契約の締結を拒んだら損害賠償責任が発生する?
近年、震災復興や東京オリンピック開催決定などによる建設需要があるなかで、資材価格や労務費の上昇を原因として建築費が高騰しているといったニュースを耳にすることがあります。
このような建築費の高騰は、ときに不動産の売買契約を締結しようとして交渉に入っている人々の今後の事業計画などに影響を与え、ひいては売買契約交渉にも影響を与えることがあります。
これに関連して、今回は、マンションの建築用地の売買契約の締結に向けて交渉をしていたものの、建築費が予想外に高額になったこと等を理由に買受希望者が契約締結を拒否したために、損害賠償責任が問題になったというトラブルをとりあげます。
事例
マンションの建築用地について、売却希望者と買受希望者との間で、売買契約の締結に向けた交渉が始まりました。
交渉のなかで、売却希望者のほうで、買受希望者が建築を予定するマンションの建築確認を得て、買受希望者がマンションを建築できる状態にして土地を引き渡すこと、そして売買契約の締結日を建築プランが確定した時点とし、代金決済は建築確認が下りたときにすることなどが決まりました。
そこで、売却希望者は設計会社に設計業務等を委託し、この設計会社と買受希望者との間で複数回打ち合わせが行われた結果、マンションの建築プランが完成しました。
また、その間、売却希望者と買受希望者との間では、買付証明書(売却希望者から土地を買う旨が記載された書面)と売渡証明書(買受希望者に土地を売る旨が記載された書面)が交換されており、買付証明書には買受希望者の希望により、代金額の上限が記載されました。
その後、建築確認手続が完了したあとになって、買受希望者は、マンションの建築費が予想外に高額になり事業の採算がとれなくなった等として、売買契約を締結する意思がないなどと言って契約締結を拒み、結局、契約書を調印することはできませんでした。
売却希望者は、設計会社に依頼した業務の報酬を支払ってしまっていたため、買受希望者に対して、この報酬相当額を賠償するよう求めました。
今回の事例で、果たして売却希望者の損害賠償請求は認められるでしょうか。買受希望者が契約の締結を断ったことは、何も問題にならないのでしょうか。
まずご説明しなければならないのは、契約を締結するかどうかは当事者が自由に決めることであって、契約を締結するための交渉をした結果、条件が合わないなどの理由によって契約を締結しなかったとしても、損害賠償責任を負わないことが原則であるということです。
このような原則は、「契約自由の原則」などと呼ばれていますが、この原則からすれば、今回の事例でも、買受希望者は、契約を締結するかどうか自由に決められるのですから、売買契約の締結を拒んだとしても損害賠償責任を負わないようにも思えます。
しかしながら、買受希望者は、(売却希望者が依頼した)設計会社との間で複数回打ち合わせをして建築プランを完成させるなどしており、このような買受希望者の様子をみた売却希望者は、このままいけば売買契約を締結できると信頼し、設計会社への報酬支払という出費をしてしまっています。
そして、このような信頼を与えていたにもかかわらず、買受希望者が、自己の都合で契約締結を拒否することは不誠実であり、売却希望者が出費した費用は全て売却希望者が負担しなければならないというのは、不公平であるようにも思えるところです。
結論としては、今回の事例の場合には、買受希望者は、いわゆる「契約締結上の過失」という理論によって、損害賠償責任を負う可能性があります。
「契約締結上の過失」とは、契約の締結に向けて交渉をはじめた当事者間においては、そのような関係にない者同士と比べて密接な関係になることから、お互いの財産などに損害を与えないように配慮しなさいという考え方に基づくものであり、契約の成立過程で一方当事者が相手方当事者に対して故意・過失により損害を与えた場合、一定の要件を充たせば、損害賠償責任が発生するというものです。
そして、今回の事例のように、契約締結交渉を打ち切ったというケースでは、損害賠償責任が発生する要件として、(1)契約交渉が十分に進んで契約が成立するとの信頼が生じており、(2)その信頼を裏切ったといえることなどが必要になるとされています。
今回の事例の場合には、売却希望者と買受希望者の間において、ほかにどのようなやりとりや事情があったのかという点にも左右されるところではありますが、前記(1)(2)の要件を充たす可能性はあると考えられますので、その場合には、買受希望者は損害賠償責任を負うことになります。
このように、「契約自由の原則」があるとしても、それは絶対の自由ではなく程度問題であり、一定の場合には、契約締結を拒否したことについて損害賠償責任が発生する場合があるのです。
これを踏まえ、売買契約締結のための交渉が相当程度進んだ段階で、これ以上交渉の継続ができない事情が生じたため、交渉の相手方に対して交渉中止を申し入れざるを得なくなったような場合には、法的に問題が生じないか十分に検討する必要がありましょう。