不動産売買と大雨による浸水被害
相談例
先日の大雨で、購入したばかりの自宅が浸水被害を受けました。
大雨で浸水しやすい土地であるということは土地としての欠陥だと思うのですが、売主や仲介業者の責任は認められないのでしょうか。
ここがポイント
近年、「令和2年7月豪雨」による被害をはじめ、記録的な大雨による浸水被害が生じています。
不動産売買においても、売買対象となる不動産において浸水被害が生じたことに伴うトラブルが増加することが予想されます。
今回は、不動産売買において浸水被害が問題とされた裁判例を中心にご紹介いたします(なお、裁判例について読みやすくするために、適宜、改行などを行っています。)。
1.東京高裁平成15年9月25日判決
本件は、宅建業者である売主(被告)から土地建物を購入した原告が、大雨のときなど容易に冠水し土地が宅地として使用できないことは売買の目的物に隠れた瑕疵がある、被告がその説明を怠ったことは説明義務違反にあたるなどと主張して、損害賠償などを請求した事案です。
(1)売主の瑕疵担保責任について
本判決は、まず、居住用建物の敷地の売買に関する売主の瑕疵担保責任(現行法の契約不適合責任)について、次のとおりの一般論を述べます。
「売買の目的物に隠れたる瑕疵がある場合、売主は瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任を負う。
ここにいう瑕疵とは、当該目的物を売買した趣旨に照らし、目的物が通常有すべき品質、性能を有するか否かの観点から判断されるべきである。
そして、本件のような居住用建物の敷地の売買の場合は、その土地が通常有すべき品質、性能とは、基本的には、建物の敷地として、その存立を維持すること、すなわち、崩落、陥没等のおそれがなく、地盤として安定した支持機能を有することにあると解される。」
その上で、当該土地が冠水しやすい土地であることについて、
「地盤が低く、降雨等により冠水しやすいというような場所的・環境的要因 からくる土地の性状も、当該土地における日常生活に不便が生じることがあるのであるから、その土地の経済的価値に影響が生じることは否定できない。
しかしながら、そのような土地の性状は、周囲の土地の宅地化の程度や、土地の排水事業の進展具合など、当該土地以外の要因に左右されることが多く、日時の経過によって変化し、一定するところがないのも事実である。
また、そのような冠水被害は、一筆の土地だけに生じるのではなく、附近一帯に生じることが多いが、そのようなことになれば、附近一帯の土地の価格評価に、冠水被害の生じることが織り込まれることが通常である。
そのような事態になれば、冠水被害があることは、価格評価の中で吸収されているのであり、それ自体を独立して、土地の瑕疵であると認めることは困難となる。」
と述べて、一定の時期に冠水被害が生じたことのみをもって直ちに土地の瑕疵があると断定することは困難であると判断しました。
その上で、
・冠水による生活上の不便が、対象土地を建物の敷地や駐車場として利用するうえで、一定の程度まで達していて無視することはできないものではあるものの、当該土地での居住自体を困難とするものではないこと
・当該土地と同様の冠水被害が周辺一帯に生じていることが窺われ、そのような冠水被害が、土地の価格評価にある程度織り込まれている可能性も否定できないこと
などを挙げて、結論として、当該土地に冠水被害が生じていた事実をもって直ちに当該土地に瑕疵があるとはいえないとして、売主の瑕疵担保責任を認めませんでした。
(2)説明義務違反
もっとも、本判決は、宅建業者である販売業者について、売買契約に付随する信義則上の義務として、取引物件に関する重要な事柄について事前に調査し購入者に説明する義務を負うとも述べています。
しかし、
・上記のような場所的・環境的要因からする土地の性状は、その地域の一般的な特性として、当該物件固有の要因とはいえない場合も多いこと
・そのような土地の性状等は、長年の土地の取引の積み重ねを通じて、一定程度、土地の評価にも反映し、それが織り込まれて土地の価格を形成している場合も多いと考えられること
・上記のような事柄は、当該土地の用途地域(工業地域、住居専用地域)などと異なり、簡便に調べられる事柄ではないこと
から、
「当該業者が上記のような土地の性状に関する具体的事実を認識していた場合はともかく、そうでない場合にもその説明義務があるというためには、そのような事態の発生可能性について、説明義務があることを基礎づけるような法令上の根拠あるいは業界の慣行等があり、また、そのような事態の発生可能性について、業者の側で情報を入手することが実際上可能であることが必要であると解される。」
と判断しました。
そして、当該事案においては、
・当該業者が当該土地の周辺が冠水しやすいという事実を知っていたとは認めにくいこと
・土地に接する道路に雨水がたまりやすく、土地の一部が冠水する土地の場所的・環境的要因に基づく性状について、宅建業者を含む販売業者に説明義務があることを基礎づけるような法令上の根拠や業界の慣行等があるとも認めがたいこと
などを理由として、販売業者の説明義務を認めませんでした。
2.東京地裁平成19年1月25日判決
本件は、土地建物を購入した原告が、購入後に新築した建物の1階が床下浸水の被害を受けたことについて、売主及び仲介した宅建業者らの説明義務違反などを理由に損害賠償請求を行った事案です。
本判決は、当該土地の瑕疵の有無について、
「宅地については、浸水被害は通常『床上浸水』や『床下浸水』というように建物について問題にされるものである。
土地については、上記のように建物の敷地とする際の高さの設定や排水設備の整備等いかんによって浸水のしやすさが直ちに影響を受けることからしても、大雨の時などに冠水しやすいといった土地の性状は、民法570条にいう隠れた瑕疵には直ちに当たらないと解される。」
と述べて、浸水被害は土地の瑕疵の範囲に含まれていないこと、排水設備等が改善されたことなどを理由として、当該土地に瑕疵があると評価することはできないと述べました。
また、本判決は、説明義務の有無についても、浸水の事実は土地の瑕疵とはいえない以上説明義務があったとはいえない、と判断しました。
3.東京地裁平成15年4月10日判決
本件は、新築マンションの買主が、一階部分に毎年のように浸水被害が発生するとして、建築主兼売主である不動産業者に対して、瑕疵担保責任に基づいて契約を解除したうえで損害賠償を求めた事案です。
本判決は、当該マンションの浸水事故がマンションの欠陥に起因するものであるかについて、
・本件マンションの1階部分に浸水事故が発生したこと
・防水対策のため、本件マンションの玄関に防潮板を設置し、仕切りをせざるをえないことは、居住用の本件マンションの機能を著しく損なうものであること
・(近隣のマンションでは敷地に盛り土をして地表面をかさ上げしているため、浸水被害が発生していないのに)本件マンションは盛り土をせず、他に十分な浸水対策をとっていないこと
などを挙げて、本件マンションに欠陥があり、この欠陥が売買契約の目的物の隠れたる瑕疵にあたるとして、売主の瑕疵担保責任を認めました。
4.まとめ
相談例においても、前記1、2の裁判例の考え方によれば、当該土地について過去に浸水があったことや当該土地が大雨のときなどに浸水しやすいことは直ちに土地の瑕疵にあたるものではないと判断されるものと考えられます。
他方で、前記3の裁判例の考え方によれば、浸水しやすい土地上の建物について、地盤を高くするなどの浸水対策をとっていない場合、建物に瑕疵があると判断されると考えられます。
なお、令和2年に、宅地建物取引業法施行規則が改正され、宅建業者には「水害ハザードマップ」を活用して水害リスクに関する説明を行うことが義務付けられました。
売買契約にあたって宅建業者から上記施行規則に沿って水害リスクに関する説明を受けていた場合には、説明義務違反が認められない方向に働くものと考えられますので、ご留意ください。