買主が売買代金を支払ってくれない
事例
私は親から相続した土地を売却することにし、不動産会社に探してもらった買主との間で売買契約を締結しました。契約を締結したときに10%の手付金を受け取り、土地の引き渡しと残代金の支払いを行う決済期日は、契約締結日の3か月後となりました。
ところが買主は、決済期日の間際になって、残代金を支払わないと言い出しました。なお、手付解除の期限は過ぎています。
私は売主としてどのような手段を取ることができるでしょうか。
回答
1.売主の選択肢
売買契約を締結するときに手付金が支払われた場合、買主は、手付金を放棄して売買契約を解除することができます。(買主は「手付金を返さなくて良いので、売買契約を解除して白紙に戻したい」と言える、ということです。)このような手付解除はいつまでも行えるわけではなく、売買契約で定められた手付解除の期限を過ぎた場合や、売主が契約の履行に着手した場合には、手付解除をすることはできません。今回の事例では、手付解除の期限を過ぎていますので、買主は手付解除をすることはできません。
買主が残代金の支払いを行うべき決済期日に残代金を支払わない場合、売主としては、売買契約を解除せずに残代金を請求するか、売買契約を解除するかの、大きく分けて2つの手段を取ることができます。
2.売買契約を解除せずに残代金を請求する場合
土地の売買契約とは、売主が買主に土地の権利を渡し、これに対して買主が代金を支払う、という約束です。このような契約を締結したのですから、売主は買主に対し、売買契約に基づき、約束どおり残代金を支払うよう請求することができます。
注意が必要なのは、売主としても、売買契約で定められた義務を果たす必要があるということです。決済期日には、売主は、買主が残代金を支払えば契約どおり買主に対して登記書類を渡して土地を引き渡せるよう、きちんと準備しておく必要があります。
ところで、事例のように、決済期日よりも前に、買主が残代金を支払わないようなことを言っていて、せっかく決済期日に待っていても無駄になると予想される場合、それでも売主は登記書類を準備して待っていなければならないのかが問題となることがあります。厳密には、決済期日よりも前に買主が土地の引き渡しを受領しないことを明言しているような場合について異なるルールがありますが、本当に受領を拒絶していたのかどうかというトラブルがあり得ます。「売主が土地を引き渡そうとしなかったから、買主としても残代金を支払う必要はないはずだ」などと主張されないよう、売主としては、予め決められた決済期日の時間・場所において、土地の引き渡しの準備をして買主を待ち、買主が契約どおりに残代金を支払えば土地を引き渡せるようにしておくのが無難でしょう。
決済期日に買主が残代金を支払わなければ、売主は買主に対し、残代金の支払いを請求することができます。なお、決済期日の翌日以降の遅延利息(契約で定められた割合により、契約に定めがなければ原則年5%)もあわせて請求することができます。
請求の方法としては、電話や面談など口頭で支払いを求めることも、書面を郵送することも考えられます。
裁判所を通じて強制的に支払いを求めるためには、「訴状」という書面を裁判所に提出して訴訟(裁判)を提起する必要があります。訴訟においては、買主の側から、売買対象の土地に重大な問題があるとか、売主側の説明に問題があったとか、売主が契約に基づく義務を果たしていない、といった反論がなされることがあります。売主が勝訴判決を得られるかどうかはこういった点についての具体的な事情によりますが、買主に対し支払いを命じる判決が得られれば、売主は、買主の財産を差し押さえて強制的に残代金を回収することができます。
なお、買主が所有する不動産や、預金口座(金融機関名と支店名)が分かっている場合には、訴訟を提起する前に「仮差押え」という、財産がなくなってしまうことを防止するための手段を検討することもあります。
3.売買契約を解除する場合
このように売買契約に基づき残代金を請求する場合は、売買契約が有効なまま生きていますから、売主としても、買主に対して土地を引き渡す義務を負っている状態が続きます。したがって、売主は買主以外の人に同じ土地を売ることはできません。
これに対して、買主が残代金を支払おうとしない以上、売買契約を解除し白紙に戻して、他の人に土地を売ることも考えられます。
売買契約を解除するためには、契約書の定めにもよりますが、原則として、決済期日が過ぎた後に一定期間を定めて履行の催告をした上で、契約解除の意思表示をする必要があります。事例であれば、売主は、決済期日において土地の引き渡しの準備をした上で買主の残代金支払いを待ち、買主が支払わなかった場合、例えば「本書面の到達後1週間以内に残代金を支払って下さい」という履行の催告をします。それでも支払わなかった場合には解除の意思表示をすることができますが、催告の書面で同時に停止条件(停止期限)付解除の意思表示を行うことも認められています。催告や解除の意思表示は、配達証明付きの内容証明郵便という方法で送付することにより確実な証拠となります。
売買契約の内容によりますが、売買契約を解除した上で、売買代金の一定割合相当の違約金を請求できると定められていることがあります。売買契約にこのような定めがあれば、売主は、以上のように催告、解除を行った上で、買主に対して違約金を請求することができます。買主がすんなりと違約金を支払ってくれない場合、強制的に取り立てるには、訴訟を提起する必要があります。
買主が売買代金を支払ってくれない場合に売主として取り得る手段について、おおまかなアウトラインをご説明しました。実際にこのようなトラブルが発生すれば、自分自身で裁判などを行うのは困難ですが、トラブル発生時のおおまかな流れを知っておくことは、いざという時の備えになるかもしれません。