不動産売買に関して留意しなければならないこと~いわゆる「共有私道ガイドライン(第2版)」「令和3年民法改正(共有)」について
不動産売買に関して留意しなければならないこととして、今回は、いわゆる「共有私道ガイドライン(第2版)」「令和3年民法改正(共有)」をとりあげます。
1 いわゆる「共有私道ガイドライン(第2版)」とは
法務省の「共有私道の保存・管理等に関する事例研究会」は,令和4年6月7日、「複数の者が所有する私道の工事において必要な所有者の同意に関する研究報告書~所有者不明私道への対応ガイドライン~(第2版)」を公表しています。この「所有者不明私道への対応ガイドライン~(第2版)」が、いわゆる「共有私道ガイドライン(第2版)」です。
共有私道は、これに接する宅地と一体となって取引されることが多いため、令和3年改正民法の下での法律関係を把握しておくことは宅地の取引の実務においても有益と考えられます。
2 いわゆる「共有私道ガイドライン(第2版)」(令和4年6月)とその前の旧ガイドライン(平成30年1月)の経緯
(1) 「共有私道ガイドライン(第2版)」は「第2版」とされていることからもおわかりのとおり、その前の「旧版」のガイドラインがありました。平成30年1月にとりまとめられたものです。
この旧ガイドラインは、次のような経緯で作成されました。すなわち、市街地においてしばしば見られる、複数の者が共有する私道について、令和3年改正前の民法の共有等に関する規律の解釈が必ずしも明らかでなく、事実上、その補修工事等を行う際に共有者全員の同意を得る運用がされ、その一部でも所在等が不明であると、私道の整備に支障が生じていました。そこで、平成30年1月の旧ガイドラインとりまとめとなったのです。
旧ガイドラインは、当時の民法の共有等の規律の解釈において共有者全員の同意が必要なケースとそうでないケースとを明らかにしたうえで、全員同意が必要なケースであっても、所在等が不明な所有者がいる場合には、財産管理制度を活用して、管理人の同意を得ることによって私道の整備が可能であること等を示した点に大きな意義がありました。
(2) その後、政府は、関係省庁の緊密な連携の下、所有者不明土地対策として様々な取り組みを進めました。所有者不明土地の利用の円滑化に関する特別措置法という法律成立を皮切りに、次々に立法措置が行われ、令和3年には、所有者不明土地問題の総合的な解決に向けて、民事基本法制の見直しがなされるに至りました。
この「令和3年の民事基本法制の見直し」では、民法・不動産登記法等の一部改正と新法の制定もなされましたが、なかでも、民法の改正部分は、所有者不明土地問題を契機に民法の規律を幅広く見直し、「共有」「財産管理」「相隣関係」「相続」の各分野について法改正がなされました。
このように、旧ガイドラインが前提としていたルールが大きく改正されたため、ガイドラインの改訂が各方面から要望されることになりました。政府の基本方針(令和3年6月)においても、「共有者による私道の円滑な利用や管理が可能となるよう、共有私道ガイドラインの更なる周知と、民法の共有制度の見直しを踏まえた同ガイドラインの改訂を行う」とされました。
以上の経緯で、令和4年6月7日付のいわゆる「共有私道ガイドライン(第2版)」(以下「改訂ガイドライン」という)となったのです。
3 「共有」の令和3年民法改正について
改訂ガイドラインの前提となった令和3年民法改正などのうち、「共有」制度見直しを見ていきましょう。
(1) 令和3年改正前民法(以下「改正前民法」という)の「共有」制度は、①「保存」は各共有者が「単独」で可能、②「管理」は、各共有者の持分の価格に従い「過半数」で決する、③「変更」は、共有者「全員の同意」が必要とされていました。
しかし、共有物に「軽微な変更」を加える場合であっても、「変更」行為として共有者「全員」の同意が必要とすることは、円滑な利用・管理を阻害します。
そこで、令和3年改正によって、共有物に「変更」を加える行為であっても、「形状又は効用の著しい変更を伴わないもの」を軽微変更とし、「軽微変更」は、「持分の価格の過半数で決定することができる」と改正されました。役所の解説によれば、具体的事案によりますが、例えば、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の大規模修繕工事は、基本的に「共有物の形状又は効用の著しい変更を伴わないもの」にあたるとされています。
(2) 改正前民法では、共有物の「変更」は、共有者「全員」の同意が必要で、共有物の「管理」は「持分の過半数で決定」だったため、共有者のなかに「他の共有者を知ることができず、またはその所在を知ることができない」人がいると、共有物の「変更」はできず、「管理」も管理に関する事項を決定することが困難でした。
そこで、令和3年改正によって、所在等不明共有者がいる場合は、裁判所の決定により、①「所在等不明共有者」以外の共有者「全員」の同意により、共有物に「変更」を加えることができ、②「所在等不明共有者」以外の共有者の持分の「過半数」により「管理」に関する事項を決定することができるとなりました。
(3) 共有物の「管理」について、「所在等不明」ではないけれども、「賛否不明」の場合も、令和3年改正で新たな定めがありました。すなわち、共有物の「管理」は、各共有者の持分の価格に従い「過半数」で決するとして、その実施を共有者間の協議・決定に委ねていますが、社会経済上の変化に伴って、共有者が共有物から遠く離れて居住・活動していることや、共有者間の人的関係が希薄化していることも多くなっており、共有物の「管理」に関心を持たず、連絡等をとっても明確な返答をしない共有者がいるため、共有者間で決定を得ることが容易でなくなっています。
そこで、令和3年改正では、相当の期間を定めて共有物の管理に関する事項を決することについて賛否を明らかにすべき旨を催告しても、相当の期間内に賛否を明らかにしない共有者がある場合は、裁判所の決定を得て、賛否不明共有者以外の共有者の持分の過半数の決定により管理に関する事項を決することができるとなりました。なお、この仕組みは、「管理」に関する事項(軽微「変更」を含みます)に限ってその対象とするもので、「共有物に形状又は効用の著しい変更を伴う」「変更」行為を対象とするものではありません。
4 「共有私道ガイドライン(第2版)」(改訂ガイドライン)の概要
(1) 「共有私道ガイドライン(第2版)」(改訂ガイドライン)は、「第1章 共有私道とその実態」、「第2章 共有私道の諸形態と民事法制」、「第3章 ケーススタディ」からなっています。
(2) 「共有私道」という場合、「私道」とはなにか、「共有私道」とはなにか、が問題となります。
前者の「私道」とはなにか、につきましては、法律上明確な定義はありませんが、大別すると、①公道の対立概念としての「私道」、②私人が所有する道路という意味での「私道」があります。
これら「私道」のうち、(ⅰ)「法令上、国や地方公共団体が管理」し、公的な管理がされているものは、民法等の解釈を待つまでもなく、補修工事等が可能であり、問題は少ないと考えられます。また、(ⅱ)「一般の用に供されていない」通路の管理は宅地そのものの管理の問題であるのに対し、「一般の用に供されている」通路の管理は、その公共性にかんがみ、特有の複雑な問題を生じさせるといえます。
したがって、改訂ガイドラインは、主として「国や地方公共団体以外の者が所有する」「一般の用に供されている通路であって」「法令上、国や地方公共団体が管理することとされていないもの」を対象としています。
次に、後者の「共有私道」とはなにか、です。
市街地における私道の実際を見ると、複数の者が私道を所有する場合には、(A)私道全体を複数の者が所有し、民法249条以下の共有(共同所有)の規定が適用されるものと、(B)私道が複数の筆から成っており、隣接宅地の所有者等が、私道の各筆をそれぞれ所有し、相互に利用させ合うものがあります。私道の管理に当たっては、これらのいずれも民法等の解釈が問題となり得るので、(A)を「共同所有型私道」、(B)を「相互持合型私道」と呼んだうえ、改訂ガイドラインはそれぞれ言及しています。これら(A)と(B)をあわせて「共有私道」といいます。
(3) 改訂ガイドラインのうち、「第3章 ケーススタディ」は、「1 私道の舗装に関する事例」「2 ライフラインに関する事例」「3 その他」にわけて、それぞれ事例が記載されています。事例1から事例37まで、合計37の事例です。
そのうち「1 私道の舗装に関する事例」では、「舗装の陥没」や「全面再舗装」、「新規舗装」「側溝再設置」の事例が合計10ほど記載されています。
「2 ライフラインに関する事例」では、【上水道関係】【下水道関係】【ガス事業及び導管関係】【電気事業及び電柱関係】の各事例は合計19ほど記載されています。
給水管の新設・補修や、配水管の取替、私有排水管の新設、共同排水管等の新設、公共下水管の新設、ガス管の新設・補修、電柱の新設・取替などの事例が記載されています。
「3 その他」では、階段の新設・拡幅、階段への手すり設置、ゴミボックスの新設、樹木の伐採、宅地からせり出している枝の伐採、などの事例が記載されています。
(4) 改訂ガイドラインは、全37事例を厳選し、各事例を図示しながら法律関係を分析した上で、民事法上の各種規定を用いた対処法を示しています。改正民法等で導入された新制度が具体的な事案でどのように適用されるかを詳細に検討し、解釈を明確化しています。
例えば、改訂ガイドライン36頁や48頁においては、不在者財産管理人の請求権者に関し民法の特則を設けている「所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(以下「特措法」)」や改正特措法、所有者不明土地管理命令の請求権者に関する特措法・改正特措法による民法の特則にも言及し、国の行政機関の長又は地方公共団体の長は、所有者不明土地につき、その適切な管理のため特に必要があると認められる場合には、「利害関係の有無を問わず」、その請求をすることができると記載しています。
(5) 民法等の民事基本法の解釈適用は、個別具体的な事案の内容に応じて最終的には裁判所において適切に判断されるべきものですが、改訂ガイドラインは今後の実務運用において重要な意義を有するものといえましょう。