ペットの飼育可否について分譲マンション販売業者が行った説明が招いたトラブル
【相談事例】
私は、動物が嫌いであるため、住居の移転にあたってペットの飼育が禁止されているマンションを探していました。そのようななかで、本件マンションは建設中であったものの、販売業者に確認したところ、「ペット類の飼育が禁止されるマンションである」という説明を受けたことから、本件マンションの一室を購入しました。なお、この売買契約にあたり販売業者が用意していた管理規約案には、ペット飼育に関する規定はありませんでした。
ところが、マンションの完成後に住み始めてみると、ペットを飼育している住人がいることが分かりました。
あとで発覚したところによれば、販売業者は、最初はペットの飼育は禁止であると説明して分譲していたにもかかわらず、その後に飼育可能であると説明して分譲を始めたようです。その結果、私のようにペットの飼育禁止という説明を受けて購入した住人と、飼育可能という説明を受けて購入した住人が生まれてしまい、住人間においてペット飼育の可否等をどうすべきか問題になりました。
結局、管理組合設立に向けた説明会の中で、すでにペットを飼育している入居者につきそのペット1代限りで飼育を認める決議がなされ、その後の管理組合の第1回総会で、この決議を前提とする内容の管理規約等が承認されました。
私は、ペット1代限りとはいえ、マンションで動物が飼育されることに耐えなければならず、大きな精神的苦痛を受けており、販売業者に対して慰謝料を請求したいと考えています。
【解 説】
1 今回の相談事例について
今回の相談事例は、大分地方裁判所平成17年5月30日付判決をモデルにしています。判決では、分譲マンションの販売業者には信義則上の義務への違反があるとして、販売業者に対する慰謝料請求(慰謝料10万円、弁護士費用1万円)が認められました。
今回は、この判決の内容についてご紹介いたします(なお、ご紹介にあたり、判決文については必要に応じて省略等をしています。)。
2 マンションの販売業者が負う義務の内容
(1) 判決では、販売業者が、マンションの購入希望者・購入者に対し、どのような義務を負っていたのか検討するにあたり、以下のような前提事情を指摘しています。
・ 一般にマンション等の集合住宅においては、入居者が同一の建物の中で共用部分を共同利用し、専用部分も相互に隣接する構造で利用するという密着した生活を余儀なくされ、戸建ての相隣関係に比べ、各入居者の生活形態が相互に重大な影響を及ぼす可能性がある。
・ マンション内における動物の飼育は、こうした建物の構造上、ふん尿によるマンションの汚損や臭気、病気の伝染や衛生上の問題、鳴き声による騒音、咬傷事故等、建物の維持管理や他の入居者の生活に影響をもたらすおそれがあるほか、犬や猫などの一般的なペット類であっても、そのしつけの程度が飼育者によって同様ではなく、飼育者のしつけが行き届いていたとしても、動物である以上、行動、生態、習性等が他の入居者に対して不快感を生じさせるなどの影響をもたらすおそれがある。
・ そこで、多くのマンションその他の共同住宅においては、入居者による動物の飼育によって、しばしば住民間に深刻なトラブルを招くことから、こうしたトラブルを回避するため、予め動物の飼育を規約で禁止したり、動物の飼育を認める場合には、飼育方法や飼育が許される動物の定義等について詳細な規定を設け、防音、防臭設備を整えるなどして住宅の構造自体を相当整備するなどし、他の入居者に迷惑が掛からないよう配慮されているところである。
・ そして、マンションにおいてペット類の飼育が禁止されるのか、可能であるのかが、購入者にとって、契約締結の動機を形成するに当たって重要な要素となることもあり得ることである。
・ こうした点に加え、マンション販売業者と購入者との情報の格差や、マンションの管理規約の作成に当たっては、販売業者がその案を準備し、個々の売買契約時に購入者から同意を取得してこれを交付している状況等がある。
(2) そして判決では、このような事情に照らし、マンションの販売業者は、購入者・購入希望者に対し、①売買契約時と、②当初ペットの飼育を禁止して販売した後に、飼育可能として販売する場合において、以下のような義務を負うとしています。
※ 以下の文中の「被告」はマンションの販売業者、「原告A」は被告からマンションを購入した者を指します。
・ マンションの販売業者には、購入希望者との売買契約に当たって、少なくとも当該購入希望者がペット類の飼育禁止、飼育可能のいずれを期待しているのかを把握できるときは、こうした期待に配慮して、将来無用なトラブルを招くことがないよう正確な情報を提供するとともに、当初ペット類の飼育を禁止するとして販売し、後に管理規約案に飼育禁止の条項がないなどとしてペット類の飼育を可能として販売する場合には、先の入居者(非飼育者)と後の入居者(飼育者)との間でトラブルとなることが予測できるのであるから、先の入居者に対してその旨を説明して了解を求めるべき信義則上の義務を負っているものと解するのが相当である。
・ 原告Aは、かねてから犬や猫に対して嫌悪感等を有し、ペット類飼育禁止のマンションを探していたところ、被告との売買契約に当たって、念のため、契約書に署名押印するに先立ち、ペット類の飼育が禁止されるマンションであることを確認していたのであり、被告の従業員には、ペットの飼育が禁止されているのか、可能であるのか、管理規約案には規定がないため後日管理組合で決せられるものであるのかに関して正確な情報を提供すべき義務がある上、後にペット類の飼育が可能として販売する場合には、原告Aに対してその旨説明して了解を求める義務があったというべきである。
3 販売業者の義務違反が認められたこと
判決では、このように被告(販売業者)が負う義務の内容を特定したうえで、以下のとおり、被告(販売業者)にはその義務への違反があることを認めて、原告Aの精神的苦痛について慰謝料が発生すると判断しました。
(1) ところが、被告の従業員は、原告Aに対し、単に飼育が禁止である旨説明しただけで、管理規約案に禁止条項がなく、後に管理組合で決められるため、飼育する入居者が出現する危険性があることはもとより、後に飼育可能として販売する可能性(管理規約案にペット類の飼育を禁止する条項がないとか、飼育禁止を売買条件としていなかったなどという被告の主張や、現実に飼育可能として販売していた経過等に照らして、被告においては、当時、飼育禁止としながらも、後の購入者に対してペット類を飼育して販売する余地を残していたことがうかがわれる。)や、販売した場合には現に飼育する入居者が出現し、住民間のトラブルに発展するなどして、結局、管理組合においてその解決を図る必要があることは一切説明していない。
(2) また、後に飼育可能として販売するに当たって、原告Aに対して説明すらしていない。飼育禁止のマンションである旨説明を受けていた原告Aは、本件マンションにおいてペット類の飼育が禁止され、後の購入者においても飼育が予定されることはないと信じた上、2500万円という高額な売買代金を支払ったにもかかわらず、前記認定のとおり、平成15年4月以降、原告Aの了解を求めることなく、被告がペット類の飼育を可能として販売した結果、ペット類を飼育している入居者が出現するに至り、その後住民の間で、ペット類の飼育の可否が問題となっているのであって、原告Aの信頼が裏切られたものと認められる。
(3) こうした事情に照らせば、被告の従業員は、上記のような事情を説明しなかったことなどにおいて、信義則上の義務に違反したものと認められ、こうした義務に違反して、原告Aの信頼を裏切り、住民間にペット類の飼育に関する問題を生じさせるなどの不利益を与えたのであるから、被告従業員の行為は、不法行為を構成し、これによる原告Aの精神的苦痛に対して慰謝料請求権が発生するというべきである。
4 最後に
このように、判決では販売業者に対する慰謝料請求が認められましたが、あくまでこの判決の個別的な事案における様々な事情(購入希望者が契約書に署名押印するに先立って、ペット類の飼育が禁止されるマンションであることを確認していたこと等)を踏まえた判断であることに注意が必要です。