地面師詐欺が行われた売買において登記の申請を行った司法書士の責任に関する控訴審判決(差戻審)について
1 最高裁判決(最高裁判所令和2年3月6日判決)
本コラム2022年3月号で、以下の地面師詐欺が行われた売買に関する事件に関して、登記申請を行った司法書士の責任について判断した最高裁判決をご紹介しました。
最高裁判決は、司法書士の責任について、登記の申請を委任した者(委任者)に対する場合と、委任者以外の第三者に対する場合を区別し、
委任者以外の第三者が当該登記に関する権利の得喪または移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられる正当な期待を有しているときは、当該第三者に対しても注意喚起をはじめとする適切な措置をとるべき義務を負い、これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがある
との判断を示しました。
その上で、最高裁判所は、委任者以外の第三者にあたるX不動産会社との関係で、Y司法書士に正当に期待されていた役割の内容や関与の程度等について検討させるために、原審である東京高等裁判所に裁判を差し戻していました。
2 控訴審判決(東京高等裁判所令和3年8月4日判決・差戻審)
東京高等裁判所は、2021年(令和3年)8月4日、最高裁判決が示した考え方を前提に、原告であるX社が、被告であるY司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有していたとはいえず、
Y司法書士は、登記の申請に関する手続を止める等の適切な措置をとるべき義務を負っていたとは認められない等と述べて、Y司法書士の損害賠償責任を否定し、X社の控訴を棄却しました。
今回は、この控訴審判決をご紹介いたします(登場人物、事案の内容、最高裁判決及び下級審判決(差し戻し前)の内容につきまして、本コラム2022年3月号をご参照ください)。
なお、差戻審において、X社は、最高裁判決が示した考え方を踏まえた主張以外の追加主張も行っていますが、本コラムでは割愛させていただきます。
⑴ 控訴審判決は、Y司法書士の受任内容、報酬額、前件申請の委任など、前提となる状況について、以下のとおり述べています。
・Y司法書士は、後件申請について委任されたものであり、そもそも前件申請が申請人となるべき者によって申請されたか否かについての調査等をする具体的な委任は受けていなかった。
・報酬は日当を含めて14万円にとどまり、後件申請を委任されたことに加えてほかの事務委託も受けたと認めることは難しい金額であった。
・連件申請の対象となる前件申請については、資格者代理人であるO弁護士が委任を受けており、O弁護士への委任状には、委任者Aが人違いでないことを証明する公証人による認証が付されていた。
・そこで、Y司法書士は、前件申請について、委任された後件申請を支障なく進めるために、前件の登記申請書類が形式的にそろっているかを確認する作業を行った。
・本件会合(事前に、O弁護士の事務所で、Aを装うR、O弁護士事務所のP事務員、X社の代表者、Y司法書士、Y司法書士の依頼者であるC社の担当者などが出席し、前件申請および後件申請に必要な書類を確認するための会合が開かれていました。)の時点では、印鑑証明書がそろっていなかったものの、3日後に登記所へ登記申請書類の提出が行われる予定であり、印鑑証明書は、本件会合時点では、添付書類として必ずそろっていなければならない書類ではなかった。
・Y司法書士は、第1売買の売主が高齢であるため、弁護士が意思確認を担当することを事前に知った上で、会合に参加していた。
⑵ 次に、控訴審判決は、上記の状況下で行われた本件会合における関係者の言動について、以下のとおり認定しました。
・Y司法書士は、本件会合に出席し、前件申請に関係する書面について、一見したところ整合しないものが存在したことについて、疑問を呈した。
・それを受けて、前件申請の委任を受けたO弁護士の所属する法律事務所のP事務員、および本件不動産取引について媒介業者としてX社との間に経済的利害のあった仲介業者の代表者の両名が、前件申請の申請人が本人であることについて対応して正式な書類を整えると発言し、取引関係者全員が了承していた。
⑶ 以上を踏まえて、控訴審判決は、X社が、Y司法書士から、一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有していたかについて、以下のとおり結論づけました。
・前件申請を委任された者は、司法書士と同様に資格者代理人である弁護士であり、本件会合に弁護士は出席していなかったものの、弁護士の所属する法律事務所の担当事務員が同席して本件会合が行われ、事務員らが、前件申請の申請人が本人であることを確認する対応を行うと申し出ていた。
・そうである以上、後件申請の委任者以外の第三者であるX社との関係で、Y司法書士に、上記の疑念を呈することを超えて、さらに適切な措置を講ずることが期待されるとまでは認めがたい。
・X社において、Y司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有していた、と認めることはできない。
・Y司法書士は、登記申請にあたり、前件申請に関する手続用の書類を預っていたが、Y司法書士がさらに調査等をする趣旨であったことを認めるに足りる証拠はない。
・登記申請にあたり、Y司法書士が、X社に対して、後件申請にかかる手続を止める等の適切な措置をとるべき義務を負っていたとは認められない。
⑷ その他にも、控訴審判決は、X司法書士が、前件の登記申請書およびその添付資料である登記原因証明情報に記載されたAの住所と、印鑑証明書に記載されたAの住所に食い違いがあったこと(印鑑証明書に記載された住所の記載の末尾に「号」の文字が記載されていなかったこと)を問題視していなかったことについて、住所表示に関する「号」や「番地」等の記載の仕方は自治体に応じて様々であるとうかがわれることから、それを踏まえて確認作業を進めたことをもって、直ちに明白な食い違いの見落としに当たるとまでは認めがたい、と述べています。
3 まとめ
以上のとおり、控訴審判決(差戻審)は、本件では前件申請について委任を受けた弁護士やその所属する法律事務所の事務員、利害関係を有する仲介業者が関与しており、Y司法書士が述べた疑念について対応を行うとされていた事実、弁護士への委任状に公証人の認証が付されていた事実など、他の資格者代理人や不動産仲介業者の関与の有無・程度といった本件の事実関係を重視して、後件申請を行ったY司法書士の責任を否定しました。
このように、事件における事実関係により、委任者以外の第三者が司法書士から一定の注意喚起等を受けられる正当な期待を有していたかの判断は異なってくるため、司法書士の責任について検討するにあたっては、特に事実関係に留意することが必要です。