都市部のマンションの眺望をめぐるトラブルについて
【相談事例】
私は、部屋から隅田川花火大会の花火が見えることを重視して、また、それを取引先の接待にも利用できると考えて、本件マンションを建築した分譲業者から、北東向きの部屋(13階建ての6階)を購入しました。
分譲業者も、私が部屋から隅田川花火大会の花火が見えることを重視していたことを知っていました。
しかし、分譲業者は、1年もたたないうちに、通りを挟んだ向かい側に、本件マンションと同じくらいの高さの別のマンションを建築してしまいました。
そのため、購入した部屋からは、今まで見えていた隅田川花火大会の花火を見ることができなくなりました。
購入後、費用をかけて部屋の改造工事までしたにもかかわらず、花火を見ることができなくなってしまい、納得がいきません。
分譲業者に対し、損害賠償請求をすることはできないのでしょうか。
【裁判例のご紹介】
1. 東京地方裁判所平成18年12月8日判決
東京をはじめとする都市部における高層ビルの建築は、とどまることを知らない状況です。
そのため、今後ますます建物の部屋などからの眺め(眺望)が制限されていくことが予想されます。
眺望をめぐっては、多数の裁判例が出されていますが、今回は、都市部にあるマンションからの眺望をめぐってトラブルになった件をご紹介いたします(なお、裁判例につきましては、読みやすくするために、適宜、改行・省略などを行っています)。
相談例は、東京地方裁判所平成18年12月8日判決をベースにしたものです。
裁判所は、同事案において、
・原告夫婦が隅田川花火大会の花火が観覧できるという部屋の特徴を重視し、これを取引先の接待にも使えるという考えのもと、当該部屋を購入したことが認められ、被告(分譲業者)においてもそのことを知っていた。
・隅田川花火大会は著名な花火大会であって、毎年多数の観客が訪れることで有名である。
会場周辺で居住者以外の者が花火を鑑賞するには、混雑する公道から見るか、隅田川の屋形船から見るしかない。しかし、屋形船の予約は極めて困難である。
こうした隅田川花火大会をめぐる状況からは、これを室内から観賞できることは取引先の接待にとって少なくない価値を有していた。
と認めた上で、
・被告は、原告らに対し、信義則上、当該部屋からの花火の観望を妨げないよう配慮する義務を負っていた。
・しかし、被告は、原告らに当該部屋を販売し、引き渡した翌年から別のマンションの建築に着手し、その翌年には同室から花火が見えない状態にしてしまった。
被告の別マンションの建築は信義則上の義務に違反するものといえるので、被告は原告らに生じた損害を賠償しなければならない。
と判断しました。
その上で、原告らが被った損害について、次のように述べて、原告らから被告(分譲業者)に対する慰謝料の請求(夫婦合わせて60万円)を認めました(原告らは、財産上の損害についても請求していましたが、裁判所は認めませんでした)。
・原告らが、当該部屋からの観望という価値を重視して、取引先の接待にも使えるという考えの下に当該部屋を購入し、改造工事までしたのに、その目的のためにはほとんど使えなかったこと、隅田川花火大会を室内から観賞できること自体に価値があることを合わせて考えると、原告らが受けた精神的苦痛は相当なものであった。
・一方で、被告は、本件マンションの北東向きの部屋を購入した者の多くが隅田川花火大会の花火の観望という価値を重視して部屋を購入したことを知り、あるいは知りうる状況であった。
それにもかかわらず、十分な配慮をせずに、わずか1年も経ずにその観望を妨げるマンションの工事に自ら着手し、その後の説明会でも十分に誠意を尽くした対応をしなかった。
・しかし、本件マンションは都心に位置しており、都心における高層ビルの建築が相次いでいるという状況を考えると、隅田川花火大会の花火を鑑賞する利益といっても、本件のように売主自身がこれを妨げる行為をしたという特殊な事案を除き、いかなる場合も法的に保護すべき利益であるとまではいえない。
・向い側の別マンションの建築は建築基準法上適法なものであること、被告が建築しなかったとしても、いつか、だれかが同様の規模のマンションを建築することも考えられるという点も慰謝料の算定にあたり十分に考慮されなければならない。
2. 大阪地裁平成20年6月25日判決
このように、東京地方裁判所は、相談例のもととなった事案において、購入者の分譲業者に対する慰謝料請求を認めましたが、反対に、損害賠償請求を認めなかった裁判例についてもご紹介いたします。
事案は、原告らが、都市部(大阪市浪速区)にある超高層マンション(地上28階、地下1階建)の事業主かつ売主であった被告から、高層階の部屋を購入したところ、近隣(約82.5m離れた場所)に、被告が別の超高層建築物(地上39階、地下1階建)を建築した結果、眺望が悪くなったと主張して、眺望に関する説明義務違反などを理由に損害賠償を請求した、というものです。
大阪地方裁判所は、この事案において、以下のように述べて、原告らの主張を認めませんでした。
・特定の場所からの観望による利益(眺望利益)は、たまたまその場所の独占的占有者のみが事実上享受しうることの結果として、その者に独占的に帰属するにすぎないため、建物からの眺望利益を受けることが社会観念上からも独自の利益として承認されるべき重要性を有する場合に限って、法的に保護される。
・本件マンションは、大都市大阪の中心部、都市計画法上の商業地域に位置し、建築基準法上の日影規制もなく、容積率は1000%とされている土地にたてられている。
住民である原告らがたまたま周辺に同程度の高さの高層マンションが存在しなかった結果として、良好な眺望を独占的に享受していたのだとしても、その享受が社会通念上独自の利益として承認されるべき重要性を有し、法的保護に値するものであったとはとうてい認められない。
・周辺に設置された大看板等に書かれたマンション所在地区の周辺予想図や、所在地区開発協議会作成のチラシに、本件マンションの東方に本件マンションと同程度の高さの高層建物が描かれており、これらを見れば本件マンションの東方に、高層建物が建築される可能性があることは一目瞭然であり、原告らはその可能性を十分に認識しえた。
・重要事項説明書に、
将来本マンション隣接地および周辺に都市計画法、建築基準法等法律等の許容する範囲内の中高層建築物が建築される場合があること、
特に本マンション南側近接地および東側近隣地は開発予定であり、本マンションの眺望、日照条件、交通量等に変化が生じる場合があること等、周辺環境を充分調査確認のうえこの契約を締結し、以後この環境について売主および関係者に対し何ら異議を申し立てないこと、
という条項があった(売買契約書の特約条項にも同様の条項があった)。
・担当者の勧誘内容や説明が事実に反するものとはいえない。
・被告において、売買契約締結に先立ち、敷地に中高層建築物が建築されて眺望に変化が生じる可能性があることを十分に説明していた。
被告において、敷地に原告らの眺望を阻害するような高層マンションが建つ可能性を説明せず、逆に、将来的にもそうした事態は生じないであろうと保証し、あるいはそのような信頼を与えるかのような言動を用いて売買契約を締結した(その結果、原告らにおいて、将来的にも良好な眺望が保証されるものと誤信して本件売買契約を締結した)という事実は認められない。
・被告の説明義務違反ないし虚偽説明を前提として、被告が原告らの眺望利益を違法に侵害した旨の原告らの主張は、その余の点を検討するまでもなく、失当である。
3. まとめ
ご紹介した2つの裁判例は、原告らが居住するマンションを販売した業者が、自らマンションからの眺望を阻害する建物を建築・販売したという事案に関するものです。
また、いずれの事案においても、裁判所が都市部のマンションからの眺望利益については法的に強く保護されるものではないとしている点で共通しますが、結論は異なっております。
購入者が眺望に価値を置いて購入していたか、その点について分譲業者がどのように認識していたか、購入者が分譲業者からどのような説明を受けていたか、重要事項説明書などの客観的資料の記載内容などが影響したものと考えられます。
都市部のマンションからの眺望を重視してマンションを購入される際には、眺望利益の位置づけや分譲業者の説明などに十分にご留意いただき、専門家にご相談いただくことをお勧めいたします。
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