引き渡しの前に不動産売買の決済をするときの注意点
事例
私はマンションの一室を所有しており、年老いた叔父に安く賃貸しています。この貸室を売却して、そのお金で田舎に一戸建てを購入したいと考えています。叔父は甥が引き取って面倒を見ることになりましたので、叔父に引っ越してもらった後に買主が入居するということで話がまとまりました。
買主とは6月末に売買契約を取り交わして、登記の手続きや代金の決済も契約と同時に行いますが、叔父の引っ越しだけは7月末まで待ってもらう予定です。叔父は必ず7月末までには引っ越すと言ってくれており、買主も事情を了解してくれています。
叔父がまだ引っ越していない状態で代金の決済をすることについて、何か気を付けるべき点はありますでしょうか。
回答
まだ人が居住している不動産が決済の後で明け渡される条件で売却されることも時々見かけますが、いつまでに引っ越しますという約束は、色々な事情で守られない可能性があります。
売主の立場でも、買主の立場でも、もし約束どおりに引っ越しがされない場合はどうなるのかを、売買契約の前に十分シュミレーションしておくことが重要です。
ここがポイント
1.登記の移転、不動産の引き渡しと代金支払いは同時履行が原則
不動産の売買契約を締結すると、売主は、登記名義を買主に変更するほか、建物であれば鍵を買主に渡すなどして実際に不動産を買主に引き渡す必要があります。
これに対して、買主は、売主に売買代金を支払います。
売主からの登記名義移転と引き渡し、買主からの代金支払いは、同時に行うことが原則です。同時に行うのがお互いにとって公平でトラブルを防げるためです。
2.代金決済の後に引き渡す約束も可能
このように同時履行が原則ではありますが、不動産の引き渡しだけを後で行う約束も可能です。
上の事例では、契約が締結されて決済が行われる6月末には叔父の引っ越しが行えないということで、叔父の引っ越し後の引き渡しだけを7月末まで待つこととされています。
このような約束も、売主と買主が合意すれば問題なく行えます。
3.約束どおりに引き渡せないリスク
しかしながら、どんな約束にも、守られないリスクはあります。約束してくれた人が信用できる人だったとしても、不慮の事故など、色々な事情が発生することがあります。
上の事例で言えば、叔父さんが引っ越しの直前に急病で倒れてしまい、引っ越しどころでなくなるかもしれません。叔父さんを引き取る予定だった甥御さんが病に倒れて、引き取れなくなってしまう、ということもあるかもしれません。
このようなことがあると、売主は、買主に約束した期日に不動産の引き渡しを行うことができなくなってしまいます。
4.約束が守られないとどうなる?
引っ越しをして明け渡すという約束が守られなければ、売主は契約どおりに不動産を引き渡すことができません。つまり、売主は契約に違反することになってしまいます。
このような契約違反について、売主は、買主から損害賠償を請求されたり、売買契約を解除されて売買代金を返すよう請求されたりするおそれがあります。また、契約書に違約金の定めがある場合には、違約金の支払いを請求されるおそれもあります。
そこで、売主、買主それぞれの立場から、考えられる対策をいくつかご説明します。
5.売主の立場から
(1)明け渡しを受けてから売るのが一番安全
いつまでに引っ越すという約束は、確実に守られる保証はありません。引っ越しがされなければ、売主の契約違反になってしまいます。
売主にとって一番安全なのは、入居者が引っ越しをして明け渡す前提で不動産を売却するのであれば、きちんと明け渡しが完了してから売買契約を締結することです。
(2)即決和解
入居者の引っ越しがどうしても売買契約の後になる場合には、いつ不動産から引っ越して明け渡すということを裁判所で約束する「即決和解(訴え提起前の和解)」という手続きがあります。
この手続きを行っておけば、万一約束に反して明け渡しがされない場合、裁判を行わずに明け渡しの強制執行を行うことができます。長期間かかることのある裁判を省略することができ、建物であれば強制執行の申立てから2か月以内程度で明け渡しを実現することができます。それでも、買主が待ってくれなければ、結局売買契約を解除されてしまうかもしれませんが、2か月程度であれば待ってもらえるよう交渉できるかもしれません。
(3)最低限、賃貸借契約・使用貸借契約の解約合意書を作成しておく
事前に明け渡しを受けることができず、即決和解をすることもできないとしても、最低限、入居者との賃貸借契約または使用貸借契約(無償の貸し借り)を終了させる解約合意書を作成しておくべきです。入居者から明け渡しを約束する内容の書面を取得しておくことも考えられます。
このような書面がないと、入居者が引っ越しをして明け渡す義務があることを示す証拠がないことになってしまいます。(賃貸借が終了していない不動産が売買された場合は、買主が賃貸人の立場を引き継ぐことについては、2017年10月号「賃借人が入居している建物を購入する場合の注意点」参照)
6.買主の立場から
(1)最低限、解約合意書の確認と、引き渡しの期限の明記
買主の立場からは、決済後に引き渡しを受ける条件で不動産を買うのであれば、最低限、入居者が明け渡しを了解していることを書面で確認しておくべきです。売主と入居者の解約合意書など、明け渡しを約束する書面が締結されていることを確認します。
また、いつまでも待つことにならないよう、売買契約書には、引き渡しを受ける期限を明記する必要があります。
(2)違約金
引き渡しの期限を売買契約書に明記しておけば、これが守られない場合には売買契約を解除し、売主に対して売買代金の返還を求めることができます。
しかしながら、売買契約を解除すると、お互いに契約がなかった状態に戻すことになりますので、購入した不動産の所有権を売主に返す必要があります。不動産の所有権を売主に返して、代わりに売主から売買代金を返してもらうので、結局元通りになるだけです。
売主の契約違反によって損害が生じたと立証できれば、売買代金を返してもらうだけでなく損害賠償を請求することもできますが、損害の額を立証するのは簡単ではありません。
そこで、売主の契約違反が原因で契約解除となった場合には、売主は代金を返すだけでなく違約金を支払わなければならない、という条項を売買契約に定めておくことも考えられます。
また、売買契約を解除しなくても違約金を請求できる、という条項を定めておくことも考えられます。このように定めておけば、買主は不動産を売主に返さず、違約金を請求することができます。
(3)売買代金の一部の留保
売買契約書で違約金を定めても、売主に売買代金を返す以上のお金がなければ、結局、違約金の支払いは受けられません。また、売主が受け取った売買代金を使ってしまっていれば、売買代金すら返されないかもしれません。
このような場合に備えて、引き渡しがされるまで売買代金の一部を支払わずに留保しておくことを売買契約で定めておくことが考えられます。
以上、売主、買主の立場からいくつかの対策をご説明しました。不動産の売買という重要な局面では、いつまでに引っ越すという約束が何らかの事情で守られないリスクも想定して、事前に十分な検討を行うことが重要です。