不動産売買に関して留意すべきこと~「疑わしい取引の届出」
1. なぜ「疑わしい取引の届出」が求められるのでしょうか
(1)そもそも、マネー・ローンダリングを防止する必要があるというところから話をはじめさせていただきます。
マネー・ローンダリングとは「資金洗浄」と言われたりしますが、犯罪によって得た収益を、その出所や真の所有者が分からないようにして、捜査機関等による収益の発見や検挙等を逃れようとする行為をいいます。
このような行為を放置すると、犯罪による収益が、将来の犯罪活動や犯罪組織の維持・強化に使用され、組織的な犯罪を助長するとともに、これが移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えることから、国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与するため、マネー・ローンダリングを防止することが重要なのです。
そのための法律のひとつとして「犯罪による収益の移転防止に関する法律」ができています。
(2)「犯罪による収益の移転防止に関する法律」は、マネー・ローンダリング等を巡る国内外の情勢変化等に応じ数次にわたり改正され、その機能が強化されてきました。
「犯罪による収益の移転防止に関する法律」に規定された金融機関等の特定事業者が、不正な資金移動に対する監視態勢の強化等に継続して取り組んだ結果、令和5年中に特定事業者から所管行政庁に届け出られた「疑わしい取引」の件数は、70万件を超え、過去最多となりました。
マネー・ローンダリングは、一国のみが規制を強化しても、より規制の緩やかな国を抜け道として行われるため、その対策には国際的な協調が不可欠です。そのため、マネー・ローンダリング等に関する政府間会合であるFATF(ファトフ)が策定した勧告等を基準としつつ、各国は足並みを揃えてその対策を進めています。
日本においても、FATF(ファトフ)勧告に応じ、マネー・ローンダリング対策を順次発展させた上で、官民一体となってその対策に取り組んできました。
令和3年8月、我が国におけるFATF勧告の履行状況に関するFATF第4次対日相互審査報告書が公表され、マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策の成果が上がっていると評価されると同時に、改善すべき事項についても指摘されたところです。
(3)以前から、金融機関に対して、マネー・ローンダリング対策として、本人確認や疑わしい取引の届出などの義務が課されていました。
しかし、犯罪者の手口は巧妙になり、金融機関の取引だけではなく、ファイナンスリース取引、宅地建物取引、宝石・貴金属取引などもマネー・ローンダリングに利用されるので、犯罪収益移転防止法は、より広い範囲にわたって義務が課されるようにしたのです。このように本人確認などの措置が義務付けられる業者を「特定事業者」といいます。
金融機関(銀行、信用金庫、貸金業者など)、ファイナンスリース事業者・クレジットカード事業者のみならず、宅地建物取引業者も特定事業者とされていて、「取引時確認」、「本人確認及び本人確認記録の作成と保存」、「取引記録の作成と保存」、「疑わしい取引の届出」などの義務が課されているのです。
2. 国土交通省が明らかにしている「不動産売買における疑わしい取引の参考事例(宅地建物取引業者)」
以上が法規制の趣旨や経緯であるところ、それは「不動産売買」の分野に限ったことではありません。しかしながら「不動産売買」の分野の考えも知っておく必要があります。
この点、参考になるのが、国土交通省が作成している「不動産売買における疑わしい取引の参考事例(宅地建物取引業者)」です。分かりやすい記載がされていますので、みていきましょう。
国土交通省「不動産売買における疑わしい取引の参考事例(宅地建物取引業者)」は、まず「全般的な注意」として、次のように述べています。
(全般的な注意)
以下の事例は、宅地建物取引業者が「犯罪による収益の移転防止に関する法律」第8条1項に規定する疑わしい取引の届出義務を履行するに当たり、疑わしい取引に該当する可能性のある取引として特に注意を払うべき取引の類型を例示したものであり、個別具体的な取引が疑わしい取引に該当するか否かについては、宅地建物取引業者において保有している顧客の属性、取引時の状況その他当該取引に係る具体的な情報を総合的に勘案して判断される必要がある。したがって、これらの事例は、宅地建物取引業者が日常の取引の過程で疑わしい取引を発見又は抽出する際の参考となるものであるが、これらの事例に形式的に合致するものがすべて疑わしい取引に該当するものではない一方、これに該当しない取引であっても、宅地建物取引業者が疑わしい取引に該当すると判断したものは届出の対象となることに注意を要する。なお、各事例ともに、合理的な理由がある場合はこの限りではない。
以上の下線のとおり、「疑わしい取引」とは「総合的に勘案して判断」される必要があること、参考事例に該当しない取引であっても「疑わしいと判断したもの」は「届出の対象となること」など、注意が必要です。
そして、国土交通省は「疑わしい取引」に該当する可能性のある取引として特に注意を払うべき取引の類型を例示しています。具体的には、次の通りです。
第1 現金の使用形態に着目した事例
1 多額の現金により、宅地又は建物を購入する場合(特に、顧客の収入、資産等に見合わない高額の物件を購入する場合。)
2 短期間のうちに行われる複数の宅地又は建物の売買契約に対する代金を現金で支払い、その支払い総額が多額である場合
第2 真の契約者を隠匿している可能性に着目した事例
3 売買契約の締結が、架空名義又は借名で行われたとの疑いが生じた場合
4 顧客が取引の関係書類に自己の名前を書くことを拒む場合
5 申込書、重要事項説明書、売買契約書等の取引の関係書類それぞれに異なる名前を使用しようとする場合
6 売買契約の契約者である法人の実体がないとの疑いが生じた場合
7 顧客の住所と異なる場所に関係書類の送付を希望する場合
第3 取引の特異性(不自然さ)に着目した事例
8 同一人物が、短期間のうちに多数の宅地又は建物を売買する場合
9 宅地又は建物の購入後、短期間のうちに当該宅地又は建物を売却する場合
10 経済的合理性から見て異常な取引を行おうとする場合(例えば、売却することを急ぎ、市場価格を大きく下回る価格での売却でも厭わないとする場合等)
11 短期間のうちに複数の宅地又は建物を購入するにもかかわらず、各々の物件の場所、状態、予想修理費等に対してほとんど懸念を示さない場合
12 取引の規模、物件の場所、顧客が営む事業の形態等から見て、当該顧客が取引の対象となる宅地又は建物を購入又は売却する合理的な理由が見出せない場合
第4 契約締結後の事情に着目した事例
13 合理的な理由なく、予定されていた決済期日の延期の申し入れがあった場合
14 顧客が(売買契約締結後に)突然、高額の不動産の購入への変更を依頼する場合
第5 その他の事情
15 公務員や会社員がその収入に見合わない高額な取引を行う場合
16 顧客が自己のために取引しているか疑いがあるため、真の受益者について確認を求めたにも関わらず、その説明や資料提出を拒む場合
17 顧客が取引の秘密を不自然に強調する場合
18 顧客が、宅地建物取引業者に対して「疑わしい取引の届出」を行わないように依頼、強要、買収等を図る場合
19 暴力団員、暴力団関係者等に係る取引
20 自社従業員の知識、経験等から見て、不自然な態様の取引又は不自然な態度、動向等が認められる顧客に係る取引
21 犯罪収益移転防止管理官その他の公的機関など外部から、犯罪収益に関係している可能性があるとして照会や通報があった取引
3. 令和4年10月31日付「宅地建物取引業におけるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」について
国土交通省は、令和4年10月31日付で「宅地建物取引業におけるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を発表しています。同ガイドライン14頁では「なお、疑わしい取引の届出は、売買契約が成立したものだけが対象となるものではなく、例えば、顧客とのやり取りの中で売買の申し込みが撤回された場合や契約締結後解約となった場合でも対象となる」と明記されています。