不動産売買のときに気をつけること~なりすまし・本人確認
不動産売買に際し、留意しなければならない事項として、今回は「なりすまし」「本人確認」の問題をとりあげます。
ここがポイント
1.事例
Aの所有する不動産について、Xが買主として、不動産売買を締結し、Xは、代金を支払うとともに、登記手続等の決済も完了しました。
ところが、Aは、自らの所有する不動産を売ったことはなく、Xが相手にしていたのは、偽のA、すなわち、Aの「なりすまし」でした。
その後、真のAは、Xに対し、不動産の所有権移転登記の抹消手続請求の訴訟を提起したため、Xは抹消登記手続に応じざるを得ないという事態になってしまい、結局、Xは、その不動産の所有権を取得することができませんでした。
不動産の所有権を取得することができなかったX(買主)は、代金などをAの「なりすまし」側に支払ってしまっており、損害が発生しています。Xは、損害賠償請求の裁判を起こしました。
2.ひとつの裁判例
以上の「事例」は、実際にあったもので、裁判にもなった事例です。
不動産の売買代金が約2億5000万円でその他の費用が数千万円という事例でしたが、地方裁判所において、約1億6000円の賠償金をXに支払うよう命じる判決がでました。
3.過失相殺(かしつそうさい)
この裁判において、不動産の売買代金だけでも約2億5000万円であるのに、Xが判決で認められた賠償金額が、それよりも低い約1億6000万円にすぎないとなった理由のひとつは「過失相殺」です。
買主Xにも過失があったとされ、その過失として4割がXの過失と裁判所は判断したのです。
裁判所は、次のように判決で述べています。
「契約当事者は、自らの責任において、契約の相手方と名乗る者が真実の相手方であるかどうかの本人確認をすべきであり、契約の相手方と名乗る者から契約の立会人となること及び本人確認情報の作成を依頼された者がおり、それが弁護士であったとしても、原告(X・買主)自らが被告(弁護士)に本人確認を依頼したものではないから、原告本人(X・買主)においても本人確認をすべきであることについて何ら変わることはない。(中略)そして、前記認定事実によれば~との内容の本件売買契約を締結することについて、売主と面接することや本件不動産の現地を確認することなく電話で○○に承諾をしているのであるから、自ら又は〇〇をして売主の本人確認をした事実はおよそ見出せず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠はない。」
以上のとおり、この判決において、裁判所は「契約当事者は、自らの責任において、契約の相手方と名乗る者が真実の相手方であるかどうかの本人確認をすべき」と述べました。
「契約当事者は、自らの責任で、契約の相手方と名乗る者が真実の相手方であるかどうかの本人確認をすべき」ということ、それをしないと「過失」があるとされ、損害賠償が認められた場合でも金額が減額されてしまう(過失相殺)ことに、注意が必要です。
4.本人確認
上記の裁判の事例において、売主側から依頼を受けた資格者代理人(弁護士)は、住民基本台帳カードの提示を求めて本人確認を行った事案でしたが、その住民基本台帳カードが、偽A(Aのなりすまし)により偽造されたものだったのです。
偽造されたものは、そればかりではありません。
この事案において、被告(弁護士)がAの本人確認情報を作成するため提示を受けた住民基本台帳カード、確認書、遺産分割協議書、所有権移転登記の際に提出されたA名義の印鑑登録証明書も、全て偽造だったのです。
上記判決は次のようにも述べました。
「~かえって、本人確認に当たり、疑義を抱かせる体裁のものであり、本件売買契約の履行態様も不自然なものであったのだから、提示を受けた本件住基カードが一見して真正なものと判断されるようなものであったとしても、成りすましによって発行を受けたり、偽造によるものであるという可能性を疑うべきであり、自らAの自宅に赴くか、Aの自宅に確認文書を送付して回答を求めるなどして、本人確認を行う義務があったというべきである」
住基カードが「一見して真正なものと判断されるようなものであったとしても」責任がある、とされていることに注意が必要です。
5.結果回避義務違反
さらに上記判決は、次のように「結果回避義務違反」という指摘もしています。
「また、本件売買契約締結までに、上記のような他の手段による本人確認(注・自らAの自宅に赴くか、Aの自宅に確認文書を送付して回答を求めるなどの本人確認)をする時間的余裕がなかったのであれば、被告において、本人確認情報の作成や本件売買契約書調印の機会に、更に本人確認のための調査をする必要があることを指摘し、本人確認が完了するまでは本人確認情報の提供に応じられないことを申し入れ、B(Aのなりすまし)が同申し入れを拒否するのであれば、本人確認情報の提供を拒絶すべき義務があったというべきである。そうであるのに、被告は、上記のような措置を講ずることなく~本人確認情報を作成及び提供するとともに、登記申請代理人として登記申請書の作成に関与したのであるから、結果回避義務に違反したというべきである。」
6.他の裁判例
その他にも司法書士が本人確認義務を怠ったとして過失責任を認めた裁判例もあります。
その裁判例における司法書士は、運転免許証を確認したり、住民票や印鑑証明書なども確認したのですが、いずれも、本人「なりすまし」の偽造されたものでした。
その偽造された「運転免許証」は、誕生日が「○○年5月23日」、免許証の有効期間は「△△年5月23日」となっていたところ、誕生日が「○○年5月23日」であれば、免許証有効期間は「6月23日」と記載されていなければならないのに、「△△年5月23日」が有効期間と記載されていたのであれば、一見して不審な運転免許証と気付くべきであった、と裁判所は述べました。
すなわち、裁判所は、運転免許証の有効期間が誕生日から起算して1ヵ月を経過する日であることは道路交通法に明記されているのであって、運転免許証により本人確認を行う司法書士としては当然に知っておかなければならない知識というほかない、と述べたのです。
7.犯罪収益移転防止法
「なりすまし」により他人から財産を奪うことは当然犯罪ですが、「なりすまし」に限らず、広く「犯罪」による収益の移転を防止しようと、公的に規制する法律ができています。
それは「犯罪収益移転防止法」と呼ばれますが、正確には「犯罪による収益の移転防止に関する法律」という法律です。
平成20年3月に全面施行されていますが、その後、さらに改正法が成立し、施行されています。
マネー・ローンダリング対策ということで国際的要請となっているため、いろいろな生活の局面で、昔より、本人確認が厳しくなったと感じておられる方も多いと思われます。
不動産取引は財産的価値が高く、多額の現金との交換を行うことができるほか、通常の価格に金額を上乗せして対価を支払うなどの方法により容易に犯罪収益を移転することができることから、犯罪による収益の移転の有効な手段となり得る、と考えられています。
したがいまして、宅建業者は、宅地建物の売買とか、売買の代理・媒介において、個人である顧客の場合、①本人特定事項(氏名、住所、生年月日)、②取引を行う目的、③職業を、取引時確認を行わなければなりません。
犯罪収益移転防止法は、その他にもさまざまな規制をもうけ、マネー・ローンダリング対策を行っているのです。
しかしながら、「犯罪収益移転防止法があるから前述のような裁判例のような事件がなくなる」というわけでは全くありませんので、注意が必要です。
今後の不動産取引においても、「なりすまし」「本人確認」には十分注意を払う必要があります。