不動産売買と登記
土地や建物などの不動産を購入する場合、まずは売買契約書を取り交わします。その後、ローンを組むなどして代金を調達し、代金を支払うのと引き換えに、物件の引渡しを受け、不動産登記の名義を移転してもらう、というのが一般的な流れです。登記名義が自分のものになれば一安心といったところですが、なぜ、一安心といえるのでしょうか。
今回のアドバイスでは、不動産の売買と登記をテーマにとりあげ、登記名義を移転させないでいるとどのような問題が生じるのか、どのような場面で登記名義を移転させておく必要があるのか、などについて述べさせていただきます。
1.不動産登記とは
不動産登記とは、土地や建物について、その所在や面積、種類、構造などの物理的な状態とともに、誰がどのような権利を持っているかを一般の人に知らしめるために、法務局に備えられている登記簿にそれらの事項を記載するという制度です。不動産の登記は、誰もが法務局に行って、閲覧することができ、写しを取得することもできます。
2.不動産の売買契約と所有権の移転
売買契約とは、代金を支払って、所有権を移転してもらうという合意です。
民法176条は「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。」と定めています。これは、不動産の所有権は、当事者の合意だけで移転することを意味します。
これに対し、ドイツのように、所有権の移転には、合意だけでなく登記を必要としている国もあります。このような国では、買主は、登記の名義を移転させることにより初めて不動産の所有権を取得することができることになります。
日本では、ドイツのような制度はとっておらず、登記名義を移転させなくとも、合意があれば不動産の所有権は移転することになります。多くの不動産売買契約では、契約書中に「代金全額が支払われた時点で所有権が移転する」と規定されていますが、そのような合意内容にしたがい、代金の支払いが完了すれば、買主は不動産の所有権を取得することができるのです。
3.不動産の売買契約と登記名義を移転させることの意味
とはいっても、多くの場合、不動産の売買がなされれば、所有権者の登記名義を買主に移転する手続がとられます。買主は登記名義を移転させなくとも所有権を取得するにもかかわらず、登記名義を移転させることの意味はどこにあるのでしょうか。
例えば、あなたが売買契約を締結し、代金も支払って、不動産の所有権を取得したとします。でも、あなたが購入する前に、売主が別の第三者と、あなたと同じように売買契約を締結して、代金の支払いを受けていた可能性はゼロであるとは言い切れません。そのような場合にあなたが所有権を取得できなくなってしまうとすれば、不動産など怖くて購入することができなくなってしまいます。そこで民法177条は「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法・・・の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」と規定し、不動産取引を安全に行うことができるように不動産登記制度を整備したのです。この民法177条により、もし、あなたよりも前に同じ不動産を購入した者がいたとしても、その者が登記をしていなければ、あなたに所有権を対抗することはできないことになります。あなたは、登記上の所有権者を相手として、安心して不動産を購入することができるのです。
反対に、あなたが不動産を購入して、代金を支払ったにもかかわらず、登記をしないでいる間に、別の第三者が売主から不動産を購入して登記をしてしまった場合、あなたはその不動産の所有権を第三者に対抗することはできなくなります。したがって、代金の支払をしたら、速やかに登記名義をあなたに移転する必要があるのです。できるだけ時間を空けずに登記手続ができるよう、代金の支払いを登記所がある法務局で行う場合もあるほどです。
4.登記をしなければ対抗できない「第三者」
(1) 「食うか食われるかの関係」
3のように、売主が同じ不動産を二重に売買するような場合が、民法177条の登記をしなければ対抗できない「第三者」に当たる典型的な例です。AがBとCに二重に売却した場合、BとCは、一方が所有権を取得すれば他方が所有権を取得できないという「食うか食われるかの関係」にたち、先に登記をした者が勝ち、登記に遅れたものが負けるということになります。このような関係を、対抗関係とか、対抗問題といいます。
(2) 相続人に対しても登記が必要か
あなたが土地を購入し、代金を支払った後、登記名義を移転する前に売主が死亡してしまいました。土地をあなたに売却したことを知らない売主の相続人は、相続を理由として、不動産の所有名義を売主から相続人に移転させました。あなたは、登記のない状態で、相続人に対し土地の所有権を主張することができるのでしょうか。
相続も売買契約と同じく、所有権が移転する原因のひとつです。とすると、売主からあなたへの売買による所有権移転と、売主から相続人への相続による所有権移転という二重の移転ということになり、あなたと相続人とは(1)と同じく「食うか食われるかの関係」となるかにも思われます。
しかし、相続は、死亡した者の地位が包括的に相続人に移転する包括承継ですので、相続人は、不動産の所有権だけでなく、不動産をあなたに売却した売主の地位も同時に承継することになります。死亡した者と相続人は全くの同一であると考えられるのです。したがって、あなたは、売主に対して登記の移転を請求できるのと同じく、相続人に対しても不動産の所有権を主張し、登記を移転するよう請求することができるのです。
(3) 不法占拠者に対しても登記が必要か
あなたは一軒家を購入し、代金も支払いましたが、登記名義を移転させていませんでした。そのような間に、全く権限のない第三者がその家に勝手に住み着いてしまいました。あなたは、登記のない状態で、不法占拠者に対し、家の所有権を主張することができるのでしょうか。
民法177条の「第三者」とは「登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者」をいうと考えられています。全く権限のない第三者が「正当の利益」を有していないことは明らかですので、あなたは所有者として明渡請求や損害賠償請求をすることができます。
(4) 賃借人に対しても登記が必要か
あなたは、収益物件として、売主がテナントに賃貸している建物を購入しました。建物を借りているテナントに対して、賃貸人として賃料を請求したり、賃料不払を理由として賃貸借契約を解除したりする場合に、建物の登記名義を移転させておくことは必要なのでしょうか。
建物を購入した所有者としてのあなたの立場と、建物を賃借しているテナントの立場は、両立するものであり「食うか食われるかの関係」にあるわけではありません。
しかし、賃借人にとっては、誰が賃貸人であるかを容易に明確に判断できるのが望ましいことではあります。また、建物の所有者と賃貸人とをできるだけ同一とした方が権利関係を錯綜させず、望ましいといえます。そのようなこともあって、建物の買主が、賃貸人たる地位を賃借人に主張するためには、登記が必要とされています。
(5) 悪意の譲受人に対しても登記が必要か
あなたが不動産を購入したことを知りつつ(悪意)、売主から不動産を二重に購入した者に対しても、登記がなければ所有権を主張できないのでしょうか。
不動産が売買されたことを知っていたとしても、最初の買主に対して損害賠償金を支払うことを覚悟の上で、より良い条件を提示するなどして、不動産を購入しようとすることは、自由競争の範囲内として認められるというのが判例の考え方です。とすると、あなたが購入したことを知った上で、あえて二重に購入した者に対しても、あなたが所有権を主張するためには登記が必要ということになります。
ただし、あなたが登記を移転していないことに付けこみ、あなたに高く売りつけるなどの目的を持っているなど、自由競争の範囲を逸脱して、背信的な悪意者といえるような場合には「登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者」とはいえず、登記なくして所有権を主張しうると考えられています。