仮差押登記がある不動産の売買について
相談事例
購入を検討しているA社所有の不動産(以下「本件不動産」といいます。)の登記記録の権利部(甲区)欄に、「仮差押」という記載があり、「債権者」としてX社の名前があります。聞いたところによると、X社がA社に対して商品を売ったにもかかわらず、A社は経営状態が悪化していることなどを理由に商品代金を支払っていないようです。この登記記録の記載にはどのような意味がありますか。また、このような不動産を購入することはできますか。
解説
1.登記の意味内容
相談事例にある登記記録は、仮差押登記というものです。
X社は、A社が商品代金を支払わないことから、商品代金債権を保全するため(将来の債権回収を確実なものにするため)、裁判所に対して仮差押命令の申立てを行い、裁判所が仮差押命令を発令したことによって、本件不動産について仮差押登記がなされたのです。
2.仮差押えとは
(1)仮差押えの必要性
仮差押えという制度を簡潔に表現すると、相手方からお金を確実に回収するために、民事訴訟(本案訴訟)での判決よりも前に、相手方の財産を仮に差し押さえて、相手方の財産の処分を制限しようとするものです。
X社は、なぜ仮差押えをする必要があったのでしょうか。
X社が、A社から商品代金を回収するためには、A社が自主的に支払いをしない以上、民事訴訟を起こし、勝訴判決を得て、A社の財産に強制執行(例えば、不動産を差し押さえて競売する、預金を差し押さえるなど。)して回収することになります。
ところが、民事訴訟を起こしてから判決までには、事案にもよりますが、ある程度の時間がかかります。仮に、X社は、A社の経営状態には不安があるものの、高く売却できる本件不動産があるから、この不動産を競売するなどすれば商品代金を回収できると考えていたところ、民事訴訟をしている間にA社によって本件不動産が売却されてしまったら、勝訴判決を得ても商品代金の回収ができなくなる可能性があります。
このようなリスクを踏まえると、X社としては、民事訴訟を起こす前に、将来、本件不動産からも商品代金を回収できるようにしたいと考えます。そこで、X社は本件不動産について仮差押えをしたのです。
(2)仮差押えの効果
本件不動産に仮差押登記がなされた場合、A社が、その後に本件不動産を売却するなどの処分行為をしたとしても(処分行為をすること自体はできます。)、X社が将来本件不動産について強制執行するときには、その処分行為をX社に対抗することができません。
例えば、A社が本件不動産を誰か(B社とします。)に売却したとしても、X社が、将来、勝訴判決を得て、本件不動産について強制執行する場合には、A社からB社に対する売却にかかわりなく、X社は本件不動産から商品代金の回収を図ることができます。
(3)「仮」という言葉について
仮差押えという言葉には、「仮」がついていることからもうかがえるように、当事者間の紛争は民事訴訟で決着をつけることが前提であるところ、仮差押えは、そのような決着がつくまでの間、仮定的・一時的に財産を差し押さえるものという性格があります。
そのため、原則として、X社は、仮差押えをしたあとは、A社に対して商品代金を支払うよう求める民事訴訟を起こす必要があります。またこの民事訴訟でX社が敗訴した場合には、仮差押えは取り消しの対象になります。
なお、仮差押えをするためには、裁判所に申立てを行い、裁判所が証拠に基づく判断をすることになりますが、この手続については、「仮」の差押えであることなどを踏まえて、通常の民事訴訟と比較して簡易で迅速な手続になっています。
3.仮差押登記がある不動産の売買について
本件に戻りますと、相談者がA社から本件不動産を購入すること自体はできます。しかし、すでに仮差押登記がありますので、相談者がA社から本件不動産を購入したとしても、A社とX社との間の民事訴訟でX社が勝ち、強制執行になれば、せっかく購入した本件不動産を失う可能性があります。
このような事態を避けるためには、A社とX社との間の紛争が解決するなどして、本件不動産の仮差押登記が抹消されてから、A社との間で売買契約を締結することや、仮差押登記の抹消が売買契約締結後になるのであれば、遅くとも売買代金の決済時には抹消することが必要になります。
仮差押登記の抹消にあたっては、A社がX社との間で交渉し、X社から仮差押えを取り下げるとの合意を取り付け、裁判所に取下書を提出するなどの手続が必要になります。なお、取下書を裁判所に提出してから法務局に書類が行って仮差押登記が抹消されるまでには、多少の時間がかかります。
このように仮差押登記がある不動産を売買するに当たっては、気を付けるべき点がありますので、信頼のできる仲介業者や弁護士等に具体的にご相談されることをおすすめいたします。