不動産信託受益権取引に対する法的規制
2022年7月号で「不動産信託受益権及びその売買について」と題して、不動産を目的とする信託の内容、性質、機能及び信託受益権の売買の基本事項について説明をしました。今回は、不動産信託受益権の売買等の取引に対する金融商品取引法や宅地建物取引業法による法的規制について説明します。
1 金融商品取引法による規制
(1) 金融商品取引法と不動産信託受益権
金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)は、有価証券等の取引に関連して、投資者の保護を目的として、情報開示に関する規制、金融商品取引業を行う者に関する規制等を定める法律です。金商法は、従前の証券取引法(以下「証取法」といいます。)が平成18年に改正されて成立したものです。証取法改正前は、信託受益権の売買や媒介については、信託業法が「信託受益権販売業」として規制していましたが、同改正により、信託受益権自体が「有価証券とみなされる権利」(みなし有価証券)とされることとなりました(金商法2条2項1号)。それに伴い、業として行なわれる信託受益権の売買や媒介等は、金商法上の「第二種金融商品取引業」(金商法28条2項2号)に置き換わり、不動産信託受益権の売買や媒介も金商法上の規制対象となったのです。
(2) 金融商品取引業者としての登録
金商法は、業として有価証券の売買や媒介等の取引をするためには、金融商品取引業者として内閣総理大臣の登録を受けなければならないという規制を設けています(金商法29条)。不動産信託受益権の売買や媒介を業として行う場合にもこの登録が必要となります。
ここでいう「業として」とは、対公衆性のある行為で反復継続性をもって行うものであると説明されています。したがって、単に自己のポートフォリオの改善のために、保有する不動産信託受益権を投資目的で売却する場合などは、金商法の規制の対象外と考えられています。
(3) 不動産信託受益権の「発行」と「売買」
金商法では、信託受益権を有償で譲渡する取引のうち、当初の委託者が信託受益権の譲渡人となるものを「発行」とし、それ以外のものを「売買」として、両者を区別した取り扱いをしています。
「発行」の場面において、委託者兼当初受益者が信託受益権を投資家に譲渡する行為は、信託受益権の発行者自身による販売・勧誘行為(自己募集)として、原則として金融商品取引業に該当しないとされています(金商法2条8項7号ト、同法施行令1条の9の2)。したがって、不動産を所有する者が、当該不動産を受託者に信託し、それによって取得した不動産信託受益権を自ら譲渡する行為は、金商法の規制の対象外です。これに対し、委託者兼当初受益者が、第三者に委託して、その第三者が信託受益権の取得の申込みの勧誘を行う場合には、「有価証券の募集又は私募の取扱い」(金商法2条8項9号)として金融商品取引業に該当するとされています。不動産の所有者が、当該不動産を受託者に信託し、それによって取得した不動産信託受益権の譲渡を第三者が媒介する行為は、金商法の規制の対象となります。
「売買」については、自ら有価証券を売買する行為も第三者が有価証券の売買の媒介をする行為も、業として行う場合には、いずれも金融商品取引業に該当することになります。委託者兼当初受益者から発行を受けて不動産信託受益権を保有する者が、当該受益権を売買する行為、又はその者から委託を受けて売買を媒介する行為のいずれもが金商法の規制の対象です。
(4) 金商法による規制の内容
不動産信託受益権の売買や媒介等は、金商法上の第二種金融商品取引業にあたります。金商法は、第二種金融商品取引業者に対し様々な行為規制を定めています。主なものとして、以下の規定があります。
ア 顧客に対する誠実義務(金商法36条)
一般的義務として、金融商品取引業者等並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならないとしています。
イ 広告等の規制(金商法37条)
金融商品取引業の内容について広告その他これに類似する行為をするときは、内閣府令で定めるところにより、
①商号、名称又は氏名
②金融商品取引業者等である旨及び当該金融商品取引業者等の登録番号
③金融商品取引業の内容に関する事項であって、顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものとして政令で定めるもの
を表示しなければなりません。また、金融商品取引行為を行うことによる利益の見込み等の事項について、著しく事実に相違する表示をし、又は著しく人を誤認させるような表示をしてはならないとしています。
ウ 取引態様の事前明示義務(金商法37条の2)
顧客から有価証券の売買等に関する注文を受けたときは、あらかじめ、その者に対し自己がその相手方となって当該売買若しくは取引を成立させるか、又は媒介し、取次ぎし、若しくは代理して当該売買若しくは取引を成立させるかの別を明らかにしなければならないとしています。
エ 契約締結前の書面の交付(金商法37条の3)
金融商品取引契約を締結しようとするときは、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ、
① 商号、名称又は氏名及び住所
② 金融商品取引業者等である旨及び当該金融商品取引業者等の登録番号
③ 当該金融商品取引契約の概要
④ 手数料、報酬その他の当該金融商品取引契約に関して顧客が支払うべき対価に関する事項
⑤ 顧客が行う金融商品取引行為について金利、通貨の価格、金融商品市場における相場その他の指標に係る変動により損失が生ずることとなるおそれがあるときは、その旨
⑥ 前号の損失の額が、顧客が預託すべき委託証拠金その他の保証金その他内閣府令で定めるものの額を上回るおそれがあるときは、その旨
⑦ 前各号に掲げるもののほか、金融商品取引業の内容に関する事項であって、顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものとして内閣府令で定める事項
等を記載した書面を交付しなければならないとしています。
オ 契約締結時等の書面の交付(金商法37条の4)
金融商品取引契約が成立したときは、遅滞なく、内閣府令で定めるところにより、書面を作成し、これを顧客に交付しなければならないとしています。
カ その他の行為規制
他にも金商法は、
・虚偽のことを告げる行為の禁止(金商法38条1号)
・不確実な事項について断定的判断の提供等の禁止(金商法38条2号)
・勧誘の要請をしていない顧客に対し、訪問し又は電話をかけて、金融商品取引契約の締結の勧誘をする行為(金商法38条4号)
・金融商品取引契約の締結につき、その勧誘に先立って、顧客に対し、その勧誘を受ける意思の有無を確認することをしないで勧誘をする行為(金商法38条5号)
・損失補てん等の禁止(金商法39条)
・適合性の原則(金商法40条1号)
※顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることまたそのおそれがあってはならないとの原則
等の行為規制を設けています。
キ 開示規制について
金商法は、有価証券に対する投資判断を行うために必要な情報を広く投資者に提供し投資者保護を図ることを目的として、各種の開示規制を設けています(発行市場における発行開示としての有価証券届出書の提出や目論見書の交付、流通市場における継続開示として有価証券報告書の提出や四半期報告書の提出等)。しかし、金商法2条2項各号の見做し有価証券については、原則、金商法上の開示規制は適用されないものとされており、不動産信託受益権についても開示規制は及びません。
2 宅地建物取引業法による規制
宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)は、基本的には現物の不動産である宅地及び建物の売買等の取引を規制する法律です。ただし、平成18年に証取法が改正され金商法が成立したことに伴い、宅建業法においても、一部、不動産信託受益権取引に関する規制が設けられました。
(1) 不動産信託受益権売買の際の重要事項説明義務(宅建業法35条3項)
宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)は、当該宅建業者が当初の委託者となる宅地又は建物に係る信託の受益権の売主となる場合における売買の相手方に対して、その者が取得しようとしている信託の受益権に係る信託財産である宅地又は建物に関し、その売買の契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士をして、少なくとも次に掲げる事項等について、これらの事項を記載した書面を交付して説明をさせなければならないとしています。
① 信託財産である宅地又は建物の上に存する登記された権利の種類及び内容並びに登記名義人又は登記簿の表題部に記録された所有者の氏名、名称
② 信託財産である宅地又は建物に係る都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限の概要
③ 信託財産である宅地又は建物に係る私道に関する負担に関する事項
④ 信託財産である宅地又は建物に係る飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設の整備の状況
⑤ 信託財産である宅地又は建物が宅地の造成又は建築に関する工事の完了前のものであるときは、その完了時における形状、構造その他国土交通省令で定める事項
⑥ 信託財産である建物が建物の区分所有等に関する法律に規定する区分所有権の目的であるものであるときは、当該建物を所有するための一棟の建物の敷地に関する権利の種類及び内容、共用部分に関する規約の定めその他の一棟の建物又はその敷地に関する権利及びこれらの管理又は使用に関する事項で国土交通省令で定めるもの
(2) 不動産信託受益権等の売買等に係る特例(宅建業法50条の2の4)
金融商品取引業者である宅建業者が、売主として、宅地若しくは建物に係る信託の受益権等に基づく権利の売主となる場合又は売買の代理若しくは媒介をする場合においては、売買の相手方又は代理を依頼した者若しくは媒介に係る売買の各当事者に対して、宅建業法35条3項と同様の重要事項説明義務を負うとしています。