新築マンションの下り天井の圧迫感と売主の説明義務
【相談事例】
私は、不動産販売会社から、建設中であり未完成の状態であった本件マンションの一室(2LDK)を、居住目的で購入しました。
本件マンションの完成後に入居したところ、4.5畳のベッドルームの天井が下り天井になっており、想定外の圧迫感を感じました。この圧迫感の原因は、下り天井がベッドルームの床面積の約3分の2もの部分を占めているうえ、その高さは約2150ミリメートルであり、最高天井高部分との高低差が約400ミリメートルもあることによるものです。
確かに、私は、売買契約に先立ち、販売会社から本件マンションの図面集を受け取っています。しかし図面集だけでは下り天井による圧迫感をイメージすることが難しいことからすれば、販売会社は、単に図面集を渡すだけではなく、下り天井について積極的に具体的な説明をすべきだったのではないでしょうか。
私は、下り天井の圧迫感について精神的苦痛を受けており、販売会社に対して、説明不足を理由として損害賠償を請求したいと考えています。
【解 説】
1. 下り天井とは
下り天井とは、部屋のなかの他の天井と比べて低くなっている天井部分をいい、梁、排気ダクト、給排水管を隠すなどの目的で設けられることがあります。下り天井は他の天井と比べて低いため、圧迫感があったり、家具などの設置に支障が生じたりすることがあります。
2. 今回の相談事例について
今回の相談事例は、このような下り天井に関する販売会社の説明不足(説明義務違反)を問題にするものであり、東京地方裁判所平成29年1月16日判決をモデルにしています。
この判決の事案では、買主は、販売会社に対し、説明義務を怠ったことを理由として慰謝料690万円を請求しましたが、その請求は認められませんでした。今回はこの判決の内容についてご紹介いたします。
※ ご紹介にあたっては、必要に応じて判決文の省略等をしています。また、マンションのうちの買主が購入した号室を、「本件建物」としています。
3. 東京地方裁判所平成29年1月16日判決の内容
(1)判決では、以下のとおり、一般に、プロである不動産販売会社が、居住を目的とする買主に不動産を分譲、販売する場合には、買主の意思決定に際して重要な意義を持つ事実について正確に説明を行う義務があるとしています。
・ 一般に、不動産売買等を業とする会社が、居住を目的とする買主に不動産を分譲、販売する場合、売主は不動産売買に関する専門知識を有しているのに対し、買主は事業者から提供される情報を信頼して購入するか否かを判断せざるを得ない立場に置かれていることが多いことに加えて、不動産売買は代金額も高額であることに照らすと、当該業者には、買主の意思決定に際して重要な意義を持つ事実について正確に説明を行うべき信義則上の義務があるというべきであり、これを怠った場合には、当該業者の行為が不法行為を構成する場合があるというべきである。
(2) そのうえで、販売会社がこのような説明義務を尽くしたかどうかの判断にあたって、以下のとおり、買主がモデルルームを訪れた際に交付した図面集の記載内容等を検討しています。
・ 図面集においては、天井の一部が下り天井になっている場合がある旨、冒頭の1頁目で注意喚起するとともに、本件建物を含む各タイプの建物の平面図を各頁に掲載しており、本件建物と同じタイプの建物については、1頁の紙面を割いて平面図を記載し、その平面図外右下の見やすい位置に天井高表を載せて、そこに各室の最高天井高を一覧化し、「下り天井・・部分は除く。」と付記している。
・ そして、天井高表から除外された下り天井部分については、本件ベッドルームを含めて、その範囲及び天井高を平面図上に「CH=・・・」という数値と点線(----)の区画をもって正確に図示している。
・ 加えて、販売会社は、本件建物購入の事前登録の申込に先立ち、買主に対し、図面集冒頭1頁の前記注意書き部分を「必ずご一読いただき、ご理解いただきますようお願い申し上げます。」と記載した重要事項説明の事前説明文書を交付しており、買主もこの事前説明文書の記載事項を確認した旨署名、提出している。
(3) もっとも、このように下り天井部分について平面図上にその範囲や天井高が正確に図示されているとはいっても、平面図を見るだけでは、下り天井部分の高さなどを視覚的にイメージすることは難しいようにも感じます。また、圧迫感は感覚的なものであり、圧迫感を感じるかどうかは個人差があるようにも感じます。
この点について、判決では、以下のように指摘しています。
・ 上記平面図及び天井高表によれば、本件建物のマスターベッドルーム、リビングダイニングルーム、本件ベッドルームに下り天井部分があることが認められるところ、平面図による表記のみでは、下り天井の天井高及びその範囲が正確に図示されているとはいっても、下り天井部分の高さやその部分と最高天井高との段差などを視覚的にイメージすることは必ずしも容易ではないと考えられる。
・ そして、本件ベッドルームの下り天井部分の高さは約2150ミリメートルであり、最高天井高部分との高低差が約400ミリメートルもあることからすると、下り天井部分があることによって、買主のいうように圧迫感を感じる居住者がいる可能性は否定できないと思われる。
・ しかしながら、買主の主張によっても、こうした下り天井があることによって、本件ベッドルームを含めて、居宅建物としての通常の使用に支障が生じるものとは認められない。(買主は、本件ベッドルームにエアコンを設置することができないなどと主張するものの、東側壁にエアコン用の換気口やコンセントが設けられており、その主張には根拠がない。)
・ また、上記のような圧迫感は、その感じ方に個人差があると考えられることに加えて、マスターベッドルーム及びリビングダイニングルームの下り天井部分の高さも、窓際の約2150ミリメートルの部分を除けば、約2250ミリメートルないし約2450ミリメートルであって、相応に圧迫感を感じさせる可能性があることや、天井高表によれば、下り天井でない部分でも天井高が約2000ミリメートルないし約2250ミリメートルの部分があることが認められることからすると、圧迫感の程度も、本件建物全体で見れば相対的なものにすぎないといえる。
(4) 判決では、以上のような事情を踏まえて、結論として、販売会社は買主の意思決定に必要な正確な説明を行ったと評価し、買主の請求には理由がないと判断しています。
・ 以上の事情に照らせば、本件建物に下り天井部分が存在し、これにより居住者が圧迫感を感じるようなことがあり得るからといって、それが直ちに居住者に精神的苦痛を生じさせるような性質、程度のものであるということはできず、そうであれば、顧客から天井高に関する特段の要望や問い合わせ等があれば格別、そのような事情がないのであれば、下り天井部分の範囲や高さを正確に図示した図面集を交付し、同図面集において下り天井の存在について注意喚起するとともに、事前登録時にも改めて図面集の表記に注意を促すという手立てを講じている本件においては、販売会社が、買主の意思決定に必要な正確な説明を行ったと評価すべきである。
・ したがって、例えば、上記図面の該当箇所を指し示しながら下り天井部分がどこであるかとか、その部分が面積にして建物全体あるいは居室全体のうちどの程度の割合を占めるなどといったことを口頭で説明したり、視覚的なイメージを持ちやすいように天井の状況についてイメージ画像等を用いて説明したりといったことまでもが、買主から天井高に関する特段の要望等があったとは認められない本件において、当然のこととして販売会社に求められていたということはできない。
4. 最後に
判決では買主の請求は認められませんでしたが、この判決は、販売会社が、売買契約に先立って、買主に対し、下り天井部分の範囲や高さを正確に図示した図面集を交付して注意喚起するとともに、事前登録時にも改めて図面集の表記に注意を促していることや、買主から天井高に関する特段の要望や問い合わせ等がなかったことなどの個別的な事情に基づいた判断であることに注意する必要があります。
本件のような未完成物件の売買では、完成後の実物と買主がイメージしていたものとが食い違うなどして紛争になることがあります。そのような紛争が生じないよう、買主としては、販売会社から図面等の資料を受領した場合には、その資料を精査し、不明な点などがあれば販売会社等に確認を行うことが必要といえます。