農地売買に対する法的規制
質問
自宅の近所に畑があるのですが、所有されている方は高齢で、農作業をすることが難しくなってきたので、土地を売却したいとのことです。私はその土地を購入したいと考えているのですが、何か問題はあるのでしょうか。
解説
農地は、一般の宅地と異なり、農地法により権利の移転や設定について厳しい法的規制が課されています。今回は、農地の売買について、農地法がどのような法的規制を課しているかについて取り上げます。
1 農地とは
農地とは、「耕作の目的に供される土地」をいいます(農地法2条1項)。
(1) 「耕作」とは
耕作とは土地に労費を加え、肥培管理を行って作物を栽培することをいいます。
肥培管理とは、作物の生育を助けるために土地を耕し、種を蒔き、水や肥料を与え、農薬を散布し、雑草を刈るなどの一連の行為のことをいいます。田や畑以外にも、果樹園、牧草栽培地、わさび田、はす池、桑園などのように肥培管理がなされている土地は農地にあたります。材木や薪炭のための林地や竹林は、一般的には肥培管理は行われず、通常は農地にはあたりません。ただし、竹林や栗林も、たけのこや栗を収穫するために肥培管理している場合には、農地といえます。山野に自生する草や木の実などを収穫していたとしても、肥培管理が行われていない山野は農地にはあたりません。
(2) 客観的判断
「耕作の目的に供される土地」にあたるか否かは、現に耕作されている土地はもちろん、現在は耕作されていなくても、耕作しようと思えばいつでも耕作できるような土地、すなわち、客観的に見てその現状が耕作の目的に供されるものと認められる土地であるかにより判断されます。
休耕地や不耕作地は農地にあたりますが、自宅の庭先や工場用地の一角で耕作が行われている場合は、本来耕作以外の目的に供されることが明白であるため農地ではありません。
(3) 現況判断
農地か否かを決するには、登記や課税台帳の地目のみによることなく、客観的に現況が耕作の用に供されているかにより判断されます。
最高裁昭和42年10月27日判決は、農地を目的とする売買契約締結後に、売主が土地上に土盛りをし、その上に建物を建てたことにより、農地が恒久的に宅地となった場合には、農地法の適用はないとしています。
また、最高裁昭和44年10月31日判決も、農地の売買契約締結後に、当該土地を含む周辺一帯が都市計画区域に指定され、買主が土地に地盛りをして売主の承諾のもとに建物を建築するなどして完全に宅地に変じた場合には、農地法の適用はないとしています。
ただし、現況主義とはいっても、土地の不法占拠者が所有者に無断で開墾したような場合には、現に耕作されていたとしても農地とはいえません(最高裁昭和40年10月19日判決)。
2 農地の売買に対する規制
(1) 規制の概要
農地の売買等による権利移動については、農地法3条及び5条で規制されており、原則として、農業委員会や都道府県知事の許可が必要となります。許可基準については、農地を農地のまま売買する場合と農地を宅地等に転用して売買する場合とを分けて規定しています。
このような許可規制は、財産権を保障する憲法29条に違反するのではないかと争われたことがありましたが、最高裁は「土地の農業上の効率的な利用を図り、営農条件が良好な農地を確保することによって、農業経営の安定を図るとともに、国土の合理的かつ計画的な利用を図るための他の制度と相まって、土地の農業上の利用と他の利用との利用関係を調整し、農地の環境を保全することにあると認められる。この規制目的は、農地法の立法当初と比較して農地をめぐる社会情勢が変化してきたことを考慮しても、なお正当性を公認することができる。」として、憲法29条に違反するものではないと判断しています(最高裁平成14年4月5日判決)。
(2) 農地のまま売買する場合の法的規制について(農地法3条)
ア 許可が必要
農地を農地のまま売買して所有権を移転するためには、各市町村に設置されている農業委員会の許可を受けることが必要です。
イ 許可基準
農地法3条2項は、許可が認められるためには、以下の条件を全て充たすことが必要であると定めています。
① 買主が農地の全てを効率的に利用して耕作することができること
② 買主及びその世帯員が常時農作業に従事すると認められること(法人は除く)
※常時従事とは、年間150日以上とされています。
③ 取得後の農地の面積が北海道では2ヘクタール以上、北海道以外では50アール以上であること
④ 買主の耕作事業の内容や農地の位置・規模から、農地の集団化・農作業の効率化等に支障を生ずるおそれのないこと
⑤ 買主が法人の場合には、農地所有適格法人に限るとされています。
※農地所有適格法人とは、農事組合法人、非公開の株式会社または持分会社のいずれかであって、主たる事業が農業であり、農業関係者が総会等における総議決権の過半数を占め、役員の過半が常時農業にするなどの要件を充たす法人です。
(3) 転用して売買する場合の法的規制(農地法5条)
ア 原則、許可が必要
農地を宅地など農地以外の土地に転用する目的で売買して所有権を移転する場合には、原則として、各都道府県知事の許可を受けることが必要です。
イ 例外として届出で足りる場合
都市計画法は、計画的な市街化を図るため、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分しています。市街化区域とは、既に市街地を形成している区域及び概ね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域、市街化調整区域とは、市街化を抑制すべき区域のことです。農地法上、市街化区域にある農地については、農業委員会への届出で足りるとされています(農地法5条1項7号)。
ウ 許可基準
市街化調整区域内の農地を転用するためには、都道府県知事の許可が必要となりますが、農地法は、以下のように、立地基準と一般基準を設けています。
(ア) 立地基準
農地法は、まず、農地を営農条件及び周辺の市街地化の状況によって、以下のとおり5つに区分し、その区分に従って許可するか否かの基準を設けています。
① 農用地区域内農地
市町村が、農業振興地域の整備に関する法律(農振法)に基づき定める農業振興地域整備計画において、農用地区として定められた区域に存在する農地をいいます。
② 甲種農地
③の第一種農地の中でも特に良好な営農条件を備えている農地であり、政令で定める要件を充たすものをいいます。
③ 第一種農地
集団的に存在する農地その他の良好な営農条件を備えている農地であり、政令で定める要件を充たすものをいいます。
④ 第二種農地
⑤の第三種農地に近接する区域その他市街地化が見込まれる区域内にある農地であって政令で定めるものをいいます。
⑤ 第三種農地
市街化調整区域内ではあるものの市街地の区域内または市街地化の傾向が著しい区域内にある農地であって政令で定めるものをいいます。
農地法は、①農用地区域内農地、②甲種農地、③第一種農地については、原則として許可はされないとしています。
④の第二種農地については、当該農地以外の土地では転用目的を達成することができない場合には許可を取ることは可能ですが、代替地によって転用目的を達成することができる場合には原則として許可されません。
⑤の第三種農地については、許可を取ることが可能です。
(イ) 一般基準
立地規準に適合し、許可されうる場合であっても、次の基準を充たす必要があります。
a 宅地化などの転用後の事業の用途に確実に供しうることが必要です。具体的には、転用を行うために必要な資力や信用があるかどうか、転用事業の妨げとなる権利を有する者(賃借人など)の同意を得ているかなどが問題となります。
b 転用により周辺の農地の営農条件に悪影響を及ぼすおそれのないことが必要です。例えば、転用により土砂の流出、崩壊その他の災害を発生させるおそれがあったり、農業用用排水施設に支障を及ぼすおそれがある場合は許可されません。
c 地域における農地の効率的かつ総合的な利用の確保に支障を生ずるおそれのないことが必要です。
d 仮設工作物の設置その他の一次的な利用に供するため取得しようとする場合は許可を受けることはできません。
3 許可申請手続
農地法3条許可の申請も農地法5条許可の申請もそれぞれ所定の事項を記載した申請書を許可権者宛てに提出することになります。この申請は、売主と買主双方が連署しなければならない共同申請とされています。
農地売買の売主は、買主に対し、契約の効果として、許可申請手続に協力する義務を負います。売主がこの手続に協力しないときは、買主は売主に対し、許可申請手続を求めて訴訟を提起することができます。許可手続を命じる判決が確定すれば、買主は単独で許可申請することが可能です。
また、買主は、売主に対し、許可を条件として移転登記請求訴訟を提起することもできます。
4 許可の効力
農地法3条や農地法5条の許可を受けないでした売買は効力を生じません(農地法3条6項、同法5条3項)。
したがって、所有権移転の効果は生じません。買主は農地の引渡請求をすることはできませんし、逆に代金の支払を拒絶することができます。許可以前に農地の引渡しがなされた場合には、売主は買主に返還を求めることができます。農地が転売された場合も同様です。
また、所有権移転登記の申請には、許可を証する情報を添付すべきとされていますので、許可があるまでは、所有権移転登記をすることもできません。
ただし、売買契約以前に許可を受ける必要はなく、契約成立後許可を取得することにより売買契約の効力が発生することになります。