不動産売買のときに気をつけること~境界杭の無断設置
不動産売買に際し、留意しなければならない事項として、今回は、最近、実際にあった「境界杭の無断設置」をとりあげます。
ここがポイント
1 〔事例〕
(1)
Bさんの近隣の方(Aさん)が土地建物を売却することになった、ということのようで、その近隣の方(Aさん)が依頼をされたのでしょうか、見知らぬ測量業者が「境界確認」をお願いします、と、郵便を送ってきました。
その郵便物には、仮求積図という図面が同封されていました。
近隣の方(Aさん)の所有土地が4隅あるなか、4隅のうち1か所のみ昔に設置した境界杭が現在もそのまま残っているが、他の3隅は、現在は残っていない、というもので、この仮求積図という図面のなかには、現在残っている1か所のみの昔の境界杭の位置が示されているほか、他の3隅については、「計算点」という記載がなされていました。
仮に、測って面積や境界点を計算したところを図面上におとすと、この3隅の位置となります、という図面でありました。
そして、郵便物には、それら仮求積図に加え、境界の立会をお願いしますという要請書類が同封されていました。
Bさんは、その測量業者の要請のとおり、現地で立ち会うことにしました。
(2)
Bさんが測量業者の要請のとおり、現地で立ち会ったところ、そこはBさんしかいませんでした。Aさんもおらず、他の近隣の方もおられませんでした。そして、その測量業者は、Bさんに対し、計算点はここです、と述べて、棒でその場所を指しました。
Bさんは、計算点はここです、と棒で指されても、測って計算するとそうなるのですか、としか言えませんでした。中古で、土地建物を購入したBさんは、昔、分譲されたときの状況はわかりませんでした。測量業者が示した計算点が、現在ある塀などの位置からして本当にそうなのか、と疑念を抱かせる場所を示したので、「それでよいです」と言うことはできませんでした。
測量会社は、この状況は写真にとってお送りしますので、とBさんに言ったので、Bさんは、そのまま自宅に帰りました。
(3)
ところが、Bさんの家には数週間経っても、写真は届きませんでした。Bさんが現地で立ち会ったとき、棒のようなもので測量業者が示したものの、土に棒などの目印を仮に立てて置くわけでもなく、単に示しただけだったことや、他の近隣の方の立会いもなかった、単独の立会だったことから、どうしたのだろうか、と思っていたBさんのところに、突然、測量業者から、境界確認承諾書が送られてきました。そこに署名捺印したうえ、返送して欲しい、と書いてあります。
Bさんはとても驚きました。その測量業者は、①写真を事前に送付すると言っていたのに送られてこなかったこと、さらには、②いつのまにか、コンクリート杭を事前承諾なく入れてしまっていたこと、さらに、③以前、立ち会ってほしいと言われて立ち会ったときにその測量業者が示した計算点と違うところにコンクリート杭が入れられてしまっていたことなどで、Bさんは驚愕しました。
以上の経過に、Bさんは納得できず、その測量業者のやり方は許されない、と伝えました。
2 〔境界標と刑法262条の2の境界損壊罪〕
(1)
境界を確認する有力な資料・証拠に、「境界杭」や「境界石」など「境界標」と言われているものがあります。
(ア)一見して、境界標であることが明白で、発見しやすいもの
(イ)容易に移動しないもの
(ウ)腐蝕せず、長い年月に耐えうるもの
という性質が必要と言われており、一般的には、石杭、コンクリート杭、鉄鋲などが用いられます。
「境界標」は境界を示すために、過去において、人為的に設置された目印が通常ですが、絶対の判断基準ではありません。もともと、正確な位置になかったり、あるいは、もともとは正確な位置であったとしても、長い年月がたって、利害のある人が勝手に移動させてしまったり、また、特別な状況においては、自然に移動してしまうことも全くないとはいえないからです。
しかしながら、「絶対」の基準ではないとしても、昔、設置された「境界標」は、境界を確認する重要かつ有力な資料・証拠であることは言うまでもありません。
刑法262条の2が境界損壊罪を犯罪として規定しているのはそのためです。
(2)
刑法262条の2の境界損壊罪は次のように定めています。
「刑法262条の2
境界標を損壊し、移動し、もしくは除去し、又はその他の方法により、土地の境界を認識することができないようにした者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
① 境界標とは、権利者を異にする土地の境界を定めるために、土地に設置され、もしくは、植えられた標識、工作物、立木、又は、境界標識として承認されている立木その他の物件をいう、とされています。
地上に顕出しているもののみならず、地中に埋設されているものも含まれます。永続的なものに限らず、一時的に設置されたものでもよいとされています。以前からあったものか、人為的に設置されたものかを問いませんので、当初は別の目的で設置されたが、その後、境界標としての機能を有するに至った場合も含まれます。
② 境界損壊罪は、誰が設置した境界標であるかにかかわらず該当しますので、自分が設置したもの、自己所有のものであっても含まれますので、注意が必要です。
3 〔境界杭は勝手に設置してもよいか〕
境界杭をいったん設置してしまうと、それを「損壊」「除去」することが許されないばかりではなく、「移動」することも許されなくなってしまいます。自分が設置したり、自己所有であっても、「移動」して、境界を認識することができないようにしたら、「犯罪」となってしまうのです。
以上のように、境界標をいったん設置すれば、その「移動」が犯罪となってしまうおそれもあるくらいですから、隣の土地の所有者に無断で境界杭を設置するのはトラブルの原因となり、大変危険です。
境界杭は「勝手に設置してはいけない」と覚えておきましょう。
たとえ、以前にここに杭があった記憶があるのに、いつのまにか無くなっていたから、という事情があっても、隣に無断で勝手に杭を入れてしまうのはやめましょう。図面などと照合して、元の位置に復元することを確認したうえ、隣の土地の所有者に事情を説明して、必ず立会ってもらって、確認承諾がとれたあと、立会のうえ、杭を入れるようにしてください。
4 〔昔の境界杭の存在をきちんと確認すること〕
前述の例では、測量業者が、「いつのまにか、コンクリート杭を事前承諾なく入れてしまっていた」、さらに、「以前、立ち会ってほしいと言われて立ち会ったときにその測量業者が示した計算点と違うところにコンクリート杭が入れられてしまっていた」という事情をあげました。
ところが、その後、判明したことですが、コンクリート杭が事前承諾なく入れられていた、その下の部分に、昔の境界杭が残っていた、ということが新たに判明しました。
それは、近隣の方が昔のことを覚えていて、そこには、昔の境界杭があったはずだ、と述べられたのです。
土を掘ってみると、たしかに、その下に、昔の境界杭が残っていたのです。
これにより、近隣の方々は、この昔の境界杭が境界確認の印であると円満に同意し、解決しました。勝手にいれられたコンクリート杭は撤去されました。
しかし、振り返ってみると、問題は、この測量業者が、近隣の方から聴取すれば、昔の境界杭があることがわかったのに、それをきちんと探さなかったことにあります。もっといいますと、これは言い分が分かれるのですが、その近隣の方は、その測量業者に対し、土の下に昔の境界杭が残っていますよ、と事前に伝えた、とのことなのです。
その近隣の方の言い分が正しいとすると、その測量業者は、土の下に昔の境界杭が残っていると事前に伝えられていたにもかかわらず、土地の表面だけみて、地表に見えないから土地の昔の境界杭は無い、と勝手に決めつけ、測った仮求積図などの図面などをもとに、新たなコンクリート杭を近隣の事前承諾なく勝手にいれてしまったことになります。
境界を確認するまでの一般的な流れとして、次のように言われています。
1 土地家屋調査士に依頼
2 資料調査
(法務局、市区町村役場などで、境界に関する資料〔公図、地積測量図、換地図など〕、道路・水路、公共物との関係を調査)
3 現地の測量
4 収集資料と測量結果を確認
収集資料と測量結果と現地の状況などの精査
5 仮の境界点を現地に復元
境界と思われる位置を仮に明示
6 関係土地所有者との境界立会
隣接地所有者、公共物管理者等関係者と現地にて確認
7 境界標設置、境界確認書の取り交わし
境界立会で確認した位置に永久標の設置や、また、確定図面を作成し、後日の証しとする
8 必要に応じて登記申請(地積更正登記や地図訂正)
以上の境界を確認するまでの一般的な流れからすると、今回の問題が発生した原因は、関係土地所有者からの貴重な情報収集を怠り、昔の境界標の存在を測量業者が看過したこと(見落としたか、故意に無視したか)や、さらに、情報収集を怠ったうえ、境界点を現地に復元し仮に明示する、という手順をとらず、いきなり、事前承諾なく、杭を入れたことです。
境界確認については、きちんと関係土地所有者から情報を収集すること、その情報収集に基づき、境界杭を新たに入れる場合は、近隣所有者の立会いと承諾確認のうえ行うべきであり、無断で設置しないことが重要です。