不動産が二重に売買されたとき
相談事例
Bは、Aから土地を買うこととし、平成28年1月29日、その日に再度土地を実際に見た上で売買契約を締結しました。その後、Bがその土地に建物を建てるべく、平成28年5月20日にその土地を見に行くと、Cがその土地の所有者である旨の立看板が立っていました。この看板はAB間の売買契約締結時にはなかったものです。BがAに問い合わせると、「Bとの売買契約締結の後、Cからかなり条件の良い金額での買取を申し込まれた。Bへの登記移転もまだだったし、条件が良かったので、Cに売ってしまった。Bとの売買契約は解除させてもらいたい。」などと言っています。確かに、Bはまだ土地の所有権移転登記を備えていません。Bは売買契約の相手方である売主Aに対して何らかの責任を追及したり、第二買主のCに対して何らかの責任追及や所有者であることを主張したりすることはできるのでしょうか。
ここがポイント
1.不動産二重売買の場合の売主の責任
(1)民事上の責任
不動産の売主は、通常、売買契約に基づいて、買主に所有権を移転し、登記を移す義務を負っているといえます。
後述3のとおり、二重売買がなされた場合、売買契約の先後を問わず、登記を先に備えた買主が所有権を主張できることになります。
売主は、登記を先に備えた買主(以下「優先買主」といいます。)に対しては、登記を移す義務を履行しています。他方、売主が、優先買主に登記を移してしまった以上、他方の買主(以下「劣後買主」といいます。)が登記を備えることはできなくなるため、優先買主に登記を移した時点で、売主の劣後買主に対する登記を移す義務は履行できなくなります(履行不能)。
そのため、劣後買主は、売主に対して、この履行不能の責任(債務不履行責任)の追及として、解除や損害賠償の請求ができます。この場合の損害賠償の額は、原則、履行不能になった時(優先買主に登記を移した時)の不動産の時価です。ただ、仮に不動産の価値が売買契約締結や優先買主への登記移転後に上昇しているような状況がある場合、売主が、優先買主に登記を移転した際にその不動産の価値の上昇を予見しえたといえれば、上昇後の時価による損害賠償を請求できる可能性もあります。
(2)刑事上の責任
不動産を売却したにもかかわらず、自分の登記が残っているのを利用して、他の者にさらに売却して登記を備えさせた売主には、横領罪が成立し得ます。
横領罪の法定刑は、5年以下の懲役です。
また、このような売主には、詐欺罪が成立する可能性もあります。裁判例(東京高判 昭和48年11月20日)では、第一売買の存在や内容などが第二買主の登記取得を断念させるに足りるもので、第二買主が事前にその事実を知ったのであれば、あえて売買契約を締結し代金を交付することはなかったと認め得る特段の事情がある場合には、第一売買の存在を告知せずに第二売買を締結した売主には、第二買主から交付された代金について詐欺罪が成立する、と判断したものがあります。
詐欺罪の法定刑は、10年以下の懲役です。
その他、背任罪が成立する可能性もあります。裁判例(東京高判昭和42年9月14日)では、農地について、宅地転用許可を所有権移転の効力発生の停止条件として第一売買を行い、その後同じ売主が他の買主に対して第二売買を行った事案で、売主には転用許可及び登記移転手続に協力する義務があり、同登記完了までは、同農地を売却する等処分することなく保持すべき任務があったとして、背任(未遂)罪が成立する、と判断したものがあります。
背任罪の法定刑は、5年以下の懲役又は50万円以上の罰金です。
2.不動産二重売買の場合の買主の責任
第二買主が第一売買の存在を知りつつ、その後に買主から不動産を買い受けて先に登記を備えた者であったとしても、それだけでは第一買主に対して責任を負いません。
第二買主が、第一売買の存在を知っていたのみならず、例えば売主が二重譲渡になることを理由に第二買主からの売買の申し入れを拒絶したにもかかわらず、「法的問題はなく、裁判になっても自分が引き受ける」などと言葉巧みに働きかけるような、経済取引上許容されうる手段を逸脱した行為を行って二重譲渡させたような場合には、不法行為に基づく損害賠償といった民事上の責任や横領罪(共同正犯)などの刑事上の責任を負うことになる可能性があります。
3.不動産二重売買の場合の買主間の関係
この場合の第一買主と第二買主は、両立しない所有権を主張しあう関係にあります。
このような関係にある買主のうち、先に登記を備えた買主が、他方買主やその他の第三者に対して、自らが所有者であることを主張できるようになります。先に売買契約を締結していた第一買主であっても、登記を備えていなければ、後から売買契約を締結した第二買主に対して所有者であることを主張できません。先に第二買主が登記を備えてしまえば、第二買主が所有権を主張できることになります。
なぜなら、登記具備の先後を基準に買主の優劣を判断することが、第三者の保護につながるためです。登記には所有権等の権利を公に示して、第三者に権利関係を知らせる機能があります。そのため、登記対象の不動産につき取引しようと考える第三者は、その登記を見て権利関係を判断して行動することになります。この第三者の登記に対する信頼を保護して不測の損害を被らせることのないように、先に登記を備えた買主が所有者であることを主張できるとされているのです。
ただし、たとえ登記を備えていない買主であっても、「登記がないことを主張する正当な利益がない者」に対しては、登記なくして所有者であることを主張できます。買主による所有権の主張を制限してまで、かかる正当な利益がない者を保護する必要はないためです。
4.登記がないことを主張する正当な利益がない者
①保護に値する利害関係を有しない者や、②主観的態様などにより登記がないことを主張することが許されるべきでない者が、「登記がないことを主張する正当な利益がない者」に該当します。
①保護に値する利害関係を有しない者としては、無権利者が挙げられます。
ここでいう無権利者の例としては、不法占拠者や不法行為者(建物をわざと壊した者等)が挙げられます。無権利の登記名義人(登記はあるが、売買が無効であることなどにより権利を有しない者)も無権利者に含まれます。また、転々譲渡された場合の前々所有者も、保護に値する利害関係は有しないと考えられています。
②主観的態様などにより登記がないことを主張することが許されるべきでない者としては、不動産登記法5条に該当する者(「詐欺又は脅迫によって登記の申請を妨げた第三者」や「他人のために登記を申請する義務を負う第三者」)や背信的悪意者(物権変動があった事実を知っていて(「悪意者」)、かつ登記がないことを主張することが信義に反すると認められる者)が挙げられます。背信的悪意者は、その悪性に鑑み、登記がないことを主張する正当な利益が認められません。例えば、他人が山林を購入後20年以上占有している事実を知りながら、その者が登記を備えていないことに乗じて、買主に高値で販売して利益を得る目的で、同山林を売主から購入して登記を経た者などがこれにあたります。
5.本事例について
Bは、第二買主であるCよりも先に登記を備えれば、Cに対して所有権を主張できます。
CがBよりも先に登記を備えた場合、Bは所有者であることを主張できないため、売主であるAに対し、それにより被った損害の賠償等民事上の責任を追及することができます。また警察等の捜査機関に対して横領罪等により処罰するよう求めることも考えられます。
CがBよりも先に登記を備えている場合でも、Cが背信的悪意者であるなど登記がないことを主張する正当な利益がない場合、Bは、Cに対して所有権を主張することはできます。とはいえ、Bは登記を備えていない以上、C以外の第三者(例えばCからの転得者)に所有権を主張できず損害を被る可能性があり、AやCは、Bに対して民事上あるいは刑事上の責任を負う可能性があります。