賃貸物件を買うときに気をつけること~定期建物賃貸借契約
賃貸物件を売買で取得するにあたって気をつけることとして、今回は「定期建物賃貸借契約」をとりあげます。
賃貸物件を取得する際には、現在の賃借人がどのような内容の賃貸借契約を締結して物件を占有するのか、賃貸物件の「売主」であり、かつ、「賃貸人」である者から、説明をもらうとともに、実際に契約締結済みの賃貸借契約書の開示を求めるのが通常です。
先日、ある「賃貸物件を買おうと考えておられる方」が、「賃貸物件の売主側」から、実際に締結済みの賃貸借契約書の説明を受けました。
賃貸借契約書の題名は、「定期建物賃貸借契約書」であること、定期建物賃貸借契約は契約期間が終了すれば更新されることもなく必ず明渡しを求めることができること、立退料なども支払う必要がないこと、定期建物賃貸借契約が終了し、賃借人に必ず退去してもらえるため、その後、新たな賃借人の募集やどのような賃貸借契約を締結していくかは自由に決められることなど、その「賃貸物件を買おうと考えておられる方」は、そうした説明を受けたそうです。
そのような経緯があって、その「賃貸物件購入予定の方」が法律相談にこられました。
ここがポイント
1 「賃貸物件購入予定の方」は、もともと「定期建物賃貸借契約」というものを聞いたことがあり、それは、更新がなく、期間の満了によって終了し、立退料を支払う必要もないし、正当事由の有無に関係なく、必ず貸主は明渡しを求めることができる、と理解していました。
そして、「賃貸物件購入予定の方」が、これまでの賃貸借契約を確認したところ、賃貸借契約書の題名が「定期建物賃貸借契約書」と記載され、「借地借家法38条1項に基づく定期建物賃貸借であり、契約の更新がなく、期間の満了による終了すること」とも記載されている、とのことだったので、それは貸主にとって好都合の賃貸物件だ、と考えたのです。
しかし、賃貸借契約書のそのような記載のみで有効な定期建物賃貸借契約と考えると極めて危険であり、契約書の記載だけでは判断材料として極めて不十分であるということが、今回のテーマの大きな注意点です。
以下、項をかえて述べさせていただきます。
2 ご存じの方が多いと思われますが、そもそも借地借家法は、賃借人側を厚く保護しています。更新拒絶等の通知を貸主がしても、正当事由がなければ契約は更新して存続しますし、正当事由を貸主が認めてもらうにはかなり高いハードルがあります。借主は借主で自己使用の必要性などを主張されるため、それらの総合考慮として貸主の正当事由が上回るというハードルは高いのです。
契約書に「正当事由」が無くても貸主は借主に対し明渡しを求めることができると記載して、貸主と借主の双方が合意して契約書に調印してあっても、借地借家法がそのような合意は認めず、無効となってしまうのです。
さらに、貸主の正当事由が肯定される場合でも、貸主は多くの場合、立退料を支払わなければならず、裁判の判決で、高額な立退料の支払いが命じられることもあります。なお、高額な立退料の支払いであっても、その支払いを条件として「借主は貸主に対し明渡せ」という判決であれば、まだ貸主側にとっては金員を払えば明渡ししてもらえるわけですが、そもそも、貸主の正当事由が認められないと、「そもそも立退料をいくら支払えばよい、という問題ですらなく、貸主が求める明渡しはそもそも認められない」という判決になります。
3 以上が普通の借地借家法ですが、それでは、いったん貸すと返してもらうことが貸主にとって困難になることから、良質な住宅等の供給が制約されているのではないか、という問題意識が発生しました。そうした観点から、特別な手続き・ルールに従った場合に限り、期間がくれば契約の更新がない、新たな賃貸借契約の類型を認めよう、という考えとなり、建物でいえば「定期建物賃貸借契約」が創設され、平成12年3月1日から施行されています。「定期借家」とも言われます。
4 厳格なルール~その1
以上の次第ですので、「定期建物賃貸借契約」として有効と認められるためには、通常の賃貸借契約書より、賃貸人にとって厳しいルールに沿ったものでなければなりません。単に、契約書の標題に「定期建物賃貸借契約」と記載されているだけではいけません。
まず、契約書の標題が「定期建物賃貸借契約書」となっていても、その契約書の中身において「期間の定めがあり」、かつ、「契約の更新がない」ことが一義的に明示されている必要があります。
契約書の中身の記載において、自動更新の規定の記載や、契約更新できることを前提とする条項が記載されていると、それは「契約の更新がない」ことが一義的に明示されていることにはならず、定期建物賃貸借契約ではない、と判断されてしまいます。そのような裁判例もあります。
5 厳格なルール~その2
民法の原則からしますと、契約成立に書面は必ずしも必要ではなく、口頭でも契約は成立しますが、定期建物賃貸借契約の場合、必ず書面によって契約をしなければなりません。
借地借家法は、借主を保護している法律ですが、そのなかで、更新がなく期間満了により確定的に契約が終了するという、賃借人にとって保護が後退する例外的で特別な制度が定期建物賃貸借契約であるため、厳格な要件のもと、厳格な手続きがふまれて、はじめて認められる、というのが定期建物賃貸借契約です。定期建物賃貸借契約の場合「必ず書面によって契約をしなければならない」ということも、そうした制度趣旨に基づくものです。
6 厳格なルール~その3
定期建物賃貸借契約を締結するには、賃貸人は、契約前にあらかじめ、賃借人に対し、更新がないことについて、説明をしなければなりません(借地借家法38条2項)。
この「更新がないこと」を「契約前にあらかじめ」「説明」しなければならないことを「事前説明」といいますが、この事前説明がなされなかったときは、「更新がない」といくら契約書に記載されていても、効力はありません。「更新がない」と記載されていても、効力がない、とされる結果、その賃貸借契約は「定期建物賃貸借契約」ではなく「普通建物賃貸借契約」として成立してしまいます。
貸主側からすれば、契約更新がなく期間満了により明渡しを必ず求められると期待していたことが、「事前説明」がないと、定期建物賃貸借契約の効力が認められない普通建物賃貸借契約として、借主が強く保護されている契約になってしまうのです。
7 厳格なルール~その4
事前説明を行うには書面の交付を要します。以下、事前説明のための書面を「説明書面」といいますが、説明書面を賃借人に交付していなければ、事前説明をしたことにはなりません。
それでは、この「説明書面」は、契約書と別個独立の書面が必要でしょうか。それとも、契約書が「説明書面」を兼ねることができるでしょうか。
これについては、契約書とは別個独立の書面が必要です。
定期建物賃貸借契約において、事前説明・説明書面が必要とされたのは、契約の締結に先立って、賃借人になろうとする者に対して、「定期建物賃貸借は、契約の更新がなく、期間の満了により終了すること」を理解させ、「当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供すること」のみならず、「説明においてもさらに書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止すること」にあります。
そのような趣旨からしますと、契約の締結に先立って、賃貸人において、契約書とは別個に、説明書面を交付したうえ説明すべきとしたものです。
以上の「事前説明」「説明書面」は、いくら定期建物賃貸借契約書という表題の契約書が調印されていても、「事前説明」をした、ということや、「説明書面」を交付した、ということが確保されていることにはならないため、契約書とは別に、「事前説明」をした、「説明書面」を交付した、ことをきちんと書面により確認しなければなりません。
8 以上のように、定期建物賃貸借契約の効力が認められるためには、賃貸人にとって、単に「定期建物賃貸借契約」という表題の契約書が存在するだけでは不十分です。
前述の相談事案で、「賃貸物件購入予定の方」がこれまでの賃貸借契約を確認したところ、賃貸借契約書の題名が「定期建物賃貸借契約書」と記載され、期間が明記されたり、「借地借家法38条1項に基づく定期建物賃貸借であり、契約の更新がなく、期間の満了による終了すること」とも記載されていたとしても、前述の厳格なルール~その3,その4に記載されている事前説明・説明書面という手続きがきちんと履行されているかどうか、を慎重に確認する必要があります。それら手続きが不備であると、前述のとおり、定期建物賃貸借契約の効力が認められず、普通建物賃貸借契約として成立してしまっているかもしれません。
「賃貸物件購入予定の方」は、「定期建物賃貸借契約」の賃貸物件を購入する場合、以上のような点を事前確認し、注意を払うことが必要です。