購入した建物の近隣との関係について
隣地から枝や根が侵入してきた場合の権利関係の調整については、民法に規定がございます。しかし、ご近所とは今後もお付き合いを続けていかなければならない関係にありますので、できれば、法律の規定を持ち出さずに話し合いなどで穏便に済ませたいと考える方が多いのではないでしょうか。
もちろん、そのようなお考えは十分理解できますし、できる限り話し合いにより円満な解決をした方がよいと考えますが、話し合いをするにあたっても、法律の規定がどのようになっているか分かっていれば、それが相手方を説得する材料になるでしょう。
また、万一、話し合いがこじれたり、裁判などになったりした場合には、法律の規定を理解していなければなりません。
そこで、今回は、隣地からの枝や根の侵入などの、隣地との権利関係について話をさせていただき、そこから不動産を購入する際に注意すべき点を確認したいと思います。
1.事例
私が住んでいる建物は、建物の敷地と一緒に中古で購入したもので、庭もきれいなのでとても気に入っていました。ところが、建物を購入してからしばらくして、隣の家の庭に植えてある桜の木の枝がこちら側の土地の中まで伸びてきていることに気づきました。また、桜の葉が生い茂ったため、リビングへの日差しが遮られています。かなり大きな桜の木ですので、もしかすると、木の根もこちら側の土地まで入ってきているかもしれません。
私は、隣の家の方に何か言うことができるのでしょうか。
2.枝の侵入について
隣地の木の枝が境界線を越えて、自分の土地に侵入してきている場合には、侵入を受けた土地の所有者は、隣地の木の所有者に対して、侵入してきた枝を切除するように請求することができます(民法233条1項)。
相手方が請求に応じない場合には、裁判所に対して枝の切除を求める訴えを起こし、勝訴判決を得たうえで強制執行することになります。隣地から木の枝が侵入してきているからといって、勝手に枝を切除してもよいというわけではありません。
また、隣地の木の枝が侵入してきているとしても、常に枝の切除を求める請求が認められるわけではありません。
今回紹介する民法の規定は、いずれも隣接する不動産の利用をそれぞれに全うするために、各不動産の権利関係を調整しているというものです。そのため、枝の侵入を受けている者に損害がない場合や枝を切ることによって回復できる利益に比べて、枝を切ることによって、枝の所有者に生じる損害が不当に大きい場合などは、枝の切除請求が認められません。
例えば、枝を切除することにより枝の所有者に生じる実害の有無を検討したうえで、枝の侵入を受けた者の請求のうち、一定の範囲に限定して枝の切除を認めた裁判例があります(新潟地方裁判所昭和39年12月22日判決)。
また、枝の切除を請求した事案ではありませんが、「隣地のヒマラヤ杉が公道上まで張り出し、旅館の看板が見えにくくなったり、採光に問題が生じたりしている」という、枝の侵入を受けている者の具体的な損害を認定したうえで、枝の切除を請求できると言及した裁判例もあります(大阪高裁平成元年9月14日判決)。
今回のケースですと、隣の桜の木の枝が相談者の土地に侵入していることは間違いないようです。また、リビングへの日差しが遮られているという実害も発生しています。
そのため、枝の切除をすることにより、相手方が受ける損害にどのようなものがあるか次第ではありますが、枝の切除請求が認められる可能性は十分にあるのではないでしょうか。
3.根の侵入について
隣地の木の根が境界線を越えて、自分の土地に侵入してきている場合には、侵入を受けた土地の所有者は、隣地の木の所有者の承諾なく、根を切り取ることができます(民法233条2項)。
裁判手続を経ずに切除できるという点で、木の枝の場合と異なりますが、このような違いが生じる理由については、
ア.枝の場合には、相手方に植え替えの機会を与えるべきである
イ.根の場合には、侵入を受けた土地の一部になったと考えられる
ウ.枝と異なり、根の場合には、木の所有者が隣地に入らなければ切除できない
などの説明がされています。
どのように説明するにせよ、根の侵入を受けた土地の所有者は、根を切除することができるのですが、この場合にも1点注意が必要です。
例えば、侵入してきた根を切り取る必要性がないうえに、根を切り取ったことにより、木が枯れてしまったときなど、根を切り取ることが権利を濫用したといえる場合には、木の所有者からの損害賠償請求が認められる可能性があります。
今回のケースですと、隣の桜の木の根が相談者の土地に侵入していた場合には、相談者は、根を切除することができますが、先ほど述べたとおり、具体的事情によっては木の所有者から損害賠償請求を受ける可能性もあります。
そのため、勝手に木の根を切ってしまう前に、木の所有者の方と話し合いをした方がよいといえるケースが多いのではないでしょうか。
4.まとめ
以上のとおり、隣地から木の枝や木の根が侵入してきている場合には、木の枝については、裁判所を通じた切除の請求が認められ、木の根については、自ら切除することが認められます(木の根を切除する場合に、損害賠償請求を受けるリスクがあることは先ほど述べたとおりです。)。
もっとも、このような強制的な手段を取りうるとしても、冒頭で述べたとおり、今後もお付き合いが続いていく隣地の方に対して、訴訟を起こすのは気が引けるのではないでしょうか。
そのため、まずは、隣地の方と十分に話し合いを行い、枝や根をどのように取り扱うかを決めることを目指すことになると思われます。
このような近隣との紛争を未然に防ぎ、また、万一紛争になってしまったとしても、それを円満に解決するために、月並みなアドバイスではありますが、不動産を購入する場合には、購入前に必ず現地を確認し、何か気になる点がないか自分なりに確認、検討すべきです。
今回のケースでは、例えば、購入前から木の枝の侵入に気づいていれば、例えば、侵入してきた木の枝に関する隣地とのこれまでの交渉状況や経緯などを売主の方に確認することができたかもしれません。
また、隣地の交渉態度が不誠実なようであれば、前もって、その土地を買うのをやめておくという判断も含めた総合的な検討をすることができました。
不動産の決済が全て終了した後では、売主の方は、もう関係ないということで、前向きに協力してくれないかもしれませんが、契約や決裁の前であれば、売主の方も、隣地との交渉に前向きに取り組んでくれたり、これまでの経緯に関する情報提供をしてくれたりするなど、買主に協力してくれるかもしれません。