不動産売買と隣人トラブル
不動産の売買に当たって、購入する土地の周辺環境は購入希望者にとって重大な関心事です。日当たりはどうか、近隣に大規模な開発計画はないか、騒音はどうかなど、周辺環境といっても注目すべきポイントは様々です。
今回は、周辺環境に関する問題から「隣人トラブル」を取り上げて、不動産の売買に当たって売主が気を付けるべきポイントについてお話しします。
事例
私は、閑静な住宅街に一戸建てを購入し、妻と幼い2人の子供と引っ越してきました。引っ越しの翌日、隣人から「子供がうるさい。黙らせろ。」と苦情を言われてしまいました。その後も、隣人から子供がうるさいと怒られ、洗濯物に水をかけられたり、泥を投げられたこともありましたので、自治会長や警察にまで相談したこともあります。子供部屋も隣人の家とは反対側に移し、ベランダに波板も取り付けました。
引っ越してきた後に知りましたが、この隣人は子供の声などに激しく苦情をおっしゃり、近隣住民とトラブルを起こしてきた方で、近隣住民もなるべく接触を避けているそうです。
自宅を売却しようと思い、先日、購入を希望される方を内覧にお連れしましたが、この隣人が「うるさい。」と苦情をおっしゃり、売却の話は流れてしまいました。
このような折、新たに購入希望がありました。購入希望者は、奥様と幼い3人のお子さんをお持ちで、私と同じような家族構成です。売却に当たって、その方から、「同じ子供を持つ親として聞いておきたいのですが、近隣の環境に問題はありませんか。」、「暴走族が走り回ったりすることとかありませんか。」と尋ねられました。
私としては、隣人についてあまり詳しく説明すると売却の話が流れてしまいかねないので、「全く問題ありません。」と答えたいと思うのですが、何か問題はあるでしょうか。
ここがポイント
1.説明義務があるかどうかが問題
この「事例」の売主には、かなり気の毒な事情があるようですが、他方、同じように幼い子供をもつ購入希望者が何も知らずに購入すれば、隣人との間で同じようなトラブルに見舞われるでしょうから、購入希望者の立場からすれば、隣人とのトラブルについてもきちんと説明してほしいということになるでしょう。
法的には、このような隣人とのトラブルについて、売主に説明義務があるかどうかが問題となります。
2.信義則に基づく説明義務
隣人に関する事情について、売主が購入希望者に対して説明する義務を負うかどうか、という問題については、そのような義務は負わないのが原則です。
隣人がどのような人かというのは、その人の主観による部分も大きく、正確な情報提供はそもそも困難です。例えば、ある人にとっては「いい人」であっても、他の人にとっては「嫌な人」、「迷惑な人」であることもあるわけです。また、売主が隣人に関して知っている様々な情報を購入希望者に説明しなければならないとすれば、プライバシー侵害の問題も生じかねませんし、表現によっては名誉毀損にもなりかねません。
したがって、売主は、隣人に関する事情について、知っていることを細かいことまで何でも説明しなければならない義務を負っているわけではありません。
しかしながら、あまりにひどい隣人トラブルがあり、購入希望者が購入した後も大変な苦労をすることが予想されるのに、購入希望者はとても良好な住環境だと誤解している、購入希望者がそのような隣人トラブルを知れば購入することはないだろう、というような場合には、売主が購入希望者に対して事実に反する説明や誤解を与えるような説明をすることは、信義に反するというべきでしょう。売主が隣人トラブルについて説明をすべき義務を負う場合もあると考えられます。
上記の「事例」のもとになった裁判例(大阪高裁平成16年12月2日判決)は、このように売主が説明義務を負う場合について、「売主が買主から直接説明することを求められ、かつ、その事項が購入希望者に重大な不利益をもたらすおそれがあり、その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される場合には、売主は、信義則上、当該事項につき事実に反する説明をすることが許されないことはもちろん、説明をしなかったり、買主を誤信させるような説明をすることは許されないというべきであり、当該事項について説明義務を負うと解するのが相当である。」としています。
購入希望者がその不動産を購入するかどうかの判断に影響を及ぼすような重要な事項については、売主は、説明を求められればきちんと説明する義務を負う場合がある、ということになります。
なお、この裁判例は、「事例」以上に具体的な事実関係を詳しく認定した上で、売主は購入希望者に対する説明義務をきちんと果たさなかったと判断して、売主に対し損害賠償を命じました。このように、隣人トラブルについても、売主が購入希望者に対して説明義務を負う場合があることに注意する必要があります。
3.実際に不動産の売買を検討する際の注意点
売主が購入希望者に対して説明義務を負う場合があることについてお話ししましたが、一体どの程度の隣人トラブルであれば説明義務があるのか、法的にどの程度の説明が最低限必要とされるのか、というのは、明確ではありません。実際にトラブルになり裁判になってみなければ結論が分からないような事案もあります。実際、「事例」のもとになった上記の裁判例では、売主に説明義務違反があるかどうかについて、第一審の大阪地方裁判所と控訴審の大阪高等裁判所の判断が異なっており、判断の分かれる微妙な問題であることが分かります。(ただし、裁判例の事案では、売主は「全く問題ありません。」としか答えなかったわけではありません。)
また、そもそも、トラブルになり裁判になってしまうこと自体、売主にとっても購入希望者にとっても大変大きな不利益であるといえます。
したがって、実際に不動産の売買を検討する場合には、そもそもトラブルにならないように十分注意する必要があります。売主としては、隣人トラブルであっても、購入希望者に重大な不利益を与えかねないような重要な事項と思われれば、法的な説明義務があるかどうかにかかわらず、正確に情報を提供するように心がけるのが望ましいといえます。
なお、売主が宅建業者に不動産売買の仲介を依頼している場合についても、同様の注意が必要です。宅建業者が独自に近隣住民の聞き込みなどの調査を行うわけではありませんから、重要な情報については、売主から宅建業者に提供して、購入希望者に対する説明を求める必要があるといえるでしょう。