ライフライン設置・使用権について
相談例
私は、兄と共同して土地を購入し共有していましたが、このたび、土地を分割することになり、兄が公道に接している側の土地を、私が奥側の土地を取得することになりました。
私の土地は奥まったところにあるので、ガスを引くには他の土地にガス管を設置するしかないのですが、兄は、「自分の土地よりも隣地を通した方が公道までの距離が近い」などと言って、自分の土地にガス管を設置することを認めてくれません。
どのように考えたらよいでしょうか。
ここがポイント
1.民法改正によるライフライン設置・使用権の新設
現代の生活では、土地を利用するにあたり、上下水道・ガス・電気等のライフラインの供給を受けることが必要不可欠です。
しかし、周囲の土地の状況やライフラインの設置場所によっては、他の土地に設備を設置したり、他の土地に設置された設備を利用したりしないと、ライフラインの供給を受けられない場合があります。
改正前の民法は、ライフラインの技術が未発達な時代に定められたため、ライフラインに関する規定をほとんど設けていませんでした。
わずかに、排水のため低地に通水することを認めた規定(220条)や通水用工作物の使用についての規定(221条)を設けていましたが、これらの規定が適用される範囲はかなり限られていました。
なお、下水道については、下水道法11条で、公共下水道の排水区域内の土地所有者等が他人の土地または排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に設備を設置し、または他人が設置した設備を使用できると規定されています。
ただ、この規定は、下水道一般に適用されるものではありませんでした。
そこで、裁判例では、民法の隣地使用権に関する規定や通水に関する規定、下水道法の規定を類推適用してライフラインの設置や使用を認めるなど、解釈によって対応していました。
しかし、裁判例によって根拠となる規定がさまざまであるなど、解釈の内容が必ずしも定まっていませんでした。
また、他の土地や設備の所有者から設備の設置や使用を拒まれたり、不当な承諾料を求められたりするなど、土地の円滑な利用が阻害されていました。
こうしたことから、令和3年の民法改正により、新たに、ライフライン設置・使用権(継続的給付を受けるための設備の設置権および設備使用権)が設けられました(民法213条の2、同213条の3)。
ライフライン設置・使用権に関する改正民法の規定は、令和5年4月1日から施行されています。
2.ライフライン設置・使用権の要件、行使の方法
⑴ ライフライン設置・使用権が認められるには、「他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ、電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付を受けることができない」ことが必要です(民法213条の1第1項)。
ライフライン設置・使用権の対象となる土地は「他の土地」であれば足り、隣接していない土地であっても、対象となります。隣接していない土地も利用しなければ継続的給付を受けられない場合があるためです。
この点は、境界における障壁や建物の築造など一定の目的のために「隣地」の使用を認めている隣地使用権(民法209条)とは異なっています。
⑵ 条文では、具体的な継続的給付として、「電気」、「ガス」、「水道水の供給」が挙げられていますが、これらは例示であり、電話、インターネットなど現代生活において不可欠なライフラインも含まれるものとされています。
⑶ ライフラインの設置・使用は、継続的給付を受けるため「必要な範囲内」であることが必要です。
例えば、必要以上に大規模な設備を設置したり、他人が所有する設備に必要以上の負荷をかけたりすることは、「必要な範囲内」とはいえず、認められません。
⑷ 土地所有者が、他人の土地に設備を設置したり、他人が所有する設備を使用したりするにあたっては、設備の設置・使用の場所・方法が、他人の土地や設備にとって「損害が最も少ないもの」を選ばなければなりません(民法213条の2第2項)。
どのような場合に「損害が最も少ないもの」といえるかについては、土地利用の相互調整という相隣関係の趣旨に照らし、個別の事案ごとに、設備の設置・使用の必要性と、他の土地や他人が所有する設備が被る損害とを総合的に考えることになりますが、その際には、個別の事案における地理的状況や他の土地の使用状況等を踏まえて、判断することになります。
立法担当者が挙げている例では、公道に通じる私道や公道に至るための通行権の対象となる部分がある場合には、通常はその部分を選ぶことになると説明されています。
また、他の土地の所有者が、その土地上に建物を建築することを具体的に計画している場合には、その建物の敷地となる予定の場所は、「損害が最も少ないもの」とはいえないとされています。
なお、下水道法11条も同様の規定を設けており、他人の土地または排水設備にとって最も損害の少ない場所または箇所および方法を選ばなければならないとされています。
下水道についてはこの規定が民法の特則として優先的に適用されますが、下水道法に規定がない点については、民法が適用されることになります。
⑸ ライフライン設置・使用権を行使するためには、あらかじめ、目的・場所・方法を、他の土地・他人が所有する設備の所有者および他の土地を現に使用している者に通知しなければなりません(民法213条の2第3項)。
このような通知が必要とされた理由ですが、他の土地の所有者や設備の所有者等に対して、設備の設置・使用の内容が、民法の要件を満たしているのかを判断し、事案によっては別の場所または方法をとるよう提案する機会を与えたり、当該設置・使用を受け入れる準備をする機会を与えたりする点にあります。
「あらかじめ」といえるかは、個別の事情に応じて判断されますが、基本的には、2週間から1か月程度の期間を置く必要があるとされています。
3.ライフライン設置・使用権の効果
⑴ 土地所有者は、さきほどご説明した要件を満たしている場合には、他の土地に設備を設置し、他人が所有する設備を使用することができます。
(民法213条の2第1項)。
もっとも、ライフライン設置・使用権の行使、実現の方法については、注意が必要です。
ライフライン設置権を例にとりますと、事前通知を受けた他の土地の所有者や、他の土地を現に使用している者が、設備の設置を拒否している場合、土地所有者がこれを排除して設備を設置するためには、妨害排除・差止め請求の訴訟を提起するなどの手続を経た上で、債務名義に基づいて強制執行の手続をとる必要があります。
土地所有者が、こうした裁判手続を経ずに設備を設置すると、事案によっては違法な自力救済にあたるおそれがありますので、注意が必要です。
⑵ ライフライン設置・使用権を有する土地所有者は、他の土地に設備を設置するため、または他人が所有する設備を使用するために、当該他の土地または当該他人が所有する設備のある土地を使用することができます。
(民法213条の2第4項前段)。
このような一時的な土地使用が認められた理由ですが、他の土地に設備を設置したり、他人所有の設備を使用したりする際には、工事を行うために、当該他の土地や当該他人所有の設備がある土地を一時的に使用する必要が多いという点にあります。
土地を使用するにあたっては、隣地使用権(民法209条)の規定が準用されることになります(民法213条の2第4項後段)。
⑶ ライフライン設置権を有する土地所有者は、他の土地の所有者に対し、下記の2種類の償金を支払わなければなりません。
記
①他の土地に設備が設置され使用が継続的に制約されることによって生じる損害に対する償金:1年ごと(民法213条の2第5項)
②設備を設置するために他の土地を使用したことで、所有者らに一時的に生じた損害に対する償金:一括
(民法213条の2第4項後段・民法209条4項)
また、ライフライン使用権を有する土地所有者は、設備を所有する他人に対し、下記の2種類の償金を支払わなければなりません。
記
①設備の使用を開始するために生じた損害に対する償金:一括
(民法213条の2第6項)
②設備を使用するために他の土地を一時的に使用したことで、所有者らに一時的に生じた損害に対する償金:一括
(民法213条の2第4項後段・民法209条4項)
さらに、ライフライン使用権を有する土地所有者は、他人が所有する設備を利用することで利益を受ける割合に応じて、設置、改築、修繕および維持に必要な費用を負担することになります(民法213条の2第7項)。
4.土地の分割・一部譲渡の場合におけるライフライン設置権の特則
以上が原則になりますが、ライフラインの継続的給付を受けられない土地が、土地の分割または一部譲渡によって発生した場合は、ライフライン設置権について、以下の特則が設けられています(民法213条の3)。
まず、土地の分割・一部譲渡の場合には、ライフライン設備を設置できる土地が限られます。
具体的には、継続的給付を受けられない土地の所有者は、他の分割者の所有地または譲渡の相手方の所有地のみに、設備を設置することができます。
(民法213条の3第1項前段、同2項)。
また、本条に基づいてライフライン設備を設置する者は、その設備が設置された土地に継続的に生じる損害について、償金を支払う必要がないものとされています(民法213条の3第1項後段、同2項)。
このような特則が設けられた理由ですが、分割や一部譲渡の当事者は、他の土地に設備を設置しなければライフラインの継続的給付を受けることができない土地が発生することを当然に予期することができるはずです。
そのため、設備の設置による負担を当事者以外の周囲の第三者に負わせないようにする必要があります。
また、設備の設置によって生じる損害は、分割や一部譲渡の中で考慮されたものと取り扱うことが相当です。
以上の理由から、上記の特則が設けられました。
5.相談例の場合
相談例の場合、他の土地に設備を設置しなければガスの継続的給付を受けることができない土地が、分割によって発生することになります。
したがって、あなたは、分割の相手方であるお兄様の所有土地のみに、ガス管を設置する権利を有することになります。
また、この場合、お兄様に償金を支払う必要はありません。
※相談例は、ライフライン設置・使用権の説明のために設定した例であり、地役権などその他の権利については対象としておりませんので、ご留意ください。
以上、ライフライン設置・使用権についてご説明いたしました。
これらの規定は改正民法によって新設された規定であり、施行から間がないところですので、実際の事案でこれらの権利を主張される場合には、専門家にご相談されることをお勧めいたします。