仲介業者から紹介された相手方との直接取引と仲介報酬
不動産を購入しようとしている者が、仲介業者(宅地建物取引業者)から物件の紹介を受け、仲介業者を通じて、代金額などの条件について交渉をし、売買契約成立に至った場合には、仲介業者に対して、所定の手数料{仲介報酬(媒介報酬)}を支払わなければなりません。
それでは、紹介を受けた物件の所有者と直接交渉をして契約を締結した場合も、仲介報酬を仲介業者に支払わなければならないのでしょうか。
今回は、「直接取引」とか「抜き取引」と呼ばれるケースと仲介報酬について取り上げます。
仲介報酬の支払義務と直接取引の問題
仲介業者に対する報酬の支払義務は、
①仲介業者との間で仲介契約(媒介契約)が成立し、
②仲介業者が、物件の紹介、当事者の引合せ、条件交渉など仲介行為(媒介行為)を行い、
③当事者間で売買契約が成立し、
④仲介行為により売買契約が成立したといえる
場合に発生します。
当初、不動産購入の仲介を業者に委託した場合であっても、途中から委託者が自ら所有者と交渉し、仲介業者が関与しないところで契約が成立したとなると、上記④の要件が欠けることになります。
しかしながら、仲介業者が、委託者の希望する物件を紹介し、その物件に関する様々な情報を調査提供し、当事者の間に入って取引条件の調整をしたにもかかわらず、委託者が仲介業者を排除して契約を締結すれば、仲介報酬を支払わなくてよいという結論は、信義に反するという価値判断があります。このような場合、委託者は仲介業者による行為の恩恵を受けているからです。特に不動産取引の場合、仲介業者から受け取る所在、価格、所有者等に関する物件情報は、取引のきっかけとなる重要な価値を有しており、直接取引の成立に大きく貢献していると考えられます。
委託者が故意に仲介業者を排除する場合
(1)民法130条
仲介報酬の支払を免れる目的を有しているなど、委託者が意図的に仲介業者を排除した場合には、民法130条が適用されるというのが通説的な考え方です。民法130条は次のように定めています。
「条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。」
前述のように、仲介報酬の支払義務は、「仲介行為により売買契約が成立した」ことを条件として発生するものですが、意図的に仲介業者を排除することは、「故意にその条件の成就を妨げた」に該当します。
(2)最高裁昭和45年10月22日判決
直接取引に関する先例的な判決として、最高裁昭和45年10月22日判決があります。この判決は、
①仲介行為と当事者間の売買契約の成立時期とが近接しており、
②仲介業者による交渉の際、双方の提示する売買価額は僅かの差を残すのみとなっており、間もなく合意に達すべき状態であった
との事情から、当事者は、仲介業者の仲介によって間もなく契約の成立に至るべきことを熟知しており、仲介による契約の成立を避けるため仲介業者を排除して直接当事者間で契約を成立させたものと認定し、民法130条の「故意にその条件の成就を妨げた」場合に該当するとの判断をしています。
(3)民法130条適用の効果と報酬額
民法130条が適用されるとなると、仲介業者は、委託者に対し、売買契約が仲介により成立したものとみなす旨の意思表示をすることにより、仲介報酬の請求権を取得することになります。
その結果、仲介業者と委託者との間で報酬額の約定があるのであれば、委託者は、その約定に基づく金額を支払わなければなりません。仲介報酬の支払を免れる目的で仲介業者を排除するなど、委託者に合理的な理由がない場合には、全額の支払義務を負わせることに問題はないと考えられます。
しかし、仲介業者のもとでの交渉に進展が見られないなど委託者が仲介業者を排除することに合理的な理由がある場合には、約定金額の減額も認められると考えられます。この場合には、仲介業者の行為が、売買契約の成立にどの程度貢献したかという寄与の割合を考慮して判断されることになります。
報酬額の約定がない場合には、その金額は、取引の金額や仲介の難易、仲介活動(媒介活動)をした期間、労力など諸般の事情を考慮して判断されることになります。国土交通大臣が告示により定める方法によって算定した金額を請求するケースがよく見受けられますが、この金額はあくまでも最高限度額を定めたものであり、それ以上請求できないという基準になるとしても、当然に請求できるものではありません。
故意に排除したとまではいえない場合
例えば、お互いが提示する契約条件に開きがあり、歩み寄ることができず、一旦は、全員合意の下で話が打ち切りになったものの、その後、事情の変化があり、当事者同士の交渉で話がまとまり契約成立に至ったというように、仲介業者を故意に排除したとまでいえず、民法130条を適用することができない場合はどうでしょうか。
(1)相当因果関係説
仲介契約が終了したとしても、仲介業者の仲介行為とその後の売買契約の成立との間に相当因果関係があるときは、仲介業者は仲介行為の寄与の程度に応じて仲介報酬を請求できるという考え方があります。
相当因果関係とは、行為と結果との間に「あれ無ければこれ無し」という条件関係に加え、社会通念上相当な関係が認められる範囲で因果関係を認めるものです。仲介行為の時期と売買契約の成立時期とが近接しており、仲介において出されていた取引条件と成立した売買契約の内容が同一ないしほぼ同じであれば、相当因果関係が認められることになります。
(2)東京高裁昭和61年12月24日判決
この判決は、以下の趣旨の判断をしており、相当因果関係説の考えに基づき、仲介業者の報酬請求を認めています。
「委託者は、いつでも自由に仲介契約を解約しうる半面、信義公平の原則に照らすと、自由な解約により仲介報酬支払義務を免れさせるべきではない。業者が仲介した取引を当事者が後になって成立させた場合には、業者の仲介行為が寄与している限り、その割合に応じて、換言すれば、仲介行為と取引の成立との間に相当因果関係の認められる範囲内において、報酬を支払うべき義務を負うと解するのが相当である。」
また、この判決は、一方で、仲介業者の仲介行為が契約成立にかなりの程度貢献していると認定しつつも、他方で、委託者に対し報酬の点を明確にせず、仲介契約書(媒介契約書)をあえて取り交わさなかった点などを考慮し、告示に基づく上限金額の半額が仲介報酬として相当と認めています。
標準媒介契約約款と直接取引
このように民法130条の適用や相当因果関係の有無を検討することにより、直接取引の場合でも、仲介報酬支払義務は発生しうるものですが、具体的な事案で「故意に排除した」といえるか、また、相当因果関係が認められるかの判断はそれほど容易ではありません。
そこで、国土交通省が定めた標準的な仲介契約書(標準媒介契約約款)は、直接取引について、次のような条項を設けています。
「仲介契約の有効期間内又は有効期間の満了後2年以内に、委託者が仲介業者の紹介によって知った相手方と仲介業者を排除して目的物件の売買又は交換の契約を締結したときは、仲介業者は、委託者に対して、契約の成立に寄与した割合に応じた相当額の報酬を請求することができる。」
このような約定がある場合は、条項の要件を充たせば、「故意の排除」や「相当因果関係」の有無を検討するまでもなく、仲介報酬支払義務が発生することになります。ただし、金額の算定にあたっては、仲介行為の内容と程度、仲介の難易、かかった労力や費用、どの段階で排除されたかなどの具体的な事情に基づき、寄与度を検討する必要があります。
仲介業者の排除に正当な理由がある場合
委託者が仲介業者を排除して相手方と直接取引をした場合であっても、排除することに正当な理由があるのであれば、仲介報酬支払義務は発生しません。仲介業者の仲介行為に調査義務違反や説明義務違反などの債務不履行があり、委託者が仲介契約を解除した場合はその典型的な例です。