民法改正によって瑕疵(かし)担保責任はどう変わる?
相談例
予算の点から中古自動車を購入することを考えているのですが、中古だと欠陥があったりしないかが心配です。
知人に相談したところ、民法という法律に「瑕疵(かし)担保責任」という制度があり、場合によっては、売買契約を解除したり、損害賠償を請求したりできるということを教えてもらいました。
ただ、その知人の話では、民法が改正されるかもしれないということでした。
もし、民法が改正された場合、私にはどういった影響があるのでしょうか。
ここがポイント
相談例にありますとおり、民法は瑕疵担保責任の制度を設けています。買主は、売買の目的物に隠れた瑕疵があったときには、契約の解除や損害賠償の請求ができることになっています。
ここでいう「瑕疵」とは、売買の目的物が通常有すべき性能や品質を備えていないことや契約で予定された性能や品質を備えていないことをいうとされています。
また、「隠れた」とは、買主が契約時に「瑕疵」の存在を知らず(善意)、知らないことについて過失がないこと(無過失)をいうとされています。
瑕疵担保責任の内容については、以前のアドバイスでも紹介させていただいていますので、そちらもあわせてご参照いただければ幸いです(2014年9月号不動産売買のときに気をつけること~瑕疵(かし)担保責任とは?。2015年8月号近時、問題となった事例から~土地にふっ素が含まれていた事例。2015年9月号不動産売買における心理的瑕疵とは?など)。
さて、相談例のとおり、現在、民法の改正案が国会(衆議院)で審議されており、瑕疵担保責任も改正が予定されています。
あくまで国会で審議している段階であり、民法が改正されたわけではありませんが、改正された場合、瑕疵担保責任にはどのような影響があるのでしょうか。
改正案によりますと、買主は、追完(ついかん)請求、代金減額請求、損害賠償請求及び契約の解除という4つ手段がとりうるものとされていますので、順に説明させていただきます。
1.追完請求
(1)追完請求権、改正の背景にある考え方
追完請求権とは、引き渡された目的物が種類、品質または数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し、または不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができるという権利です。
そもそも、売買の瑕疵担保責任をめぐっては、その背景にある考え方が分かれていました。
伝統的に通説であるとされていた考え方として、売買の瑕疵担保責任は、特定物売買(当事者が物の個性に着目してなされた売買。たとえば、相談例の中古自動車などが典型例とされています)のみに適用があるという立場がありました。
このような立場によりますと相談例については、次のように考えられます(説明の便宜上、単純化しております)。
・売買の目的物となった「その中古自動車」(特定物)は世界に1つしかない以上、たとえ欠陥があったとしても、あるがままの状態で引き渡せば、売主は契約上の義務を果たしている(いいかえれば、売主と買主が物の個性に着目した特定物売買の場合には、物の性質(欠陥がないこと)は契約の内容になっていない)。
・しかし、それでは買主が欠陥のないことを前提に代金を支払っていた場合にはバランスを欠き、不公平となってしまう。
・そこで、法律で特に瑕疵担保責任を設け、損害賠償請求などを認めたのである。したがって、瑕疵担保責任は、特定物売買の場合のみに適用がある。
こうした立場を貫けば、欠陥のない「その中古自動車」は存在しませんので、 欠陥のない‘その中古自動車’を求めること(追完請求)は否定されることになるものと考えられます。
しかし、こうした立場に対しては、欠陥のある状態で目的物を渡しても売主に契約上の責任が生じないというのは現実的ではないといった批判があるところでした。
改正案は、買主に一般的な追完請求権を認めております。そのため、特定物売買の場合でも物の性質は契約の内容になるという立場をとったものとされています。
このように買主は、契約の内容に即して、追完請求できることが規定されましたが、改正案では、売主からも、追完をすることができるものとされています。具体的には、売主は、買主に不相当な負担を課すものではないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完を請求することができます。
なお、契約内容の不適合が、買主のせい(法律用語としては、買主の責めに帰すべき事由といいます)で生じたものであるときは、追完請求をすることができないとされています。
(2)「隠れた瑕疵」という言葉は使われなくなる
(1)の冒頭、追完請求権の説明の箇所をご覧いただきますとわかりますように、改正案では「隠れた瑕疵」という言葉を使わずに、「契約の内容に適合しないものであるとき」という言葉を使っております。
「瑕疵」という言葉は、文字どおりにとらえると、契約内容を度外視して客観的に決まる欠陥であると理解されかねない表現といえます。
しかし、「「瑕疵」には、契約で予定されていた性質が備わっていない場合、つまり契約に適合しない場合を含むものと考えられるようになっていました。そこで、こうした考え方に沿うように、「瑕疵」ではなく、「契約の内容に適合しない」という表現を使うことにしたのです。
また、「隠れた」という言葉も使われておりません。売主・買主が売買の対象にどういった意味を与えたかという契約の内容を特定する際に、買主が欠陥を知っていたか、知り得たか(善意無過失)が取り込まれることになります。そこで、契約内容の特定とは別に善意無過失を要件とすることは難しいと考えられたのです。
(3)相談例の場合
対象となった中古自動車に欠陥がないことが売買契約の内容になっており、中古自動車に欠陥があった場合には、買主の方は、売主に対し、修理や代わりの自動車の引渡しを求めることできるものと考えられます。
2.代金減額請求
次に、代金減額請求権についてご説明いたします。
現在の民法では、売買の目的物の数量が不足している場合には代金の減額請求を認めていますが、種類や品質が契約内容に適合しない場合には、減額請求を認めていません。
しかし、売買の目的物の種類や品質が契約の内容に適合しない場合にも、代金の減額請求を認めることで、目的物の価値と代金とのアンバランスが解消されることになります。そこで、改正案では、数量不足の場合に限らず、種類や品質が契約内容に適合しない場合にも、代金の減額請求を認めています。
買主は、相当の期間を定めて、履行の追完を催告し、その期間内に追完がないときは、不適合の程度に応じて、代金の減額を請求することができます。もっとも、催告をしても追完ができないときなどには、催告をする意味がありませんので、催告なしに代金減額請求ができることになっています。
種類、品質または数量に関して契約の内容に不適合が生じていたとしても、それが買主の責めに帰すべき事由による場合には、追完請求が認められないことをご説明いたしましたが、代金減額請求でも同様です。
なお、代金減額請求は、契約不適合が売主のせい(責めに帰すべき事由)によらない場合でも、行うことができます。これは、次に説明いたします損害賠償請求とは異なる点です。
相談例については、中古自動車に欠陥がないことが契約内容になっていた場合、買主の方は、欠陥の程度に応じて、代金の減額を請求することができるものと考えられます
3.損害賠償請求及び解除
改正案では、種類、品質または数量の点で契約内容に適合した物を与える義務を売主が負っていると考えられていますので、義務違反(契約不適合)は債務の不履行と評価されます。そのため、売主は、債務不履行の一般規定によって、損害賠償の請求や契約の解除ができることとされています。
(1)損害賠償請求
現在の民法でも、損害賠償請求が認められていますが、先ほどの伝統的な通説の立場からすると、その範囲は、瑕疵がないと信じたことによる利益(信頼利益といいます。たとえば、契約のための調査費用や履行のための準備費用などです。)に限られると考えられていました。
しかし、改正案では、損害賠償の範囲は、完全な履行がされたならば得られたであろう利益(履行利益といいます。たとえば、値上がり利益や転売利益などです)にまで及ぶことになります。
なお、改正案では、債務不履行の一般規定によることになりますので、契約不適合について、契約及び取引上の社会通念に照らして売主に帰責事由がない場合には、損害賠償請求は認められないことになります。
(2)契約の解除
また、現在の民法では、瑕疵担保責任に基づく契約の解除は、契約目的が達成できない場合に限って、認められています。
これに対し、改正案では、契約目的が達成できない場合でなくても、相当期間を定めて履行の催告をし、期間内に履行がないときは、契約を解除することができます(追完を催告しても意味がない場合には催告せずに解除することも認められます)。ただし、契約不適合が「軽微」なものである場合には、解除は認められないので、注意が必要です。
なお、追完請求や代金減額請求の場合と同じように、買主側に帰責事由がある場合には、解除は認められません。
他方、契約の解除の場合には、売主の帰責事由は不要とされましたので、契約不適合について売主に帰責事由がない場合でも、解除が認められることになります。この点は、損害賠償請求の場合とは異なるところです。
(3)相談例の場合
中古自動車に欠陥がないことが契約内容となっていたのに欠陥があった場合、買主の方は、被った損害を賠償請求できるものと考えられます。ただし、売主に欠陥について帰責事由がない場合には、請求はできないことになります。
また、中古自動車の欠陥が軽微でない場合には、契約の解除も認められるものと考えられます。
4.期間制限について
現在の民法では、瑕疵を理由とする契約の解除や損害賠償請求は、買主が事実を知ったときから1年以内に行わなければならないとされていました。
これに対し、改正案では、契約不適合(ただし、数量不足の場合を除く)を知ったときから1年以内に契約不適合の事実を売主に通知することとされており、解除や損害賠償の請求までは必要とされておりません。
そのため、契約不適合を知ってから1年以内にその事実を通知していれば、契約不適合を知ってから5年間の消滅時効にかかるまでは、権利行使が可能になります(今回のアドバイスでは触れておりませんが、改正案では、債権は権利行使できることを知ってから5年、あるいは権利行使できるときから10年で消滅時効にかかることとされています)。
相談例の場合、買主の方が、中古自動車の欠陥を知ってから1年以内にその事実を売主に伝えていれば、通常、欠陥を知ってから5年間は契約の解除や賠償請求を行うことができるものと考えられます。
5.今後の留意点
冒頭にも申し上げましたとおり、改正案は国会審議の段階ですので、成立するかどうかは不確定です。もっとも、改正法が成立した場合には、不動産売買の実務に少なくない影響を与えるものと考えられますので、動向には注意しておくことが肝要です。