地盤沈下と売主らの説明義務について
相談事例
私は、仲介業者(売主との間で仲介契約を締結した業者)の仲介のもとで、売主から土地と建物(中古住宅)を購入したところ、購入後、地盤が軟弱であり、地盤沈下によって建物に傾きやひび割れ等の多数の不具合が生じていることが判明しました。
売買契約の締結前、私は建物を内覧していますが、建築についての専門的知識がないことや、内覧の時間が短時間であったこともあって、土地と建物に上記不具合があることに気が付きませんでした。また、売主と仲介業者からは不具合についての説明を受けていません。
売主と仲介業者は、土地と建物の不具合について調査をして契約前に説明をすべきだったのではないでしょうか。私としては、売主と仲介業者に対して説明義務違反を理由として損害賠償請求をしたいと思っています。
解説
1 はじめに
一般的に、土地と建物を購入する者にとって、その土地が軟弱地盤であるかどうか、地盤補強工事が必要になるかどうかなどの地盤の状態等については、売買契約を締結するかどうかの意思決定において重要な要素になります。
そのため、買主の購入後に想定外の地盤沈下等が発生・発覚した場合、地盤の状態等について事前に説明を受けていなかったとして、売主や仲介業者の説明義務違反が問題にされることがあります。
今回の相談事例は、東京地裁平成25年3月22日判決をモデルにしたものですが、裁判所は売主と仲介業者の説明義務違反を認めています。以下では、この判決の内容についてご紹介します。
注: 以下で判決文を引用するに際しては、省略を行ったり、「原告」を「買主」に変更するなどしています。
2 東京地裁平成25年3月22日判決の内容
(1) 建物と土地の瑕疵について
裁判所は、以下のとおり、建物と土地の瑕疵の内容として、建物に傾きやひび割れ等の多数の不具合が発生していること、その原因は、土地の地盤が軟弱であるため不同沈下が発生したことによるものであること等を認め、建物と土地には瑕疵があることを認めました。
注1: 「瑕疵」(かし)とは、改正前民法の「瑕疵担保責任」に関する概念であり、売買の目的物が通常有すべき性能や品質を備えていないことや契約で予定された性能や品質を備えていないことをいいます。
注2: 「不同沈下」(不等沈下)とは、建物が一様に沈下するのではなく、建物のある部分が他の部分よりも大きく沈下する現象であり、建物に傾斜が発生するために、建物に大きな損傷が発生し得るとされています。
【判決の内容】
・ 本件建物には、壁面が多数か所にわたってひび割れしている、1階和室の床が同室の左右両端を基準に約20ミリメートルの高低差で傾いている、同室の出窓障子の建て付けが歪み、また、下端部分が補修された形跡がある、玄関下足入れの扉が傾いた状態で開閉している、2階和室の床が同室の左右両端を基準に44ミリメートルの高低差で傾いている、同室の開きふすまを完全に閉じることができない、2階洋室の扉が完全に閉まらず隙間を生じている、同室内に不陸があるといった多数の不具合が存在していた。
・ 測量の結果、本件建物について、北西にある1階の和室床部分が局所的に沈下し、これに他の床面が引き込まれている様相を呈していること、同室の床面の変形角は14/1000ラジアンないし13/1000ラジアンであることが判明した。
・ 地盤調査及び地質調査の結果、本件土地の北西部の地盤は、他の部分と比較して極端に軟弱な結果となっており、支持力はほとんどないことが判明した。
・ 民事調停委員作成の意見書には、本件建物の床面の変形状況と地盤調査の結果によれば、本件土地の北西部は、擁壁の埋め戻し時において、締め固めが十分に行われていなかった可能性が高く、このことが本件建物の不同沈下の直接的な原因であると推察される旨の意見が記載されており、その信用性を疑うべき事情は見当たらないから、これを採用することができる。
・ また、証拠によれば、床の傾斜角と健康障害の関係について、1/100ラジアン程度の傾斜がある場合には、めまいや頭痛が生じて水平復元工事を行わざるを得ないとの知見が示されていることが認められる。
・ 以上によれば、本件土地には、本件建物が建築された当初から、その北西部の締め固めが不十分であったため、他の部分と比較して極端に軟弱であり、支持力をほとんど有していないという不具合があったこと、このような軟弱な地盤が原因で、本件建物について、北西にある1階の和室床部分が局所的に沈下し、これに他の床面が引き込まれるという現象が生じたこと、この不同沈下は、めまいや頭痛が生じて水平復元工事を行わざるを得ないほどのものであること、このような不同沈下が原因で、本件建物について上記のような多数の不具合が生じたこと、これらの現象は、本件売買契約が締結された時点で既に発生していたことが認められる。したがって、本件売買契約締結当時、本件建物及び本件土地には上記のような瑕疵が存在したものと認められる。
(2) 売主の説明義務違反について
裁判所は、以下のとおり、売主の買主に対する説明義務の内容として、「売主は、自己の所有する本件建物及び本件土地を買主に売却するに当たり、その能力の許す範囲内で瑕疵につながる可能性のある不具合の存否について確認し、不具合が認められた場合にはその内容を買主に説明すべき信義則上の義務を負っていた」とし、この説明義務に違反して、本件建物及び本件土地に瑕疵があることを認識させないまま本件売買契約を締結させた過失があることを認めました。
【判決の内容】
・ 売主は、自己の所有する本件建物及び本件土地を買主に売却するに当たり、その能力の許す範囲内で瑕疵につながる可能性のある不具合の存否について確認し、不具合が認められた場合にはその内容を買主に説明すべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。
・ 本件建物には、壁面のひび割れ、床の傾き、出窓障子の建て付けの歪み、扉の傾き、床の不陸等の明瞭な瑕疵が存在したものであるから、建築について専門的な知見を有していない売主であっても、目視等によって本件建物の内部を確認するだけで、瑕疵につながる可能性のある不具合が存在することを十分認識することができたはずである。
・ しかし、売主は、本件建物及び本件土地を買主に売却するに当たり、瑕疵の有無を確認したとは供述しておらず、このような確認をしなかったため、上記のような不具合の存在に気付かず、これを買主に説明することもなかったものと認められる。
・ 以上のとおり、売主には、買主に対する信義則上の説明義務に違反し、本件建物及び本件土地に瑕疵があることを認識させないまま本件売買契約を締結させた過失が認められ、この過失行為は買主に対する不法行為を構成する。
(3) 仲介業者の説明義務違反について
裁判所は、以下のとおり、仲介業者の買主に対する説明義務の内容として、「本件建物及び本件土地について、少なくとも、瑕疵につながる可能性のある不具合の存否を目視等で確認し、不具合が認められた場合にはその内容を売主を介して買主に説明すべき信義則上の義務を負っていた」とし、この説明義務に違反したことにより、本件建物及び本件土地に瑕疵があることを認識させないまま本件売買契約を締結させたという過失があることを認めました。
【判決の内容】
・ 仲介業者は、本件建物及び本件土地の売買を媒介するに当たり、媒介委託の目的に適合するように、本件建物及び本件土地について必要な情報の収集、調査を行い、委託者である売主にそれを提供する義務を負っていたものというべきである。
そして、売主が買主に対して上記のような信義則上の説明義務を負っていたことに照らせば、仲介業者は、売主に対する情報提供義務を負うに止まらず、買主に対しても、売主を介して情報提供を行うべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。
したがって、仲介業者は、本件建物及び本件土地について、少なくとも、瑕疵につながる可能性のある不具合の存否を目視等で確認し、不具合が認められた場合にはその内容を売主を介して買主に説明すべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。
・ 本件建物に種々の明瞭な瑕疵が存在していたことは上記のとおりであり、仲介業者の代表取締役は、工事の施工の経験もあるのであるから、目視等によって本件建物の内部を確認するだけで、瑕疵につながる可能性のある不具合が存在することを容易に認識することができたはずである。
しかし、仲介業者の代表取締役は、本件売買契約の締結を仲介するに当たり、本件建物の内部を確認するなどしておらず、内覧の際にもあまり内部の状況は確認しなかったという趣旨の供述をしており、このような確認をしなかったため、上記のような不具合の存在に気付かず、これを売主を介して買主に説明することもなかったものと認められる。
・ 以上のとおり、仲介業者には、買主に対する信義則上の説明義務に違反し、本件建物及び本件土地に瑕疵があることを認識させないまま本件売買契約を締結させた過失が認められ、この過失行為は買主に対する不法行為を構成する。
3 最後に
このように東京地裁平成25年3月22日判決は、売主と仲介業者には説明義務違反があるとしてその損害賠償責任を認めましたが、あくまでこの判決固有の事実関係に基づいた判断です。地盤沈下の事案で売主や仲介業者に説明義務違反が認められるかは、ケースバイケースであることにご注意ください。