手付に関して不動産業者に課されるルール
不動産売買の際に交付される手付については、2015年1月号の「手付による解除をめぐるトラブル」のコラムで取り上げ、個人が所有している土地を友人に売却する事例をもとに、手付解除することができる期限等について説明いたしました。
今回は、不動産業者(宅地建物取引業者)が個人に不動産を販売する場面で、手付についてどのような法律上のルールがあるのかについて説明します。前回のコラムは、民法上のルールに関するものでしたが、今回は宅地建物取引業法(宅建業法)上のルールについてです。
質問
私は、新居の購入を考えているのですが、A不動産会社が近所に建築予定の戸建て住宅を販売している広告を目にしました。5000万円という販売価格も予算より少々高めではありましたが、駅近で便利な場所ですし、間取りも私の好みに合うものでした。私は、契約条件が合えば購入したいと思い販売センターを訪れました。私が希望する物件の契約条件について、営業担当者から次のような説明を受けました。
①手付金の額は2000万円
②手付金は契約締結時に500万円、その後1か月ごとに500万円を計4回に分けて支払う
③買主が手付を放棄して契約を解除できるのは、契約締結から5か月後まで
④現時点で契約書を締結し、引渡しは建物が完成する10か月後となり、引渡時に残額3000万円を支払い、2000万円の手付金は代金に充当される
というものでした。
手付金2000万円というのはかなり高いという印象でしたが、分割であれば何とかなるかなとも思います。ただし、A不動産会社は宅地建物取引業者(宅建業者)ですが、あまり名前を聞いたことのない業者であり、説明をしてくれた担当者も少々強引に契約させようとする雰囲気でしたので、正直、大丈夫かなという気にもなりました。上記のような契約条件は法的に問題ないのでしょうか。
解説
1 ①手付金の額を2000万円とする点について
宅建業法は、宅建業者が売主となる宅地または建物の売買契約の締結に際して、代金額の10分の2を超える額の手付を受領することはできないと定めています(39条1項)。手付の金額が高額となれば、買主は契約を手付解除するためには、高額の手付金を放棄しなければならず、買主から手付解除しうる地位を事実上奪うことになってしまうことから、金額の上限を設けたものです(買主が宅建業者である場合には適用されません。)。
したがって、手付金を代金額の10分の4となる2000万円とすることは宅建業法に違反します。本件は、②のように手付金を契約締結時だけでなく、締結から1か月ごとに4回に分けて支払うとしていますが、手付金とは必ずしも契約締結と同時に交付しなければならないものではありません。契約締結後に手付が交付されることもあり得るため、その合計が10分の2を超えると宅建業法違反となります(ただし、後述のように、手付を分割払いとすること自体も問題となります。)。
代金額の10分の2を超える額が手付とされた場合、売主である宅建業者は、10分の2を超える部分の受領権限を有せず、超過部分を請求することはできません。買主が超過部分を支払ったとしても、受領する権限がないのですから、法律上の原因がない不当利得となり、買主は超過部分を返還請求することができます。ただし、買主が返還請求しないまま残代金支払日に至れば、超過部分も含めて代金の一部に充当されることとなります。
2 ②手付金の支払を分割払いとする点について
(1)宅建業法は、宅建業者が手付について貸付けその他信用の供与をすることにより契約の締結を誘引する行為を禁止しています(47条3号)。
「貸付けその他信用の供与」とは、売買契約締結時に買主が売主に交付すべき手付について、宅建業者が貸し付けたり、立替えたり、手付を約束手形で受け取るなどして、手付金の現実の交付を先延ばしにすることです。売主である宅建業者が貸付ける場合だけでなく、宅建業者が媒介としてかかわる取引において、買主に手付金を貸付ける場合や、買主の手付支払債務を保証する場合も含まれます。
このような「信用の供与」による勧誘がなされると、購入を検討している者は、その場で金銭的負担をせずとも安易に契約ができてしまいます。後日冷静になって契約を締結すべきでなかったと認識したとしても、契約を解約するには手付放棄をしなければ解約できず、宅建業者が貸付けた手付金の返還をめぐってトラブルが多発したことより、このような規制が設けられたのです。
本件のように手付金を分割払いとすることは手付金の交付を先延ばしにすることに他ならず、手付金資金のない顧客に分割払いを持ち掛けて契約を締結させる行為は、宅建業法により禁止される行為です。
(2)では、買主が契約当日、手付金の一部を支払い、残りは後日支払う約束で売買契約が締結された直後に買主が手付解除する場合、買主は既に支払った手付金の一部を放棄すれば手付解除ができるのでしょうか、それとも、手付の残額を交付しなければ手付解除できないのでしょうか。
この点については当事者の意思を重視する考え方が有力なようです。支払った限度の金額を放棄することにより契約を解除できるとすれば、事前に合意された金額よりも少ない額の放棄により手付解除できることになり、当事者の合理的意思に反することになることから、買主は合意された金額を支払うことにより手付解除できるものと考えられています。
本件場合、業者提示の条件で契約を締結したとすれば、手付解除をするためには、手付金の合計が代金額の10分の2にあたる1000万円となるまでは支払う必要があると考えられます。
3 ③手付解除の期限を区切ることについて
宅建業法は、宅建業者が売主となる宅地または建物の売買契約の締結に際して手付を受領したときは、その手付がいかなる性質の者であっても、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄して、宅建業者はその倍額を返還して、契約の解除をすることができ、これに反する特約で買主に不利なものは無効とすると定めています(39条2項、3項)。
民法上は、手付が交付された場合であっても、当事者間で手付解除できないとの合意がなされれば、その特約が優先します。しかし、宅建業法は、宅建業者が手付を受領したときは、当事者間でどのような特約があろうとも、相手方が履行に着手するまでは手付解除することができるとして、業者以外の買主の利益保護を図りました(買主が宅建業者である場合には適用されません。)。
買主は手付解除できないとか、本件のように一定期間経過すると手付解除できないという特約は、宅建業法に違反し無効となります。
4 ④建築工事完了前の建物の売買であることについて
宅建業法は、宅建業者が造成または建築工事の完了前の宅地または建物の売主となるものに関し、手付金の額が代金の5%または1000万円を超える場合には、
・売主が銀行等と手付金返還債務について保証委託契約を締結して、買主に銀行等の保証書を交付する措置(手付金保証措置)
もしくは、
・売主が保険事業者と手付金返還債務の不履行により生じる手付金額に相当する損害を保険事業者がうめることを約する保証保険契約を締結して、買主に保険証券等を交付する措置(手付金保険措置)
を講じた後でなければ、買主から手付金を受領してはならないと定めています(41条1項)。
宅建業者が自ら売主となる宅地・建物の売買において、売主業者が倒産等によって目的物を完成することができなくなった場合、買主は、引渡しを受けることができないだけでなく、支払い済みの手付金の返還を受けることもできないという多大な損害を被ることになります。そのような事態を防止するために、宅建業者に手付金保全措置を義務付けています(完成物件についても、手付金額が代金の10%または1000万円を超える場合に義務付けています。)。
本件のA不動産業者も未完成建物について代金の5%以上の手付を受領する場合には、上記手付金保全措置を講ずることが義務付けられており、かかる措置を取らなかった場合には宅建業法に違反することになります。
まとめ
このように本件の事案は、手付金に関する宅建業法上の規制に違反する点が多く含まれていると考えられ、法的には問題のある取引であると言わざるを得ません。かかる宅建業法違反については、宅建業者である売主に、指示処分、業務停止処分、場合によっては免許取消処分の行政処分が課されることになります。買主にとっても、法的に問題のある契約を締結することによりトラブルに巻き込まれる危険が高いと思われますので、契約は避けた方がよろしいのではないでしょうか。