認知症高齢者による不動産売買が公序良俗違反により無効とされたケースについて
相談例
知人が自宅を売却する契約を締結したと聞いたのですが、よく話をうかがってみると、その方は認知症を患っておられ、自宅を売却しなければならない事情もなかったようです。また、知り合いの不動産業者の方に聞いてみたところ、売買価格も相場に比べて相当に安いようです。
こういった場合、売買契約が無効になったりしないのでしょうか。
ここがポイント
国民の高齢化とともに、認知症患者の方の数も増加しています。
厚生労働省が公表している研究結果によりますと、令和2年(2020年)の65歳以上の方の認知症有病率は16.7%(約602万人 ※各年齢の認知症有病率が一定の場合)であると推計されており(「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」)、6人に1人程度の方が認知症患者である計算になります。
このように、認知症は国民にとって身近なものとなっているため、不動産の売買契約においても、認知症を理由とするトラブルが増加していくものと考えられます。
今回は、認知症である高齢者の方を売主とする不動産の売買契約が、公序良俗違反を理由として無効とされたケースをご紹介いたします。
1 暴利行為は公序良俗に違反し無効
他人の、よく考えることができない状態(無思慮)や追い詰められている状態(窮迫)を利用して不当に利益を得る行為、いわゆる「暴利行為」は、公序良俗(民法90条)に違反し無効になります。
◆ご参考:民法90条
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
ただ、経済的な給付を交換する契約は、十分な判断力を持つ当事者によって締結されたものである限り、お互いの給付の間で客観的価値のバランスが欠けていても、原則として有効であるとされています。
そこで、暴利行為として契約が無効になるための要件として、①両者の給付の間に著しい不均衡が存在すること(客観的要件)、②相手方に窮迫、軽率、無経験等の事情があり、行為者がそのことを利用したこと(乗じたこと)(主観的要件)が必要であるとされています。
これらの要件は、当事者の職業(例えば、相手方が商人であること)、行為者の目的(例えば、短期間に莫大な額の利益を得る目的)など、諸般の事情を総合的に考慮して判断されます。
また、当事者がどのような主観を有していたかを判断する際には、契約締結に至る経緯(例えば、勧誘行為があったかなど)も考慮にいれることができるとされています。
2 裁判例
以下では、実際の裁判例を紹介いたします(わかりやすくするために、事案を簡略化し、言葉をいいかえています)。
(1)大阪高等裁判所平成21年8月25日判決
この判決は、売主A(当時85歳)・買主B間の土地売買契約について、以下の点を総合考慮し、本件売買は、売主Aの判断能力の低い状態に乗じてなされた、売主Aにとって客観的な必要性の全くない(むしろ不利かつ有害な)取引であるから、公序良俗に反し無効である、と判断しました。
・売主Aは、両親の死後、周囲とあまり関わりを持たなくなり、家事能力・経験もなく、居宅にはゴミがたまる状況であったこと
・妹を亡くして単身になってからは生活が荒れ、服を何枚も重ね着し体から著しい臭気を発するような状態であったこと
・軽度または中等度の認知症を患っていたこと(保佐開始の審判を受けている)
・認知症と妹が亡くなったことをきっかけとする長期間の不安状態のために、事理弁識能力が著しく低下していたこと
・売主Aに受容的な態度(批判したり評価したりせずにそのまま受け入れてくれる態度)をとる他人から言われるままに、自分に有利であるか不利であるかに関係なく他人の意に沿って行動する傾向があったこと
・出入りしていた仲介業者がこうした状況を知って利用しながら、売主Aを売買契約に誘い込んだこと
・買主Bは、売買契約時の売主Aの様子などから、Aの事理弁識能力に限界があることをわかっていたと思われること
・売主Aの経済状態からは、本件売買をする必要性、合理性が全くなかったこと
・売買価格は適正な土地価格の60%にも満たない金額だったこと
・長年不動産業を営む買主Bはそのことを知り、本件土地を転売して確実に大きな利益を得られると踏んだ上で売買契約を締結したと思われること 等
(2)東京高等裁判所平成30年3月15日判決
この判決は、売主C(当時70歳)、買主D間の、土地建物(第一)売買契約について、以下の点を全体としてみて、売買契約は買主Dが売主Cの状況等に乗じて莫大な利益を得ようとして行った、経済的取引としての合理性を著しく欠く取引であり、公序良俗に反する暴利行為に当たるとして、無効であると判断しました。
・売主Cは認知症を発症し、記憶力、コミュニケーション能力や言語力、集中力や注意力、論理的思考力と判断力、視覚認知力が相当程度低下していたと思われること
・生活の本拠であり収入源でもあった各不動産について、競売等に付されるかもしれないという切迫した状況下にあったこと
・本件不動産の売買契約により、売主Cは生活の本拠や収入源を失ったこと
・売買代金(6,000万円)が、本件不動産の客観的価値(1億3,000万円以上)の半分にも満たなかったこと
・競売になり、本件不動産を失うことになったとしても、配当後、剰余金が生じる可能性があったこと
・売買代金は借入金の返済などに充てられ、売主Cの手元には今後の生活費等は全く残らなかったこと
・買主Dは転売利益等(約6,000万円)を得ていること、売買代金債務を完済していないこと、買主が負担すべき費用等を勝手に売買代金に充当していること
・買主Dは莫大な利益を得ており、売主Cが得た利益あるいは失った利益と比べて著しく均衡を失していること
・売買代金が完済されていないのに所有権移転登記をしていること 等
3 まとめ
相談例の場合も、
・認知症により売主の記憶力等が低下していること
・売買価格が客観的な不動産の価値に比べて非常に低額であることなどにより売主・買主間に著しい不均衡が存在すること
・売主が売買により不利益を被ったり生活に困窮したりすること
・買主が商人であり、売主の状況を利用して莫大な利益を得ていること
などの事情がある場合には、売買契約が暴利行為にあたり公序良俗違反により無効となる可能性があります。
なお、高齢者の方による不動産売買契約の効力が争いになるケースでは、公序良俗違反の他に、売買の意思表示に必要な意思能力を欠くため契約が無効であるか(民法3条の2)、意思表示が錯誤(民法95条)や詐欺(民法96条)によるものであり取り消すことができるか、といった点も問題になることが多いです(今回のテーマから外れるため、説明を省略しております)。