い説明義務が課されているのです。
宅建業者が仲介する場合、その業者も買主に対して一定の説明義務を負いますが、だからといって必ずしも売主自身の説明義務がなくなるわけではありません。
宅建業者の専門性が高いとは言っても、全ての事情を把握して説明できるとは限らず、例えば売主にしか知り得ないような情報があるような場合には、売主から説明がなされなければ宅建業者としても買主に説明することは不可能です。したがって、宅建業者が仲介する場合であっても、売主から宅建業者や買主に対して目的不動産についての情報を提供し説明することが極めて重要です。
売主は、買主が目的不動産を買うかどうかという意思決定をするに当たっての基礎となる、目的不動産の品質等について説明する義務を負います。
例えば、建築制限の有無やその内容など、買主が購入を検討するに当たって通常関心をもつ事項について説明する必要があります。
それらは信義則をもとに個別具体的に判断されますが、例えば、次のようなことも「売主の説明義務」が認められるといってよいと考えられます。
(1)目的物の種類・品質又は数量など契約不適合を売主が知悉しながらあえて告げなかった場合
(2)売主が買主から直接説明することを求められ、かつ、その事項が買主に重大な不利益をもたらすおそれがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される場合
(3)売買対象の不動産に発生している問題の重要性を容易に認識できる場合
(4)買主の「購入するか否か」あるいは「購入代金をいくらにするか」などの意思決定に影響を及ぼすような情報
(5)買主の購入目的にとって重要な事項、買主の売買契約締結の動機形成上重要な要素となる事項
(6)当該契約の締結にあたって買主が当然知っておくべき不可欠な前提事情
引き渡された売買の目的物が、契約で求められる品質・性能を備えていなかったり、数量が不足しているなど契約の内容に適合していない状態をいいます。
種類、品質に関する契約不適合には、物理的な欠陥や傷がある場合だけでなく、自殺者が出ているなどの心理的な欠陥や建築制限があるなどの法律上の欠陥がある場合も含みます。
数量に関する契約不適合については、一定の面積や個数のあることが示され、その数量に基づき代金額が定められたにもかかわらず、数量が不足している場合が典型例です。
引き渡された目的物に契約不適合があるか否かは、当事者がどのような趣旨でその契約を締結したのか、といった事情にも左右されます。例えば、中古の建物として買ったのであれば、買主もある程度の傷や不具合は覚悟のうえで買っていると考えられる場合もありますので、それが想定の範囲内のものであれば、契約不適合には当たらないとされることもあります。
売買契約の目的物に、種類、品質または数量に関して契約不適合がある場合、買主は売主に対して、目的物の修補、代替物の引渡しや不足分の引渡し(履行の追完)を請求することができます。
売主が求められた期間内に履行の追完をしない場合やそもそも追完が不可能である場合などには、買主は売主に対し不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができます。
契約不適合が軽微でなければ、買主は、減額を求めずに、契約を解除することができます。また売主に何ら落ち度がない場合を除き、損害賠償請求することもできます。
目的物の追完(修補等)請求権、代金の減額請求権、契約解除権については、契約不適合があることについて売主に落ち度がなかった場合でも、売主は責任を負います。もっとも、契約不適合の原因が買主にある場合には、売主は責任を負いません。
これに対し、損害賠償請求権については、売主に落ち度がなかった場合、売主は責任を負わないことになります。
①物の種類・品質についての契約不適合責任の場合
買主は、売主に対して不適合の事実を知った時から1年の期間内に不適合があることを通知しておかないと、契約不適合責任の追及ができなくなります(特別の期間制限・権利保存の方法)。
ただし、売主が引渡しの時に不適合を知っていたり、重大な過失によって知らなかったときは、上記の期間制限を受けません。また、不動産の売買契約書で、上記の期間とは異なる定めをおくことも多くあります(【【Q 売主が契約不適合責任を負わないこととする特約や、契約不適合責任を負う期間を制限する特約は有効ですか。】参照)。
さらに、契約不適合責任は、上記の期間制限とは別に、買主が不適合を知った時から5年間または目的物の引渡しの時から10年間で消滅時効にかかります(消滅時効による期間制限)。
したがって、買主は、上記の通知を行っていた場合でも、不適合の事実を知った時から5年間、または引渡しの時から10年間が経過すると、契約不適合責任の追及ができなくなることがあります。また、買主が不適合の事実に気が付かなかった場合には、引渡しの時から10年間で責任の追及ができなくなることがあります。
②権利および物の数量についての契約不適合責任の場合
①の場合と異なり、契約不適合が外形上明白であるため、特別の期間制限を受けませんが、消滅時効にはかかります。
したがって、買主は、不適合を知った時から5年間または引渡しの時から10年間が経過すると、不適合責任の追及ができなくなることがあります。
このような特約は、原則として有効です。契約不適合責任を定める民法の規定は任意規定であり、当事者がその規定の内容とは異なる合意をした場合、その合意が優先するためです。ただし、売主が契約不適合を知りながら買主に告げなかった事実等については、売主の責任を免除することは不適当であることから、契約不適合責任を免除する合意の効力は否定されます。
なお、特別法により、契約不適合責任を免除・制限する合意の効力が制限される場合があります。例えば
① 売主が宅建業者であり、買主が宅建業者ではない場合、宅地建物取引業法により、買主が売買目的物の契約不適合を売主に通知すべき期間(民法566条に規定する期間)を引渡日から2年以上とする特約を除いて、民法上の契約不適合責任の内容を、買主にとってより不利なものにする特約は無効になります。
② 売主が事業者で、買主が消費者である場合、消費者契約法により、契約不適合責任について事業者の損害賠償責任を全部免除する特約は原則として無効になります。また、全部免除ではなくても、契約不適合責任に関する特約が、法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比べて、消費者の権利を制限し又は義務を加重するものであって、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するものであれば、無効になります。
③ 売買の目的不動産が新築住宅である場合、住宅の品質確保の促進等に関する法律により、売主は、構造耐力上主要な部分又は雨水の侵入を防止する部分の瑕疵(この法律のいう「瑕疵」とは、種類又は品質に関して契約の内容に適合しない状態をいいます。)について引渡時から10年間の契約不適合責任を負い、これに反して買主に不利な特約をしても無効になります。
「現状有姿にて引渡す」とは、引渡しの時の現状でその目的物を引渡す、ということです。
もっとも、「現状有姿にて引渡す」と定められているからといって、引渡しの時に目的物に欠陥や傷、数量不足などの契約不適合があった場合でも、それをそのまま現状で引き渡せば契約不適合責任も問いませんよ、ということまで含意されているとは言えません。
したがって、「現状有姿にて引渡す」と合意されていても、売主は契約不適合責任を免れるものではありません。
売主は、原則として建物売買の前に耐震診断を行う義務はありません。買主が、売主側で予め耐震診断を行ってほしいと考える場合、その旨を別途合意することが考えられます。
なお、宅建業者が売買契約の当事者または仲介業者等として関与し、重要事項説明義務を負う場合、旧耐震基準で建築された建物、すなわち昭和56年5月31日以前に新築された建物については、耐震診断を受けてその結果が存在するのであれば、その内容は説明しなければなりません。
売主は、必ずしも建物売買の前にアスベストの検査を行う義務はありません。
ただし、宅建業者が売買契約の当事者または仲介業者等として関与し、重要事項説明義務を負う場合、アスベスト使用の有無の調査結果の記録が存在し、保存されているときは、その内容を説明しなければなりません。
なお、宅建業者であっても、アスベスト使用の有無の調査を実施すること自体が義務付けられているわけではありません。
したがって、買主が、売主側で予めアスベストの検査を行ってほしいと考える場合、その旨を別途合意する必要があります。
なお、売主は、必ずしも建物売買の前にアスベストの検査を行う義務はないことは前述のとおりですが、アスベスト(石綿)の規制は強化する傾向にあり、例えば、大気汚染防止法の一部を改正する法律等により、令和5年10月1日以降に解体等作業を行う際は、資格者による事前調査が義務化されています。また、令和4年4月1日以降に開始される「一定規模以上の建築物(個人宅を含む)や特定の工作物の解体・改修工事」は、石綿(アスベスト)含有の有無の事前調査の結果等をあらかじめ都道府県等に電子システムで報告することが義務付けられるようになっています。石綿(アスベスト)の問題は建物売買の買主にとって重要であり、売主も知っていることをきちんと説明すべきです。
仲介した不動産会社は契約不適合責任を負いません。
契約不適合責任は、欠陥のある建物を引渡した売主と、欠陥がないと想定して定められた売買代金を支払う買主との利益のバランスを取るために、売主が負っている責任です。
したがって、あくまで当事者である売主がその責任を負うことになり、仲介した不動産会社は責任を負いません。