宅建業者からの名義借りに関する最高裁判決
宅地建物取引業法(宅建業法)は、宅地や建物の売買・交換又は売買・交換・賃借の代理や媒介を業として行う行為を宅地建物取引業(宅建業)とし(2条2号)、それを営もうとする場合には免許を受けなければならないとしています(3条1項)。免許を受けない者は宅建業を営んではならず(12条1項)、自己の名義をもって他人に宅建業を営ませてはならない(名義貸しの禁止、13条1項)としています。
今回は、宅建業者からの名義借りに関する令和3年6月29日の最高裁判決を紹介します。
1 事案
(1) Xは、自らを専任の宅地建物取引士とする会社での勤務を続けつつ、その人脈等を活用して、新たに設立する会社において不動産取引を継続的に行うことを計画し、その後、YがXの計画に加わり、Yが計画実行のためのY社を設立してその代表取締役に就任し、Yを専任の宅地建物取引士として宅建業の免許を受けた。
(2) Xは、不動産仲介業者であるAから、Bの所有する土地建物の紹介を受け、Xは、自らの計画に基づく事業の一環として取引を行うことにしたが、Yに対する不信感から、この土地建物に限ってY社の名義を使用し、その後はYやY社を事業に関与させないことにしようと考え、XとYとの間で次のようなやり取りがなされた。
ⅰ 本件土地建物の購入及び売却についてはY社の名義を用いるが、Xが売却先を選定した上で売買に必要な一切の事務を行い、その責任もXが負う。
ⅱ 本件土地建物の売却代金はXが取得し、購入代金及び媒介報酬の費用等を賄い、Y社に対して300万円を分配する。Y社は、本件土地建物の売却先から代金の送金を受け、購入代金、費用等及び300万円を控除した残額をXに対して支払う。
ⅲ 本件土地建物の取引の終了後、XとY社は共同して不動産取引を行わない。
(3) 本件土地建物については、Bを売主、Y社を買主とし、代金を1億3000万円とする売買契約が締結され、直後にY社を売主、Ⅽを買主とし、代金を1億6200万円とする売買契約が締結された。これらの売買契約については、Xが売却先であるCの選定、Aとのやり取り、契約書案及び重要事項説明書案の作成等を行った。
(4) Xは、Y社に対し、本件土地建物の売却代金からその購入代金、費用等及び300万円を控除した残額が2319万円余りとなるとして、同売却代金の送金を受け次第、本件合意に基づき同額を支払うよう求めた。
Y社は、売却代金1億6200万円の送金を受けたが、自らの取り分が300万円とされたことなどに納得していないとしてXの求めに応じていなかったが、その後、Xに対し1000万円のみの支払をした。
(5) Xは、Y社に対し、XY間の上記(2)のⅰ、ⅱ、ⅲの内容の合意(以下「本件合意」)に基づいて支払われるべき金員の残額として1319万円の支払を求める訴訟を提起し、Y社は、Xに対し、1000万円の支払は法律上の原因のないものであったと主張して、不当利得返還請求権に基づき、その返還を求める反訴を提起した。
2 第1審、控訴審の判断
第1審は、本件合意は成立していないとして、Xの本訴請求を棄却しました。また、Y社の反訴請求については、1000万円はXが遂行した業務に対する報酬として任意に支払われたものであり、法律上の原因がないとはいえないとして、こちらも棄却しています(平成30年11月30日 東京地裁立川支部 判決)。
これに対し、控訴審は、本件合意の成立を認め、その効力を否定すべき事情はなく、本件合意の効力が認められると判断して、Xの本訴請求を認容し、1000万円は合意に基づく金員の一部として支払われたものとして、Y社の反訴請求を棄却しました(令和元年9月26日 東京高裁 判決)。
3 令和3年6月29日 最高裁判決の概要
上記控訴審判決に不服であったY社は、本件合意は宅建業法13条1項に違反し無効であると主張して最高裁に上告をし、最高裁はこれを受理して次のように判断しました。
「宅建業者が無免許者にその名義を貸し、無免許者が当該名義を用いて宅地建物取引業を営む行為は、宅建業法12条1項及び13条1項に違反し、同法の採用する免許制度を潜脱するものであって、反社会性の強いものというべきである。そうすると、無免許者が宅地建物取引業を営むために宅建業者との間でするその名義を借りる旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反し、公序良俗に反するものであり、これと併せて、宅建業者の名義を借りてされた取引による利益を分配する旨の合意がされた場合、当該合意は、名義を借りる旨の合意と一体のものとみるべきである。
したがって、無免許者が宅地建物取引業を営むために宅建業者からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、同法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものとして、公序良俗に反し、無効であるというべきである。
本件合意は、無免許者であるXが宅建業者であるY社からその名義を借りて本件不動産に係る取引を行い、これによる利益をXとY社で分配する旨を含むものである。そして、Xは本件合意の前後を通じて宅地建物取引業を営むことを計画していたことがうかがわれる。これらの事情によれば、本件合意は上記計画の一環としてされたものとして宅地建物取引業法12条1項及び13条1項の趣旨に反するものである疑いがある。
Y社は、控訴審において、本件合意の内容は同法に違反する旨を主張していたものであるところ、控訴審は、上記事情を十分考慮せず、同主張について審理判断することなく本件合意の効力を認めたものであり、この判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」
そして、控訴審の判決中Y社敗訴部分を破棄し、本件合意の効力等について更に審理を尽くさせるために本件を控訴審に差し戻しました。
4 解説
宅建業の免許を有しない者が、免許を受けた宅建業者からその名義を借りる名義貸しは、「3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金」という刑事罰が科される行為です(宅建業法79条3号)。名義貸しの合意は、宅建業法が採用する免許制度の目的と相いれず、その潜脱を目的とするものであって、反社会性が強いと考えられています。そして、名義貸し合意がされる場合には、名義貸し料を支払う旨の合意がされるのが一般的ですが、このような名義貸しの対価に関する合意も名義貸しの合意と一体のものとして公序良俗に反すると解されています。本判決の事案に出てくる本件合意は、宅建業者の名義を借りてなされた取引による利益を分配する旨の合意ですが、最高裁は、同様の観点から公序良俗に反して無効と判断しています。
宅建業法13条1項が禁止する名義貸しとは、宅建業者が自己の免許名義を他人に使用させて、その他人の責任と計算において宅地建物取引業を営ませることをいいます。本件では、Xが一切の事務を行い全ての責任も負うとされていましたが、Y社の口座が利用されるなど共同事業としての側面もあることより、Xの計算においてなされたといえるかの検討が必要であると思われます。また、名義貸しに該当するためには、名義借り人が営利目的で反復継続して行う意思のもとに宅建業にあたる行為をすることが必要です。Xは、元々仲間とともに宅地建物取引業を営むことを計画していましたが、本件合意はその計画の一環としてされたものとして営利の目的で反復継続して行う意思のもとでされた疑いがあります。他方でXがY社の名義を使用するのは本件限りとするといった事情も存在しています。
Y社は、控訴審において、本件合意の内容が宅建業法に違反する旨を主張していましたが、控訴審は、同主張について詳しく検討することなく本件合意の効力を認めており、Xの「計算」といえるかとの点や「反復継続して行う意思」の有無等についての認定判断をしていませんでした。
以上から、最高裁は、本件合意が名義貸しを禁止する宅建業法13条1項に違反するか否かにつき十分な審理がされていたということはできないとし、この点についての審理を尽くさせるため、本件を控訴審に差し戻したものと考えられます。
また、本件合意が公序良俗違反により無効となる場合には、Y社のXに対する反訴請求について、1000万円の支払が不当利得として返還すべきでないかとの点が問題となります。
なお、公序良俗違反により無効となるのは、名義貸し人と名義借り人との間の内部的な名義貸しの合意とこれと一体としてされた利益分配の合意です。名義を借りてなされた外部者との取引行為自体は無効となるものではなく、XやY社が買主ないし売主として締結した各売買契約は有効であり、XやY社が外部者との関係で買主ないし売主として負う責任を免れるものではありません。
本判決は、宅建業法の趣旨に反する名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意が、公序良俗に反し無効であるとの判断を最高裁において初めて示したものであって、重要な意義を有すると考えられていますが、本件合意が公序良俗に反し無効となるかについては、更なる検討が必要となります。