賃貸物件を買うときに気をつけること~賃料の増額請求・減額請求
賃貸物件を売買で取得するにあたって気をつけることとして、今回は「賃料の増額請求・減額請求」をとりあげます。
「賃料の増額請求・減額請求」と表現しましたが、「賃貸物件を売買で取得するにあたって気をつける」場合の設例であれば、売買で取得する「貸主側」にとって気をつけることはなにか、という問題になります。
賃貸物件を取得する際には、現在の賃借人がどのような内容の賃貸借契約を締結して物件を占有しているのか、賃貸物件の「売主」であり、かつ、「賃貸人」である者から、説明をもらうとともに、実際に契約締結済みの賃貸借契約書の開示を求めるのが通常です。
その場合、賃貸借契約書は無くしてしまって手元に残っていないという場合もありますが、他方、賃貸借契約書はあるが、昔のものであって、その賃貸借契約書に記載されている賃料額は、現在の賃料額より、かなり隔たりがある、という場合もあります。賃貸借契約書自体は昔のものしか残っていないが、その後、賃料額の変更合意を行ってきたときに、覚書や合意書などを交わしている場合もあります。
いずれにしても、「賃貸物件を買う」ときに賃料額がいくらかは、貸主側が極めて高い関心をもつところであることは当然です。賃貸物件のこれまでの賃料が高く設定されていると、新たにこの賃貸物件を買う側(貸主側)は、その高い賃料額が買った後も継続的に支払われることを期待するかもしれません。しかしながら、借主側から「賃料減額請求」を求められる可能性は十分あります。「借主側の賃料減額請求」が認められてしまうのはどのような場合なのか、注意が必要となります。逆に、賃貸物件のこれまでの賃料が低く設定されていると、新たに賃貸物件を買う側(貸主側)は、自分が買ったあと、賃料増額請求を求めようと思うかもしれません。この場合、「貸主側の賃料増額請求」が認められるのはどのような場合なのか、認められない場合はどのような場合なのか、どこに注意したらよいか、以上が今回の「賃料の増額請求・減額請求」のテーマです。賃貸物件を売買で取得する場合、その後、そのような問題の局面に直面する可能性があるのです。
ここがポイント
1 賃料は当事者の合意によって定められ、賃貸人と賃借人は、契約期間中、合意によって定めた賃料に拘束されます。しかしながら、賃貸借は継続的な契約ですし、長期間にわたることも多く、時間の経過とともに、物価や税金など社会経済事情は変動しますので、一度合意された賃料であっても、社会経済事情の変動によって不相当となることも想定しなければなりません。
そこで、借地借家法は、社会経済事情の変動に関し、賃料が不相当になったときには、賃貸者の一方当事者に、賃料の増減を請求できる権利を認めています。これを賃料増減額請求権といいます。
2 賃料増減額請求権は、借地借家法32条に定めがあります。次のように定められています。
32条1項
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件に関わらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
以上の借地借家法32条1項によれば、
①土地建物に対する租税その他の負担の増減
②土地建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動
③近傍同種の建物の借賃と比較
があげられていますが、
④その他の事情
もあわせた諸般の事情も総合的に考慮して、「賃料の不相当性」を判断するのが実務です。
④その他の事情としては、例えば、
(ⅰ)当事者が事業者か否かの当事者の属性
(ⅱ)その事業の規模
(ⅲ)その建物が居住用か営業用であるか等の賃借建物の用途ないし性格
(ⅳ)賃貸借契約締結の際における交渉の経緯並びに当事者の意思
(ⅴ)契約締結後の状況
等の諸般の事情を総合考慮して判断されます。
3 「直近合意時点」というキーワード
「賃料の不相当性」を専門家(不動産鑑定士や裁判官も)が判断される場合、「直近合意時点」をいつと考えるか、これが重要な前提となります。賃料増減額請求は、最後に賃料の額が決められた時点(直近合意時点)を起点として、その後、賃料決定の基礎となる事情に変更があったときに認められるものだからです。なお、「直近合意時点」とは、必ずしも「最後に増額や減額の変更合意があったとき」に限られません。従前の賃料を据え置く旨の合意をした場合も「直近合意時点」となります。
前述のどこに注意したらよいか、ということに関して申しますと、「直近合意時点」がいつのことであったか、をふまえ、その時点から、土地建物の価格がどのくらい上がっているか(あるいは下がっているか)、土地建物に対する租税その他の負担はどのくらい上がっているか(あるいは下がっているか)、近傍同種の建物の借賃が上がっているか(あるいは下がっているか)などを考慮にいれておくと判断材料となります。
4 調停前置主義
賃料増額(減額)請求がなされ、その後、相手方との話合いがまとまらないときには、訴えを提起することになりそうですが、実は、賃料の増額(減額)の訴えを提起しようとする者は、訴え提起前に調停の申立てをしなければなりません(民事調停法24条の2第1項。調停前置主義)。
調停の申立てをせずに訴えが提起されても、原則としてその事件は調停に付されます(同条第2項本文)。
調停前置の理由は、将来にわたる賃貸借関係の円満な継続を考えれば、可能な限り合意成立に向けて尽力することが望ましいと考えられているのです。