不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
周辺環境と売買契約上の説明義務
【Q】
昨年、マンションの11階の一室を購入しました。先月から入居して生活していますが、近隣にある銭湯の煙突から煙が排出されており、排煙が室内にまで流入しています。マンション購入時、売主業者から、近隣に銭湯があることや煙突から煙が排出されていることについて説明はありませんでした。これらの事実を説明しないことは、売買契約上の問題とならないのでしょうか。
【回答】
公衆浴場の煙突の存在及び排煙が流入している事実が、当該事案において、売買契約締結の可否の判断に影響しうると判断される場合には、重要説明義務違反の問題となる可能性が考えられます。
1 周辺環境
居住用不動産の買主は、平穏な生活を送る場として居室を利用するため、不動産の価格、立地、間取り等の建物自体の条件の他、日照、騒音、振動、臭気、排煙、嫌悪施設等の周辺環境についても考慮して、不動産購入の可否を判断しています。
不動産の価格、立地、間取り、仕様、権利関係等の物件情報や取引条件は、パンフレットの記載や現地案内等を通じて、買主が直接確認することができ、また、これらの情報は、宅建業法上の重要事項説明義務の対象事項となっているため、購入者は、売買契約締結までの間に、重要事項説明書の交付を受け、宅建業者から説明を受けることが出来ます。
一方、日照や騒音、振動、臭気、排煙等の周辺環境に関する事項は、主観的要素が大きく、また、日時・気候等により流動的に変化するため、広告等にも明確な記載はなく、現地案内に赴いても買主が把握することが難しいことも少なくありません。
また、これらの周辺環境に関する全ての事項が、宅建業者の重要事項説明義務の対象とは考えられておらず、取引ごとに、当該事情の程度、頻度、生活や健康への影響の有無、取引目的、取引経過等を総合的に判断し、契約締結への判断に影響を与えると判断される場合には、重要事項説明の対象となると考えられています。
そのため、売買契約の際に買主が説明を受けていなかった騒音や振動、排煙等の事情が、後に明らかとなり、これらについての重要事項説明義務違反や契約不適合責任の問題に発展する場合があります。
2 重要事項説明義務
周辺環境に関する説明義務が争われた裁判例は、日照、騒音、振動、臭気に関するもの等多種存在しますが、いずれの裁判例においても、各事案の具体的事情を総合的に斟酌し、当該事実が売買契約締結の判断に影響しうる事項か否か等を判断しています。
大阪地裁平成11年2月9日判決では、本件設問と同様、マンションの11階の部屋を購入した原告が、売主業者である被告に対して、マンションから約20メートルの位置に存在する公衆浴場の煙突の存在及び排煙の流入について、原告に説明すべき義務を怠ったとして、債務不履行(説明義務違反)に基づく損害賠償を請求しました。
同裁判例は、「本件建物が居住用であることから、居住者の生命、身体の安全及び衛生に関する事項は説明義務の対象となる事実に含まれると解されるが、それらの事実は多種多様であり、その影響も千差万別である。したがって、右事実のうちから一定の範囲の事実に限定して説明義務を課すべきであると考えられるところ、その基準については、通常一般人がその事実の存在を認識したなら居住用の建物としての購入を断念すると社会通念上解される事実とするのが合理的である」と説明義務の範囲を限定し「煙突から排出される煙が本件マンションへ流入していることは認められるが、排出される煙のうちどの程度が流入しているか」また、「本件煙突から排出される煙にいかなる成分が含まれ、その量がどの程度であり、このことにより本件建物の居住者に対して、本件煙突からの排煙が健康上どのような影響を及ぼしているかも不明である。」「他方、本件煙突が本件マンションの南西側角から20メートル離れていること、前記のとおり、常時大量の煙を排出しているわけではないこと、公衆浴場はいわゆる嫌悪施設ではなく、むしろ、利便を提供する施設であることが否定できないことを併せて考えてみると、通常一般人が、本件煙突が存在し、その排煙の流入の可能性についての情報を得ていないとしても、社会通念上その事実を知ったなら本件建物の購入を断念するほどの重要な事実とまでは評価できない」として、売主業者に煙突等の存在に関する説明義務はなかったとして、請求を棄却しました。
3 まとめ
前記裁判例の事情のもとでは、公衆浴場の煙突の存在及び排煙の流入の事実は重要事項説明の対象とはいえないと判断していますが、一方で、「居住者の生命、身体の安全及び衛生に関する事項」は説明義務の対象となりうるとしています。そのため、人体に有害性のある煙が排出されており近隣で問題となっている場合や、買主が健康上の理由から排煙等のない環境を条件としていることを事前に明らかにしている等の事情がある場合には、重要事項説明の対象に含まれる可能性があります。
売買契約締結前に周辺環境について全てを把握することは難しいですが、可能な限り時間・曜日等を変えて現地複数回赴き直接確認すること、また、周辺環境について特段の条件や希望がある場合には、事前に売主や媒介業者に説明し、情報提供を求めることが大切です。