ローン特約について
相談事例
私は、3000万円のマンションをAさんから買うことにして、売買契約(以下「本件売買契約」といいます。)を締結しました。売買代金の3000万円を全て自己資金で賄うことはできなかったため、金利の低い○○銀行で、2000万円の住宅ローンを組んで支払う予定にしていました。融資申込先を○○銀行とすることは、Aさんとも合意していて、売買契約書上でもそのことが明記されています。
ところが、○○銀行は、融資不可という判断を出し、結局ローンを受けることができませんでした。
私としては、住宅ローンが受けられなくなった以上、この売買契約は白紙に戻したいと思っています。Aさんの意向に関係なく、買主である私だけの一方的な判断で契約を白紙に戻す、ということはできないでしょうか。
ここがポイント
1.ローン特約
不動産の売買契約を締結する場合、一般的にはその売買代金は高額になることが多く、買主は、銀行等から融資を受けることを前提として契約を締結することがあります。
このような場合、買主としては、万が一融資を受けられなかった場合に備え、銀行等がローンを承認しなかった場合には、契約を白紙に戻すことができるような合意をしておくことが重要になります。このような合意がなければ、買主の方から一方的に、「住宅ローンが組めずに売買代金を準備できなかった」というだけの理由で契約を白紙に戻すことは困難であるためです。
このような合意のことを一般的にローン特約と呼びます。
この特約の具体的な文言は様々考えられますが、例えば、「融資の承認が得られないとき、買主は、本契約を解除することができる。」とか、「融資の承認が得られないとき、本契約は効力を失う」といった文言が考えられます。前者は買主の解除権を留保したものであり、後者は契約に解除条件を付したものです。前者の場合、契約を白紙に戻すためには買主による解除という行為が必要となるのに対し、後者の場合には契約の効力は当然に失われるという点に違いがあります。
この特約を締結するにあたっては、融資の申込先を契約書上に定めておくことが重要といえます。なぜなら、融資の申込先の候補は、金融機関だけでも多数ありますし、また金融機関以外の、例えば勤務先の会社の社内融資を使うといったことも考えられます。そのため、融資の申込先を契約書に明記して両当事者で確認しておかなければ、買主が「融資を受けようと考えていた勤務先の社内融資の承認が得られなかったから契約は白紙だ」と主張しても、売主としては、「銀行等他の申込候補がたくさんあるのだから、まだ『融資の承認が得られなかった』とは言えないから白紙に戻すことは認められない」といった反論をし、紛争に発展する可能性があるためです。
また、融資の承認を取得する期限として融資承認取得期日を定めておかなければ、買主から、「時が経ち経済状況が変われば融資の承認が取得できるはず」などといった反論がなされる可能性があります。さらに、解除権を留保するローン特約の場合は、解除ができる期限として契約解除期日を定めておかなければ、「解除されるかもしれない」他方当事者の地位がいつまでも不安定なままとなってしまうおそれがあります。そのため、融資承認取得期日や契約解除期日を定めておくことも重要です。
加えて、買主が売主に対して手付金を交付している場合、ローン特約により契約を解除(または失効)したときは手付金等受領済みの金員を無利息にて返還することを契約書上に明記しておくことにより、将来の紛争を予防することができます。
2.ローン特約により契約を白紙に戻す要件
契約書上にローン特約があり、融資承認が得られなかった場合でも、契約を白紙に戻すことができない場合もあります。
売主としては、買主が融資承認を受けるにあたって何ら障害がないのに、買主自らの判断で融資を受けないような場合にまで契約を白紙に戻すことを認めているとは考えられません。そのため、売買契約当事者は、買主が誠実に融資申請手続きを進めていたにもかかわらず融資が承認されない場合に契約の白紙撤回を認めるべくローン特約を締結したと考えるのが合理的であって、特段の事情のない限り、契約書上のローン特約の趣旨はそのように解されます。
そうすると、ローン特約上それが明記されているかどうかにかかわらず、買主が同特約の適用により契約を白紙に戻す要件として、「買主が誠実に融資申請手続きを進めていたこと」が加わると考えるべきでしょう。
すなわち、ローン特約の適用により契約を白紙に戻すには、融資の承認を取得できなかったということに加えて、買主が誠実に融資申請手続きを進めていたことが必要となります。
このことについて、買主には誠実に融資申請手続きを進める義務が課されていると表現されることもあります。
また、裁判例では、ローン特約があり、融資が得られないなどの要件を満たし、買主の解除権が発生したとしても、その解除権は相当期間内に行使すべきであり、相当期間経過後は解除権が消滅すると判断したものもあります。ローン特約に基づいて契約を白紙に戻そうとする者は、資金調達の見込みが断たれるなどローン特約の要件を満たす状況が発生した際に、みだりにその状況のまま何もせず放っておくのではなく、速やかに解除権を行使すべきであるといえます。
3.買主が誠実に融資申請手続きを進めていたかどうかについての、具体的な判断材料
裁判所において、ローン特約があり、融資も承認されなかったという事情の下で、同特約に基づいて売買契約を白紙に戻すことができるかどうかが争われた事例において、例えば、買主が融資を申し込むにあたって、あえて売買代金を大幅に超える金額の融資申し込みをした、保証人をつける努力をしなかった、担保に供することが可能な物件があったのにそれを担保に供しなかったといった事情や、共同買主が融資を申し込むにあたってもう一方の買主が連帯保証人になることを拒んだといった事情が、買主がローン特約に基づいて売買契約を白紙に戻すことを認めない事情として考慮されています。
また、売買契約締結の前に、融資申込予定先に事前相談をしていた事案で、買主が事前相談の際に融資申込予定先から示された融資の見通し(条件)に沿った内容で実際の融資申し込みを行ったか、といった点が考慮されたこともあります。
4.本相談事例について
まずはローン特約の有無を確認する必要があります。
ローン特約がなければ、買主の方から一方的に、「住宅ローンが組めずに売買代金を準備できなかった」というだけの理由で契約を白紙に戻すことは困難です。
ローン特約がある場合、買主はそのローン特約に基づいて本件売買を白紙に戻すことができる可能性があります。
ただ、その場合でも、買主が誠実に融資申請手続きを進めていなかったと判断される事実があれば、同特約に基づいて本件売買を白紙に戻すことが認められない可能性があります。買主が融資申込にあたって人的又は物的担保を供する等、融資を受けるためにきちんと努力したといえれば、同特約に基づいて、買主の方から本件売買契約を白紙に戻すことができるでしょう。