宅地建物取引業者の買取転売と信義誠実義務
宅地建物取引業法31条1項は、「宅地建物取引業者は、取引の関係者に対し、信義を旨とし、誠実にその業務を行わなければならない。」と規定しています(信義誠実義務)。この規定は、抽象的であり、宅地建物取引業者(宅建業者)の業務上の心構えを示した訓示的なものと考えられています。原則として、行政庁が監督処分を行うにあたっての具体的根拠にはならないといわれています。ただし、事案によっては、信義誠実義務違反を理由に、法的責任が認められたり、処分がなされたりした例もあります。
今回は、宅建業者による買取転売が信義誠実義務違反とされた例をテーマとして取り上げます。
設例
私は両親から相続により取得した築浅のマンションの居室を売却したく、不動産業者(宅建業者)に依頼して、買い手を探してもらっています。しかし、なかなか買い手が見つからないので、一旦その不動産業者に買ってもらえないかと持ち掛けたところ、転売するために業者が直接買い取ることには問題があるので、それはできない、と言われました。どのような問題があるのでしょうか。
1 不動産業者による買取転売自体は違法ではない
建物の売買を業務として行うことは、まさに宅地建物取引業そのものであり、転売目的で建物を購入すること自体違法な行為ではありません。特に中古マンションであれば、リフォームが必要となることもあります。個人である売主や買主が自らリフォームをするとなれば、手間や費用がかかるため、業者が買い取り、リフォームをした上で転売するというケースもよく見られます。売主である不動産所有者にとっても、リフォームの手間が省け、早期に確実に売却することができるとのメリットがあります。
2 「サヤ抜き」として問題とされる場合がある
不動産の売買では、売主と買主の利害が大きく対立します。また、個人と宅建業者であれば、不動産取引に関し有している情報、知識の量に格段の差があります。個人と宅建業者との直接取引には、常に宅建業者が個人の利益を犠牲にして自己の利益を図る危険が伴っているといえます。個人が宅建業者に所有不動産売却の媒介を依頼したにもかかわらず、途中から宅建業者が買主として関与することとなり、これを転売して売却益を取得するといういわゆる「サヤ抜き」の場面では、出来るだけ安値で購入することが宅建業者の利益を膨らませることになります。しかしそれは、売主が本来は転売価格で売却できるはずであった利益を逸してしまうという不利益を被っていることにもなるのです。結局、宅建業者がより利益を上げるために、購入価格と転売価格の差を大きくすればするほど、売主である個人が被る不利益が大きくなるという問題が出てきます。
3 買取転売が信義誠実義務違反とされた事例
福岡高等裁判所平成24年3月13日判決では、宅建業者による買取転売について、宅建業者の信義誠実義務違反が問題とされました。
(1)事案の概要
Aは所有する土地建物の売却を不動産会社Y₁の従業員であるY₂に相談したが、結果的にY₁が1500万円で購入することとなった。一方Y₂は、並行してこの土地建物の購入者を探したところ、隣人であるBがY₂に対し2100万円で購入したい旨を伝えていた。しかし、Y₂はそのことをAには伝えなかった。Y₂は同じ日に、AY₁間の売買契約(代金1500万円)、Y₁B間の売買契約(代金2100万円)を成立させ、土地建物の所有権がA→Y₁→Bと移転した。その後、Aが亡くなり相続人であるXは、Y₁Y₂がBとの売買契約を媒介してくれれば、Aは2100万円で売却できたはずであり、Y₁Y₂には信義誠実義務違反等があるとして、差額600万円の損害賠償請求をした。
(2)Y₁Y₂の反論
Xの主張に対し、Y₁Y₂は、AY₁間の売買契約についてはAにも次のような利点があると主張し、媒介契約に合理性があると反論しました。
①スピード(契約成立、決済までの期間が短縮できる。)
②確実性(即金一括払いで、各種停止条件、解約等のリスクが低い。)
③安心感(商品化するまでのコスト、労力等がなく、瑕疵担保責任等の売却後の紛争発生のリスクが低い。)
(3)裁判所の判断
判決は、上記X、Y₁Y₂の主張を踏まえ、宅建業者の買取転売と信義誠実義務に関して次のように述べています。
宅建業法46条が宅建業者による代理又は媒介における報酬について規制しているところ、これは一般大衆を保護する趣旨をも含んでおり、これを超える契約部分は無効であること及びY₁Y₂は宅建業法31条1項により信義誠実義務を負うことからすれば、宅建業者が、その顧客と媒介契約によらずに売買契約により不動産取引を行うためには、当該売買契約についての宅建業者とその顧客との合意のみならず、媒介契約によらずに売買契約によるべき合理的根拠を具備する必要があり、これを具備しない場合には、宅建業者は、売買契約による取引ではなく、媒介契約による取引に止めるべき義務があるものと解する。
その上で、Y₁Y₂の合理性があるとの反論について、
・①のスピードの点について、Aが売却の意向を示してから本件売買契約締結に至るまで半年以上が経過している、
・②の確実性について、2つの契約は同日に行われており、Y₁にAと契約しない余地が残されていた、
・③の安心感について、AY₁間の契約には、瑕疵担保責任の免除等Aにとって有利な条項はなく、Y₁Bの契約には、瑕疵担保責任が発生する可能性のある事項について、重要事項説明書に記載することにより、「隠れた瑕疵」には該当しないものとしており、AY₁間の契約がAにとって有利とはいえない、
と述べた上で、Y₁Y₂が媒介契約によらずに売買契約としたことに合理的根拠を具備していたと認めることはできないとしてXの損害賠償請求を認める判断を示しました。
4 業者を介在させたことが信義に反するとされた事例
浦和地方裁判所昭和58年9月30日判決は、所有者から土地の売却媒介の依頼を受けた宅建業者が、買主との間に同業者を介在させて転売する形として、転売利益と仲介報酬の二重の利益を得ようとした事案です。
判決は、宅建業者は、買い入れの媒介を依頼した買主と所有者である売主との間に立って、双方の利益になるよう誠実に仲介すべきであり、同業者を介在させるべきでないと述べています。その上で、介在した同業者が得た転売利益は、2つの契約を媒介した宅建業者が得た利益と同視することができ、さらに買主に媒介報酬を請求することは信義に反すると判断しています。
5 まとめ
このように、宅建業者による買取転売自体が違法となるものではありませんが、合理的根拠がないにもかかわらず、最終的な買主との間に自らが買主・転売人として介入したり、同業者を介在させたりする場合には、宅建業者としての信義誠実義務に違反することになります。合理的根拠があるかについては、介入・介在する具体的な必要性があるか(リフォームの必要、売主の早急な資金調達の必要等)、買取価格の妥当性、物件の市場性、売主への充分な説明がなされ理解・納得が得られているかなどの諸般の事情を総合的に考慮して判断されることになります。
冒頭の設例で不動産業者が「転売するために業者が直接買い取ることには問題がある」と言っているのは、合理的根拠があるか問題となりうると判断したためと思われます。