時効による所有権の取得と登記について(二重売買の事案を例に)
相談例
Bは親戚のAから甲不動産を買いました。代金を支払って引渡しも受けましたが、親戚との取引であり安心していたこともあって、費用を節約するため、登記は移しませんでした。
その後、Bは長年にわたって甲不動産を使用していましたが、特に誰からも何も言われませんでした。
ところが、経済的に苦しくなったAが、Bが登記を移していないのをいいことに、甲不動産をCに対しても売却し、登記を移してしまいました。
Cから甲不動産を引き渡すように言われたBは、Cに対し、時効によって甲不動産の所有権を取得したと主張できないでしょうか。
ここがポイント
1.対抗関係について
不動産が二重に売買された場合、第一の売買の買主(第一買主)と第二の売買の買主(第二買主)は、自分が主張しようとする権利(所有権)と相手方の権利(所有権)が両立しない関係(対抗関係)に立ちます。
そのため、第一買主、第二買主は、原則として、登記をしなければ、相手方に対し、不動産の所有権を取得したことを優先的に主張できない(対抗できない)ことになります(民法177条)。
ただし、例えば、第二買主が、第一買主が所有権を取得した事実を知っていて(悪意)、しかも、第一買主に登記がないと主張することが信義に反すると認められる者(背信的悪意者)である場合には、第一買主は、登記をしなくても、第二買主に対し、不動産の所有権を取得したことを対抗することができます(判例)。
相談例の場合、第一買主Bと第二買主Cは対抗関係に立つため、Bは、Cが背信的悪意者でない限り、Cに対し甲不動産の所有権を取得したことを対抗できないことになるようにも思われます。
2.時効による所有権の取得と登記について
もっとも、相談例の場合、Bが長期間にわたって甲不動産を占有し続けてきたという事情があります。
そこで、BはCに対し、時効により甲不動産の所有権を取得したと主張できないでしょうか。
(1)取得時効の成立
民法は、時効による所有権の取得を認める制度(取得時効制度)を設けています。
具体的には、20年間、所有の意思をもって、平穏にかつ公然と、他人の物を占有した者は、その所有権を取得する、と定めています(民法162条1項)。
また、10年間、所有の意思をもって、平穏にかつ公然と、他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意でありかつ過失がなかったときは、その所有権を取得する、とも定めています(民法162条2項)。
今回のコラムの趣旨からは外れますので、取得時効の成立要件についての説明は割愛させていただきますが、Bは買主として甲不動産の使用を開始しており、その後誰からも何も言われていなかったということでした。そうしますと、Bは、「所有の意思をもって」「平穏にかつ公然と」甲不動産を占有していたといえそうです。
また、Bが甲不動産の引渡しを受けた時点では、Cは現れていませんでしたので、Bは、甲不動産の占有を開始した時点では、甲不動産が自分の物であると信じており(善意)、信じたことについて無過失であったといえそうです。
なお、条文の言葉では、取得時効の対象は「他人の物」とされています。そうすると、甲不動産は、買主であるBにとっては自己の物であるため「他人の物」にはあたらないようにも見えます。しかし、判例は、自己の物であっても「他人の物」にあたるとして、取得時効が成立することを認めています。
以上からしますと、Bが甲不動産の占有を開始してから10年で、甲不動産の所有権について時効が成立していると考えられます(ただし、当事者による「援用」が必要とされています。民法145条)。
(2)時効による所有権の取得を主張するために登記は必要か
もっとも、第一買主の時効が成立すると、第二買主は登記を備えていても常に所有権を取得できないというのでは、不動産取引の安全が損なわれてしまいます。
そこで、時効によって所有権を取得したことを第三者に主張するためには登記を必要とするべきではないか、という問題が生じてきます。
このような時効による所有権の取得と登記の問題については、判例が確立しています。具体的には、以下のとおりです(説明の便宜上、「原則①」~「原則⑤」といいます)。
原則① もとの所有者との関係
占有者(B)は、もとの所有者(原所有者:A)に対しては、登記をしなくても、時効による所有権の取得を対抗することができます。
原所有者と占有者は物権変動(所有権の取得)の当事者とみるべきだからであると説明されています。
原則② 時効完成前に現れた第三者との関係
時効完成前に、原所有者から不動産を譲り受け、登記を備えた第三者(買主)に対しては、登記をしなくても、時効による所有権の取得を主張できます。原則①と同様の理由からです。
相談例の場合、第一買主Bの時効が完成する前に、第二買主CがAから甲不動産を買い受けて登記を備えていた場合には、Bは登記をしなくても、Cに対し、時効による所有権の取得を対抗できることになります。
原則③ 時効完成後に現れた第三者との関係
これに対し、時効完成後に、原所有者から不動産を譲り受け、登記を備えた第三者(買主)に対しては、登記をしないと、時効による所有権の取得を対抗できません。
この場合は、売主(原所有者)を起点として、あたかも不動産が二重に譲渡されたような関係に立つものと考えられているためです。
相談例の場合、第一買主Bの時効が完成した後に、第二買主CがAから甲不動産を買い受けて登記を備えていた場合には、Bは登記をしないと、時効による所有権の取得を対抗できないことになります。
もっとも、時効完成後に現れた第三者が「背信的悪意者」に当たる場合には、時効取得を主張する者は、登記をしなくても、時効による所有権の取得を対抗できるものとされています(判例)。
具体的には、Cが不動産を譲り受けたときに、多年にわたりBが甲不動産を占有している事実を認識しており、Bが登記を備えていないことを主張することが信義に反するという事情がある場合、Cは背信的悪意者にあたります。したがって、Bは登記をしなくても、時効による所有権の取得をCに対し対抗できることになります。
原則④ 時効の起算点について
時効の起算点は、不動産の占有を開始した時点に固定され、時効を主張する者が任意に選択することは認められません。
判例によれば、原則②、③のとおり、第三者(第二買主)が現れた時期が時効完成前であったのか、あるいは時効完成後であったのかによって、結論が異なります。
もし、時効を主張する者が、時効の起算点を任意に選択できるのであれば、起算点を後らせて、第三者が時効完成前に現れたことにできてしまいます。そうすると、原則②と原則③とを区別した意味がなくなってしまいます。そのため、起算点を任意に選択することは認められていないのです。
相談例の場合、時効の起算点は、Bが甲不動産の占有を開始した時点であり、Bがこれを任意に選択することは認められないことになります。
原則⑤ 再度の時効取得について
原則③の場合に、第三者(第二買主)が登記を備えた後、第一買主がさらに占有を続け、改めて時効の成立に必要な期間を経過したときは、第一買主は、第二買主に対し、登記をしなくても、時効による所有権の取得を対抗することができます。
相談例の場合、第一買主Bについて改めて取得時効が成立すれば、Bは第二買主Cに対し、登記をしなくても、時効による所有権の取得を対抗できることになります。
今回は、不動産の二重売買の事案を例に、取得時効と登記の問題について判例がどのように考えているかをご説明いたしました。
取得時効と登記の問題は、時効の問題と登記の問題がからみ、複雑なところですので、専門家にご相談されることをお勧めいたします。