近時、問題になった事例から~土地にふっ素が含まれていた事例
今回は、具体的なケースを題材に、不動産売買をめぐる法律問題をご紹介したいと思います。下記の事例は、実際に最高裁判所まで争われた事案をもとに作成した事例です。当事者や金額などを変更し、内容を簡略化したものですが、以前、こちらのアドバイスでも紹介させて頂いた瑕疵担保責任や土壌汚染の問題にかかわるものです。
事例
Aさんは、平成3年○月×日に、Bさんから土地を5000万円で買いました。その土地には、ふっ素が含まれていました。しかし、AさんがBさんから土地を買った当時、土地の土壌に含まれるふっ素について、法律などの規制はありませんでしたし、社会一般の考え方としても、ふっ素が土壌に含まれているからといって、それによって人の健康に被害が生じるおそれがあるとは考えられていませんでした。そして、Aさん、Bさんも社会一般の考え方と同じようにふっ素によって人の健康に被害が生じるおそれがあるとは考えていませんでした。
平成13年に法令が改正され、土壌に含まれるふっ素について、環境基準が定められました。また、平成15年には、土壌汚染対策法が施行され、ふっ素は、特定有害物質に指定されました。そして、同法により、土壌に含まれるふっ素の量に関する基準値が定められました。
平成17年に、AさんがBさんから買った土地を調査したところ、土地には、土壌汚染対策法の基準値を超えるふっ素が含まれていたことが分かりました。Aさんは、法令上必要となる土壌汚染対策のために、3000万円を支出しました。
Aさんは、瑕疵担保責任を根拠に土壌汚染対策にかかった3000万円をBさんに請求したいと考えています。
1.瑕疵担保責任とは
Aさんは、「瑕疵担保責任」を根拠にBさんに3000万円の支払いを請求しようとしています。「瑕疵担保責任」については、以前にこちらのアドバイスでも紹介させていただきました(詳しくは2014年9月号の「不動産売買のときに気をつけること~瑕疵(かし)担保責任とは?」をご参照ください。)。そのため、「瑕疵担保責任」とは、平たく言えば、売買の目的物に注意をしても気づかない欠陥があった場合に、その負担を買主に被せるのは不公平だから、売主に欠陥の負担をしてもらったり(損害賠償請求)、買主からの契約の解除を認めようという制度です。
「瑕疵」とはあまり耳慣れない言葉ですが、上で述べたとおり目的物の欠陥のようなものをイメージしていただけばよいかと思います。法律上は、「瑕疵」とは、「通常有すべき品質・性能を欠いていること」と定義されています。
2.土壌汚染と瑕疵担保責任
事例では、土地の土壌に法令の基準値を超えるふっ素が含まれていたことが、「瑕疵」にあたるかどうかが問題になります。
そして、土壌汚染と瑕疵担保責任については、2014年12月号のアドバイス「土壌汚染の問題は土地の売買にどんな影響を与える?」にも書かれていますが、「土壌汚染対策法ができてからは、とくに国民や企業の間で土壌汚染に対する意識が高まっていることからすれば、土地に土壌汚染対策法の基準を超える汚染があることは、土地の「瑕疵」にあたるといえる」と考えられます。
ということは、本件では、土壌汚染対策法の基準を超えるふっ素が含まれていることから、土地に「瑕疵」があり、Aさんの瑕疵担保責任に基づく3000万円の請求は認められるということになるとも考えられます。
3.本事例特有の問題点
しかし、本件でAさんの請求を認めてもよいものでしょうか。事例にもあるように、AさんがBさんから土地を買った平成3年当時は、ふっ素によって人の健康に被害が生じるおそれがあるとは考えられていませんでした。先ほどのアドバイスの引用にも「土壌汚染対策法ができてからは…土地の「瑕疵」にあたる」という限定がついています。
Bさんの立場から考えると、当時の基準では問題ないと考えられていた土地を売ったにもかかわらず、平成15年に土壌汚染対策法ができたことによって、後から損害賠償を請求されたのではたまったものではないともいえます。
他方、Aさんの立場からすると、土地を買った当時から含まれていたふっ素が人の健康に被害を生じさせるおそれがあるものであるとわかったのだから、そのふっ素を取り除く費用は売主であるBさんが負担しなければ不公平だと考えるかもしれません。
Aさん、Bさん両方の立場から考えると分かるように、本件は、売買契約当時から、「ふっ素が含まれている」という「瑕疵」の根拠となる事実があったことは間違いないのですが、売買契約当時には、「ふっ素が含まれている」土地が「瑕疵」のある土地であると評価するだけの取引観念がありませんでした。
そのため、本事例のもととなった事案においても、この問題点を中心に、瑕疵担保責任に基づく請求が認められるかが争われ、東京高等裁判所と最高裁判所で反対の結論が示されるということになりました。
4.東京高等裁判所判決の考え方
東京高等裁判所は、本件との比較対象として、「土地に、有害物質が含まれていたが、売買契約の当時は、十分な注意をしても有害物質を発見できず、後から有害物質の存在が判明した場合」というケースを挙げました。このケースは、典型的に瑕疵担保責任が認められるケースです。
そして、東京高等裁判所は、本件も典型ケースも、有害物質が危険なレベルで含まれており、土地が通常持っているべき性能を欠いている点で共通していることなどを指摘しました。
その指摘を主な理由として、東京高等裁判所は、本事例と類似の事案においても瑕疵担保責任による損害賠償請求が認められると判断しました。
東京高等裁判所の判決によれば、本件でも、Aさんの3000万円の請求が認められることになります。
5.最高裁判所判決の考え方
しかし、最高裁判所は、東京高等裁判所とは異なる判断を示しました。
先ほど、「瑕疵」とは、法律上、「通常有すべき品質・性能を欠いていること」をいうと述べました。最高裁判所は、「通常有すべき品質・性能」として売主と買主がどのようなものを予定していたかということについて、契約を結んだ当時の取引観念をもとに判断すべきと判示しました。
この判断をもとに、本事例を見てみると、契約を結んだ平成3年当時は、ふっ素が法令の規制の対象とはなっていませんでした。また、AさんとBさんの間で、土壌にふっ素が含まれていないことや平成3年当時に有害性が認識されていたかどうかにかかわらず、人の健康に被害が生じる一切の物質が含まれていないことを予定していたという事情もありません。
そのため、AさんもBさんも契約を結んだ当時、健康に被害を生じさせるおそれがあるとは考えられていなかったふっ素が土地に含まれていないことを予定していたとはいえません。これより、土地は、Aさん、Bさんが予定していた「通常有すべき品質・性能」を欠いていたとはいえないので、「瑕疵」が認められず、Aさんの3000万円の請求は認められないという結論になります。
6.本事例を踏まえた留意事項
以上の東京高等裁判所と最高裁判所の判断のうち、やはり最高裁判所の判断が妥当であろうと考えます。契約を結んだ当時の取引観念をもとに「瑕疵」があるかどうかを判断しなければ、その後の科学の発達により、全く予想できない瑕疵担保責任を負わされる危険があるからです。そのような危険があるとすれば、売主は瑕疵担保責任から解放されなくなってしまいますが、その結論は不当といえるでしょう。
また、類似事案の判決からも分かるように、目的物に「瑕疵」があったかどうかを判断する場合、契約当時の取引観念を基準にして、売主と買主が目的物としてどのようなものを予定していたかということが考慮されます。
そのため、不動産を売却する場合には、買主の方がどのような目的でその不動産を買おうとしているのかということに注意をはらいながら、よく協議して契約の条項を決めるようにすると後々の紛争を防ぐことができるかもしれません。