不動産売買のときに気をつけること~売主の説明義務
不動産売買に際し、留意しなければならない事項として、今回は「売主の説明義務」をとりあげます。
ここがポイント
1 「売主の説明義務」とは?
不動産売買において、契約交渉の状況や当事者の立場から「売主が買主に情報を提供すること」が衡平に適すると考えられる場合、契約交渉の過程で、売主に「説明義務がある」と言われることがあります。
この「売主の説明義務」とは、買主に対する「説明義務」です。
ある裁判例は、「売主の説明義務」が認められることについて、次のように述べています。
【不動産売買における売主は、その売買の当時、「購入希望者に重大な不利益を及ぼすおそれがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される事項」を「認識していた場合」には、売主は、「売買契約に付随する信義則上の義務」として、購入希望者に対して当該事項について説明すべき義務がある。】
売主が「説明義務」に違反しているという場合、大きく分けて、2つの類型があります。
(1) ひとつめは、「積極的」な説明義務違反です。誤った情報を積極的に提供することは、許されません。
(2) もうひとつは、「消極的」な説明義務違反です。「誤った情報を積極的に提供した」わけではないが、有責の黙秘、すなわち、きちんとした情報提供をしないことも、「消極的」な説明義務違反です。
具体的にみていきましょう。
たとえば、売買当時、その売却対象の建物に「雨漏り」が発生しており、その「雨漏り」発生を、売却する売主が「認識している場合」を考えます。
この場合、「雨漏り」発生があるのに、雨漏り発生はありません、と「誤った情報」を提供することは、「積極的」な「説明義務違反」となります。
他方、「雨漏り」発生があり、売主も雨漏りを知っていて、信義則上、雨漏りについて買主側に対する説明義務が認められる状況下のなかで、「雨漏り」について売主がきちんとした情報提供をしないこと(有責の黙秘)は、「消極的」な「説明義務違反」となります。
売主の「説明義務」違反が認められた場合、買主は、売主に対し、損害賠償請求をすることができます。
多くの裁判例によって認められていますので、売主は注意しなければなりません。
2 「民法改正」と「説明義務・情報提供義務」
民法のなかの「債権法」とは、契約等に関する最も基本的なルールを定めるものですが、この民法の「債権法」の部分は、明治時代に制定されてから、実質的な見直しがほとんど行われていませんでしたが、2017年5月に、大きな改正がなされました。
この民法改正は2020年4月1日から施行されていることを御存じの方もおられると存じます。
この民法改正に至るまでの過程のなかで、「契約締結過程における説明義務・情報提供義務」が議論されました。「売買」というより広く、売買契約も他の契約も含めて、「契約」一般として、「説明義務・情報提供義務」を定めたらどうか、ということでした。
民法改正の議論のなかで、つぎのような問題提起がなされました。
契約締結過程における説明義務・情報提供義務については、次のような考え方があり得るが、どのように考えるか。
【甲案】
契約交渉の当事者は、相手方に対して、必要な説明又は情報提供をすべき信義則上の義務を負う旨の規定を設け、その説明又は情報提供をするべき事項の範囲、考慮要素、説明義務又は情報提供義務が発生する要件などを定めるものとする。
【乙案】
規定を設けないものとする。
以上の【甲案】と【乙案】の背景は次のようなものでした。
そもそも、契約を締結するかどうかを判断するにあたって、判断の基礎となる情報は、各当事者が自らの責任で収集するのが原則であろう。
しかしながら、その原則は原則としても、当事者間に情報量や情報処理能力等の格差がある場合などには、当事者の一方が他方に対して、契約締結過程における信義則上の説明義務・情報提供義務を負うことがある、この考えも、これまでの多くの裁判例によって認められ、学説上も支持されている。
そこで、改正民法において、契約締結過程における説明義務・情報提供義務の規定を定めたらどうか、ということで、【甲案】がでてきました。
この【甲案】の賛成者も少なくなかったのですが、結局は、この論点には根本的な点から意見の対立があり、新しく明文化するコンセンサス形成が困難である、と判断され、今回の民法改正において、「契約一般に、説明義務・情報提供義務を認めるように新たに明文化する、ということはしない」となったのです。
したがって、【乙案】、すなわち、民法で新しく明文化することはしないという結果となったのです。
民法改正において明文化はなりませんでしたが、しかし、民法改正の議論において、「信義則上の説明義務・情報提供義務を負うことがある」という、これまでの多くの裁判例によって認められている実務自体は今後の実務でも同じ考えで動くことが想定されており、決して、これまでの「信義則上の説明義務・情報提供義務を負うことがある」の裁判例の考えが覆されたわけではありません。
結局、明文化されなかったのは、契約交渉における当事者の関係は多様であって、「一律の規定を設けるのは困難ではないか、説明義務等が有るか無いか、何を説明すべきか」という説明内容は、個別の事案に応じて様々であり、一般的な規定を設けるのは困難ではないか、「説明義務・情報提供義務」を明文化すると、規定の仕方によっては、説明義務が過剰に強調されてしまい、不要な説明義務が課されることで、各種調整作業が生じてしまったり、企業の迅速・活発な経済活動・事業活動を阻害してしまうおそれがあるのではないか、などの考えがあったようです。
3 【売主の説明義務が認められる場合~これまでの裁判例など】
結局、このたびの民法大改正によっても、「契約締結過程における説明義務・情報提供義務」の条文が明文化されることはありませんでしたが、これまで同様、実務は、信義則を根拠に「売主の説明義務」が認められる場合があること、その説明義務に売主が違反した場合、買主は売主に対し損害賠償請求をすることができること、を前提に動いていきます。
これまでの裁判例や民法改正の議論をもとにしますと、次のような場合には「売主の説明義務」が認められるといってよいと考えられます。
(1) 欠陥の内容からして買主に損害を与えることが明白であるにもかかわらず、売主がそれを知悉しながらあえて告げなかった場合
(2) 売主が買主から直接説明することを求められ、かつ、その事項が買主に重大な不利益をもたらすおそれがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される場合
(3) 売買対象の不動産に発生している問題の重要性を容易に認識できる場合
(4) 買主の「購入するか否か」あるいは「購入代金をいくらとするか」などの意思決定に影響を及ぼすような情報
(5) 買主の購入目的にとって重要な事項、買主の売買契約締結の動機形成上重要な要素となる事項
(6) 当該契約の締結にあたって当然知っておくべき不可欠な前提事情
以上のほかにも、多数の裁判例がありますし、他の考え方もあります。
また、信義則をもとに個別具体的に判断されるため、上記に該当しても、裁判所の総合的判断のもと、個別の事案によっては、売主の説明義務が認められない場合もありますので、その点はご注意ください。