借地上の建物を売却する場合の注意点~承諾に代わる裁判所の許可の手続~
欧米諸国では、建物は土地の一部として取り扱われ、土地上の建物は原則として土地所有者に帰属することとなります。したがって、他人の土地を債権的に借り受けて、その上に自分の建物を建てるといったことは考えられません。
これに対し、日本では、歴史的にも土地と建物は別々の独立した不動産として取り扱われてきました。そして、土地所有者と賃貸借契約を締結し、借りた土地の上に建物を建てて所有することが多く行われています。
今回は、土地所有者から土地を賃借し、その土地上に建物を所有している状況のもとで、借地人が建物を売却する場合の手続や注意点などについてとりあげます。
相談事例
私の父は、和菓子職人で、銀座で小さな和菓子店を営んでおりました。店の建物は父が所有していましたが、敷地は地主さんから賃借し、毎月地代を支払っていました。先日、父が亡くなり、建物を私が相続したのですが、私は別の仕事をしており店を継ぐことはできません。銀座で地代を支払うのも負担なので、父のもとで修業をして独立をされた和菓子職人の方に建物を売却し、店を引き継いでもらおうと考えています。敷地が借地であることで何か気を付けなければいけないことはありますか。
■1.建物を売却するにあたり、地主さんの承諾が必要となります
まず、お父様が亡くなり、建物を相続されたとのことですが、それに伴い、敷地の賃借権も相続により当然に承継することになります。この場合、地主から承諾を得る必要はありません。相続は、包括承継といって、被相続人であるお父様の地位をそのまま承継するものだからです。
相続した建物を売却する場合、敷地の賃借権(借地権)もともに譲渡する必要があります。建物を購入したにも関わらず、土地を利用する権利がないとなれば、土地の不法占拠者となり、地主から建物収去、土地明渡しの請求を受けてしまうからです。借地上の建物が譲渡された場合には、建物自体を移築するなどの特別な事情のない限り、敷地の賃借権もともに譲渡されたものとみなされます。
賃借権の譲渡とは、契約上の借主たる地位を譲渡することです。契約上の地位を譲渡するには、原則として相手方の承諾が必要です。特に、賃貸借契約の場合には、賃料を長期間に渡って支払うことになりますので、地主にとって誰が借地人であるか、賃料を支払うに十分な資力を持っているかは非常に重要な問題です。民法612条1項は「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。」と定めており、借地人が建物とともに土地の賃借権を譲渡するには、地主の承諾が必要になるのです。承諾なくして賃借権を譲渡してしまうと無断譲渡を理由として、賃貸借契約を解除されることにもなりかねません。
■2.地主さんに承諾料を支払う必要はありますか
承諾をするか否かは原則として地主に任されており、地主の自由です。地主が任意に承諾してくれるのであれば、承諾料を支払う必要はありません。ただし、逆にいうと、地主は、いくら高額の承諾料を提示されたとしても、承諾する義務はありません。それなりの金額の承諾料を提示したにもかかわらず、地主の承諾が得られない場合、何か手立てはあるのでしょうか。
■3.地主さんが承諾をしてくれない場合の手続 --裁判所による許可--
(1)昭和41年の借地法改正
建物を建てるためには高額の資金が必要となるにもかかわらず、借地上の建物を売却して投下資本を回収することもできないとなると、土地を借りて建物を建てる人などいなくなってしまいます。そうなれば、使っていない土地の有効活用も閉ざされることになり、社会政策的にも問題です。
そこで、昭和41年、当時あった借地法という法律を改正し、裁判所が、地主に対する財産的給付を条件とするなどして、借地上の建物を譲渡することの許可を与えることができるという制度を作ったのです。この制度は、現在の借地借家法19条にほぼそのまま引き継がれています。
(2)裁判所による許可を得るための手続、要件
【ア.手続の当事者】
裁判所に許可を求めて申立をすることができるのは、建物を譲渡しようとする現在の借地人です。建物の譲受人がすることはできません。申立の相手方は、土地の賃貸人となります。
【イ.申立の時期】
申立は、建物及び借地権の譲渡前にしなければならないと考えられています。ただし、「譲渡前」とは、契約締結前であるのか、所有権移転前であるのか、譲受人の使用収益開始前であるのか、問題となるところです。原則として、建物の引渡や建物の所有権移転登記がなされる前であることが必要であると考えられています。
【ウ.借地上の建物を第三者に譲渡しようとする場合であること】
(ア)借地上の建物の存在
この制度は、借地権自体の譲渡の自由を認めるものではなく、あくまでも借地上にある建物の譲渡を可能ならしめるためのものです。したがって、借地上に建物が存在していることが必要です。
(イ)譲受人の特定
申立の際には、譲受予定者を特定する必要があります。後述のように、譲渡したとしても地主に不利になるおそれのないことが必要ですが、譲受人が誰であるかはその判断の要素となるからです。
(ウ)「譲渡」とは
「譲渡」とは、当事者の行為により建物の所有権が移転することをいいます。売買や交換などの有償の場合のみならず、贈与などの無償の場合も含まれます。時効取得や前述した相続の場合は譲渡にあたりません。
【エ.第三者が借地権を取得しても、地主に不利となるおそれがないこと】
(ア)譲受人の資力
建物の譲受人が、賃料を確実に支払えるだけの資力を有していることが必要です。賃料の支払が滞れば、地主は賃貸借契約を解除して借地権を消滅させることができますが、裁判や明渡の強制執行となると手間や費用もかかりますので、譲受人の資力は重視されるべきと考えられます。
(イ)譲受人の信用性
譲受人が暴力団員、もしくは、その関係者であるような場合には、地主の信用や身の安全に不安をもたらすことになりますので、地主に不利となるおそれがあると判断されるでしょう。
また、従前より地主と譲受人との間でトラブルになっており、確たる理由もないのに賃貸人を告訴するなど、賃貸人が悪感情を持つのも無理ではないといった状況がある場合も、地主に不利となるおそれがあると判断されると考えられます。
(ウ)一部譲渡、分割譲渡
借地権の一部譲渡や複数人に分割して譲渡する場合には、借地人の数が増え、賃貸人の手間などが増えることになりますので、地主に不利となるおそれがあると判断される場合があると考えられます。例えば、借地を道路に接する部分と接しない部分に分けて、前者のみを譲渡するような場合には、袋地(道路に接していない土地)が生じることになりますので、不利となるおそれがあると判断されるでしょう。
【オ.裁判所が考慮すべき事情】
裁判所は、許可するか否かを判断するにあたっては、「賃借権の存続期間、借地に関する従前の経過、賃借権の譲渡・・・を必要とする事情その他一切の事情を考慮」しなければならないとされています。
例えば、期間満了の時期が近付いており、その際、地主に更新を拒絶することの正当事由が認められると予測されるような場合には、許可をすれば、地主や譲受人に不測の不利益を与えることにもなります(譲受人のもとでは正当事由が認められなくなる場合には地主の不利益になりますし、譲受人のもとでも正当事由が認められる場合には譲受人の不利益となります)。したがって、かかる場合には、許可すべきでないと考えられています。
また、土地を賃借する際に多額の権利金を地主に支払っていたような場合は、事前に賃借権譲渡の承諾を与えていたとみられることも多く、許可すべき事情として考慮されると考えられます。
【カ.借地条件の変更、財産的給付】
裁判所が賃借権の譲渡を許可する場合、「当事者間の利益の公平を図るため必要があるときは、・・・借地条件の変更を命じ、又はその許可を財産上の給付に係らしめることができる。」とされています。
(ア)借地上の建物の存在
既に賃料の増額請求や減額請求がなされている場合には、許可をする際、賃料の改定がなされることがあります。
(イ)財産給付
裁判所が、賃借権譲渡について許可を与える場合、地主に対して一定の金額を支払うことを条件とすることがほとんどです。裁判所が、地主への支払金額を決め、その支払いがなされることを条件として、譲渡を許可するという構図です。一般的には、借地権価格(土地の価格に借地権割合を乗じた金額)の10%を基準にしていますが、事案ごとの事情を考慮して、その基準よりも高くなったり、低くなったりすることもあります。
(3)相談事例の場合
相談事例の場合、賃借権を譲り受けるのは、お父様のもとで修業して独立された方ですし、老舗の和菓子店を引き継いでしっかりと経営していただくことになるでしょうから、譲渡により地主さんが不利になるような事情は特段見当たらないと思われます。したがって、仮に地主さんから任意の承諾が頂けなかったとしても、裁判所に申立てをして譲渡の許可を出してもらうことができると考えられます。その場合、借地権価格の10%程度の金員を地主さんに支払うことが条件とされると思われます。