不動産売買契約の当事者が倒産した場合の法律問題
今回は、土地や建物の売買契約が締結された後、代金支払や引渡しまでの間に売主や買主が、破産等の倒産手続をとった場合、売買契約がどのような影響を受けるかがテーマです。
〔設例〕
AはBとの間で、オフィスビルを代金20億円で売却する建物売買契約を締結して、BはAに対し、手付金2億円を支払いました。その後、残代金支払・建物引渡の決済日が到来する前に、売主であるAが破産となった場合、契約関係はどうなるでしょうか。買主であるBが破産となった場合はどうでしょうか。
1 破産管財人の選択権(破産法53条)
破産法53条は、双務契約について破産者及びその相手方が破産手続開始の時において共にまだその履行を完了していないときは(双方未履行)、破産管財人は、契約の解除をし、又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することができると定めています。破産管財人は、契約を維持して相手方に履行を請求していくか、契約を解除するか、いずれかを選択することができます。
ここでいう「履行をしていない」とは、一部の未履行や従たる給付の未履行も含まれ、履行の期限が到来しているか否か、未履行の理由が何であるかを問うものではないと考えられています。
履行の請求と解除のいずれを選択するかは、債権者に配当できる財産がどちらが増えるかなどを比較考量して、管財人の合理的裁量に委ねられることになります。その際、管財人は、単なる収支の多い少ないだけでなく、履行をする際に実際にかかる負担の程度や処理に要する時間も勘案して判断することになります。
2 売主Aが破産となった場合
(1) 管財人が履行を選択した場合
Aの管財人は、建物の引渡し、移転登記に必要な書類の交付など売主の全部の義務を履行して、Bに対して残代金を支払うよう請求することができます。買主Bが有する建物の引渡請求権や移転登記請求権は財団債権(破産法148条1項7号)となります。財団債権とは、破産手続によらないで破産者の財産から随時に弁済を受けることができる債権をいいます。破産手続による配当を受けるという形でしか行使することができない破産債権と異なり、確実な履行が期待できるといえます。
(2) 管財人が契約の解除を選択した場合
この場合、破産法54条2項は、相手方は、破産者の受けた反対給付が破産財団中に現存するときは、その返還を請求することができ、現存しないときは、その価額について財団債権者としてその権利を行使することができると定めています。買主Bは、すでに支払った手付金の返還を財団債権として権利行使することができますので、2億円は確実に戻ってくることが期待できます。
買主Bは売買契約の解除により履行が受けられなくなったことを理由に、債務不履行による損害賠償請求をすることもできますが、破産法54条1項は、解除があった場合の損害の賠償について破産債権者としてその権利を行使することができると定めています。他の破産債権者と同じ立場として配当を受けることになりますので、損害全額の回収は難しいと考えられます。
(3) 管財人がなかなか選択しない場合
破産法53条2項は、相手方は、破産管財人に対し、相当の期間を定め、その期間内に契約の解除をするか、又は債務の履行を請求するかを確答すべき旨を催告することができ、破産管財人がその期間内に確答をしないときは、契約の解除をしたものとみなすと定めています。買主Bは、相当の期間を定め、どちらを選択するか催告をし、その期間内に確答がないときは、契約は解除されたものと扱われ、2(2)と同様の扱いとなります。
3 買主Bが破産となった場合
(1) 管財人が履行を選択した場合
Bの管財人は、残代金を支払って、建物の引渡、登記の移転を請求することができます。この場合、売主Aが有する残代金債権は財団債権となりますので(破産法148条1項7号)、確実な支払が期待できます。
(2) 売買契約の解除を選択した場合
売主Aは、既に受け取った手付金を破産した買主Bに返還しなければなりません。解除により売主Aが損害を被った場合は、損害賠償請求をすることができますが、この債権は破産債権となりますので(破産法54条1項)、2(2)の損害賠償請求と同様に全額の回収は難しいと思われます。
(3) 管財人がなかなか選択をしない場合については、2(3)と同様です。
4 民事再生や会社更生の場合
破産手続は、清算型の倒産手続であり、法人が破産した場合には手続の終了により法人格が消滅することになります。これに対し、民事再生や会社更生は、再生型の倒産手続であり、再生債務者や更生会社は継続して存在することになります。民事再生法や会社更生法においても、破産法53条と同趣旨の規定が存在します(民事再生法49条、会社更生法61条)。売買契約の当事者について、民事再生手続又は会社更生手続が開始となった場合、双務契約において双方の債務が未履行である場合は、再生債務者や更生管財人は、契約を維持して相手方に履行を請求していくか、契約を解除するかの選択権を有することになります。履行を選択した場合、解除を選択した場合の契約の取扱いは破産の場合と同様となります(破産手続における財団債権と同様に再生手続、更生手続においては随時弁済される債権を共益債権といいます。)。
再生債務者や更生管財人がなかなか選択をしない場合に、契約の相手方に催告権が与えられる点も破産の場合と同様です。ただし、催告期間内に確答がない場合は、契約解除とみなされるのではなく、解除権を放棄したものとみなされることになります。この点の違いは、破産が清算型の倒産手続であるのに対し、民事再生や会社更生が再生型の倒産手続であることに由来するものと考えられます。
5 双方未履行ではなくいずれかの債務が履行済みの場合
設例は双方の債務が未履行の場合でした。不動産の売買ではあまり考えられないかもしれませんが、売主や買主の破産手続が開始した時点で、いずれかの債務が履行されていた場合はどのような取り扱いになるでしょうか。
(1) 売買契約締結後に売主が破産となった場合
ア 売主の引渡し・移転登記義務が未履行、買主の代金支払義務が履行済みの場合
一般的に、代金を受け取ったにもかかわらず、売主が目的物を引き渡す前に破産した場合、買主が所有権を取得しているのであれば、買主は取戻権に基づいて目的物の引渡しを求めることができます。しかし、売主の管財人は、所有権の移転について対抗要件の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたると考えられています。したがって、買主が建物の移転登記を受けていない場合は、建物の所有権を管財人に対抗することができず、建物の引渡しを求めることはできません。この場合、買主は破産債権者として配当を求めることになります。
イ 売主の引渡し・移転登記義務が履行済み、買主の代金支払義務が未履行の場合
この場合、売主の有する売買代金債権は破産者の財産となりますので、管財人が買主に対して代金の支払いを請求することになります。
(2) 売買契約締結後に買主が破産となった場合
ア 売主の引渡し・移転登記義務が未履行、買主の代金支払義務が履行済みの場合
代金を支払ったにもかかわらず建物の引渡し・移転登記を受ける前に買主が破産した場合、引渡請求権や移転登記請求権は破産者の財産となりますので、管財人は売主に対して建物の引渡し・移転登記を請求することとなります。
イ 売主の引渡し・移転登記義務が履行済み、買主の代金支払義務が未履行の場合
この場合、売主の売買代金請求権は破産債権となるので、売主は破産債権者として配当を求めるしかないことになります。