購入したマンション居室の上階からの騒音と売買契約の解除
【相談事例】
私は、マンション販売会社である売主から、総戸数14戸のマンションの一室を購入して入居したところ、特に寝室の天井付近から、上階の居住者のトイレの給排水音や放尿音などの生活騒音が聞こえ、それが酷く激しいことから、安眠妨害や生活障害が生じています。
マンション販売時のパンフレットには、「快適さを極限まで追求した、これからのステータスともいえる永住志向型都市住宅」、「満足度の高い永住志向型都市住宅」などの記載があります。このように売主は、このマンションは1ランク上の(価格帯相応の)ハイグレードマンションとして、それに相応しい品質・性能があることを保証していたにもかかわらず、現実には通常よりも高度な防音性能や遮音性能がないどころか、マンションに通常求められる品質・性能すらありません。
そこで、私は、このマンションの売買契約を解除して、売主に対して既に支払った売買代金の返還などを求めたいと考えています。
【解 説】
1. 今回の相談事例について
今回の相談事例は、神戸地方裁判所平成14年5月31日判決をモデルにしています。
この判決の事案において、買主(原告)は、以下の①、②のような趣旨の主張を行い、売主(被告)の債務不履行や瑕疵担保責任(現民法の「契約不適合責任」に相当する責任)に基づく売買契約の解除を理由として、売買代金の返還等を求めました。
【買主(原告)の主張】
① 売主(被告)は、パンフレットの記載等により、マンション建物が通常備えるべき品質、性能以上の、1ランク上の(価格帯相応の)ハイグレードマンションである旨の特別の品質(特別な防音性能、遮音性能があること)を保証した。
② (仮に①の特別の品質保証の合意が認められなかったとしても)マンション建物に通常要求される品質、性能を有していない隠れた瑕疵があるので、売買契約を締結した目的を達成することができない。
※ 買主は他にも主張を行っていますが、今回は省略いたします。
しかしながら、判決ではこれらの主張は受け入れられず、買主(原告)の請求は棄却されています。今回は、この判決のうちの前記①、②の主張に関する部分についてご紹介いたします。
※ 以下、判決文の引用等に際しては必要に応じて省略等をしています。
また、判決における「本件建物」は、本件マンションのうちの買主が購入した号室・居室を指し、「原告」は買主、「被告」は売主を指しています。
2. 神戸地方裁判所平成14年5月31日判決の内容
(1) 特別の品質保証の合意の有無について(前記①の主張関連)
判決では、以下のとおり、パンフレットの記載文言の性質等について検討したうえで、特別の品質保証の合意があったことを認めませんでした。
「原告は、本件パンフレットの記載文言を根拠に、本件建物は、マンション建物が通常備えるべき品質、性能以上の、1ランク上の(価格帯相応の)ハイグレードマンションである旨の特別の品質保証をした旨主張する。
確かに、本件パンフレットには、『快適さを極限まで追求した、これからのステータスともいえる永住志向型都市住宅』であるとか、『満足度の高い永住志向型都市住宅』である旨の記載がある。
しかしながら、上記のような文言は、新築マンションの宣伝用パンフレットにおいて、よく用いられるセールストークの類であって、抽象的な表現にとどまり、これをもって、特定の品質を保証したものであるとか、原告主張のレベルの特別の防音性能、遮音性能を保証したものと見るのは相当でなく、そして、本件において、他に、特別の品質保証約定が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、品質等の保証約定に基づく被告の債務不履行をいう原告の主張は理由がない。」
(2) 通常要求される品質・性能の有無について(前記②の主張関連)
判決では、以下のような種々の事実認定をしたうえで、「通常の居住用建物として、通常人の居住上支障のない程度の遮音性能を有することに問題はない」から、「マンション建物に通常要求される品質、性能を具備していない(隠れた)瑕疵があるとすることはできない」としています。
具体的には、「原告の入居後、騒音苦情発生までの経過」として、原告が入居した当初は何の苦情も述べていないばかりか、2か月経過した時点で、被告に対し、2回にわたり「当マンションの住み心地、抜群です」、「すばらしいマンションをご提供いただき、ホッとした気持ちで過ごせる倖せをかみしめております。ありがとうございました。」などの文書を送信していること、入居後6か月以上経過した時点で、初めて階上のトイレ等の流水音について改善の余地はないものか検討頂きたい旨の苦情を述べたことなどを認定しました。
また、「本件建物の遮音性能とその評価」として、原告の居室(本件建物)で測定された騒音レベルは、当時の日本建築学会の基準に照らしても、社会通念上要求される遮音性能を十分に満たしていることや、環境基本法に基づく環境基準も満たしていることなどを認定しました。
そのほか、被告が原告の居室(本件建物)内のトイレのパイプシャフト及び天井にグラスウール並びに遮音シートを巻き付ける工事等を実施したところ、原告は被告に宛てた報告書において、改善対策工事の結果、「放尿音は聞こえなくなったように思われる」旨を報告したことや、原告がマンション管理組合の理事長を務めた当時、住民に対し、管理組合名義でアンケート調査を実施したところ、トイレ流水音については、「悩まされている」が1世帯、「悩まされていない」が6世帯、未回答が3世帯という結果であったこと等を認定しました。
判決では、結論として、これらを総合的に考慮した結果、「本体マンションの原告居室(本件建物)は、通常の居住用建物として、通常人の居住上支障のない程度の遮音性能を有することに問題はないというべきであるから、原告が主張するように、マンション建物に通常要求される品質、性能を具備していない(隠れた)瑕疵があるとすることはできない」としています。
3. 最後に
この判決では、マンションの品質・性能について、特別の品質保証の合意や、マンションとして通常要求される品質・性能がないことについては、いずれも否定されましたが、これはあくまで判決の事案における個別具体的な事実関係を前提とした判断であることにご注意ください(類似の請求がなされる事案であっても、事実関係等が異なれば結論が異なる場合があります)。