売れ残った建売住宅の値下販売と売主の既存買主に対する損害賠償責任
相談事例
A株式会社は、土地の面積や、建物の間取りと床面積がほぼ同じである建売住宅(土地建物)6戸を売り出したところ、私はそのうちの1戸を5480万円で購入しました。しかしA社は、その後わずか数か月の間に、残りの5戸について数回にわたって値下げをして売却し、最後の1戸については4780万円で売却しました。私としては、高い価格で購入をして損をしたようで、強い不満を感じています。残りの5戸について可能な限り価格を維持して販売すべきであったのにもかかわらず、短期間に値下げをして販売したことを理由として、A社に対して損害賠償を請求できませんか。
解説
1 今回の相談事例は、東京地裁の平成21年11月26日付判決をモデルにしたものです。
判決では、下記のとおり、売主が当初の販売価格から値下げして販売することは、原則として自由に行うことができるとし、不動産業者が同種同等の建売住宅を一斉に販売する場合であっても、そのことから直ちに、同等の価格で販売し続けなければならない義務が生じると解することはできないとしました。
記
(判決文の引用)
「建売住宅の販売行為は、売主がその財産を処分する行為であり、その販売価格の設定は、本来、売主が自由に行い得るものである。本件物件群のように市場性のある建売住宅について、売主が、その売れ行き、市況の変化、売れ残りが生じて事業資金の返済が遅れることにより発生する金利負担その他の採算等を考慮して、販売価格を当初のそれより値下げして販売することも、売主が経済的な必要性に基づいて行う合理的な財産の処分行為であり、原則として、売主が自由に行うことのできるものというべきである。不動産業者が同種同等の建売住宅を一斉に販売する場合であっても、そのことから直ちに、売主に、これを同等の価格で販売し続けなければならない義務が買主との関係で生じると解することはできない。」
そのうえで、例外的に、下記①、②のような特段の事情がある場合には、売主の販売価格引下行為が信義則に反する行為として、買主に対する不法行為を構成すると解する余地(売主に対する損害賠償請求が認められる余地)があるとしました。
記
(判決が示す特段の事情の例)
① 引下後の価格が市況の相場に照らし著しく低廉なものであり、これによって先に販売された同種同等の建売住宅の資産価値が市況の相場よりも大きく引き下げられたと認められる場合
② 売買の目的物と同種同等の物件が今後も売買代金額と同等の価格で販売され続けるであろうとの期待を買主が抱いても無理はないといえるような言動が、売買交渉の過程で売主側に存在したと認められる場合
しかし結局、判決においてはこのような特段の事情が認められず、買主が主張していた、売主の信義則上の価格維持義務違反は否定されています(買主敗訴)。
2 今回の相談事例は建売住宅ですが、マンションの分譲においても、売主が売れ残った部屋を当初の分譲価格から値下げして販売した場合には同様の問題が生じます。このような値下げ販売が問題になった裁判例においては、多くの場合に売主の責任は否定されているとの指摘があります。
3 そのような指摘があるなかで、売主の責任を認めた裁判例としては、大阪高裁平成19年4月13日判決があります。
この判決では、売主が、分譲マンションの売れ残った住戸を、分譲開始から約4年後に、当時の市場価格の下限を10%以上も下回る価格(当初の分譲予定価格から49.6%値下げした価格)で販売したことについて、信義則上の義務に違反する過失があるとし、当初買受けた者に対する不法行為責任(慰謝料の損害賠償責任)を認めました。
もっとも、この判決は、
① 売主が住宅供給公社であり、地方の住宅政策の責任の一端を担う公的な法人であるとし、地方住宅供給公社法の内容を指摘しつつ、売主は、価格設定について、一般の分譲業者と比較して、より重い責任が課せられていること、そして、消費者は、売主の公的性格から、売主の販売するマンション等の譲渡価格の設定が適正になされているものと信頼して、これを購入していること
② 売主・買主間の売買契約には、買主は、マンションの引渡しを受けた後5年間、売主の承諾を受けずに第三者に譲渡できない旨の条件が付されていたため、買主は、売主がマンションの売残住戸を市場価格の下限を下回る価格で廉価販売しようとしている場合にも、その影響によって既購入物件に生じる価格下落等による損失を回避し、又は小さくするため、購入物件を早期に転売することができないことになっていたこと
などの認定をしており、今回の相談事例に比べて特殊性があることに注意する必要があります。