ITを活用した重要事項説明(IT重説)について
1 対面による重要事項説明
宅地建物取引業法(宅建業法)35条は、宅地建物取引業者(宅建業者)が、宅地建物を売却する場合また宅地建物の売買を媒介する場合、買主に対して、宅地建物取引士(宅建士)をして、物件に関する権利関係や法令上の制限、取引条件などの重要事項について、書面を交付して説明させなければならないと規定しています。これを重要事項説明といいます(2020年4月号参照)。
宅建業法上、重要事項説明は、宅建士が、買主本人に宅地建物取引士証(宅建士証)を提示して、記名押印のされた書面を交付して行う必要があります。また、宅地建物取引は当事者にとって重要な意味を有しますので、重要事項説明は、一方的に事実を伝えればよいというものではなく、相手方に誤解が無いよう確認しつつ、質問等があれば適宜回答して行う必要があります。
そのような必要を充たすために、重要事項説明は、宅建士が買主と直接面会する対面方式で行わなければならない(対面原則)とされてきました。
2 ITを活用した重要事項説明(IT重説)の検討と実験
(1) 政府の方針
そのような中、2013年に「世界最先端IT国家創造宣言」が閣議決定され、政府により「IT利活用の裾野拡大のための規制制度改革集中プラン」が策定されました。同プランでは、宅地建物取引における重要事項説明に際しての対面原則の見直しが検討対象とされ、インターネット等を利用した対面以外の方法による重要事項説明について、具体的な手法や課題への対応策に関する検討を行うことが対処方針として示されました。
(2) IT重説の効用
インターネット等のIT技術を活用した重要事項説明の実施により、
・これまで相対するために要していた時間コスト、金銭コストの縮減が期待できる
・消費者について、自らリラックスして説明が受けられる場所を選択して重要事項説明を受けることにより、より理解を促すことにつながる
・急な要件が発生した場合でも柔軟に対応できる
・IT技術を利用することにより、内容を録画するなど記録保存を容易に行うことができる
・消費者にとってより分かりやすいサービスの創出につながる
・新たな取引のニーズが掘り起こされるなど、市場拡大につながる
などの効用が期待されていたところです。
(3) IT重説の社会実験の検証と運用開始
その後、2014年に有識者や実務者からなる「ITを活用した重要事項説明等のあり方に係る検討会」が設けられ、重要事項説明が必要な賃貸取引と売買取引について、IT重説の社会実験が行われることとなりました。社会実験は2015年から実施され、2016年から開催されている「ITを活用した重要事項説明に係る社会実験に関する検証検討会」において、実験についての検証がなされています。
社会実験の結果、賃貸取引については、1000件以上のIT重説が実施され、目立ったトラブルが発生していないことなどから、一定の条件の下であればIT重説であっても支障がないと認められました。その結果、2017年10月より、賃貸取引について、IT重説の本格運用が開始されました。
売買取引については、2015年より法人間売買についての社会実験が開始され、その後、2019年からは個人を含む売買取引にも実験が拡大され、2000件を超えるIT重説が実施されました。売買取引についても目立ったトラブルが発生していないことなどから、今年3月30日より、売買取引についても、IT重説の本格運用が開始されました。
3 IT重説が対面重説と同様に取り扱われるための要件
(1) IT重説の本格運用は、国土交通省が宅建業法の解釈及び運用の考え方として示している「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(解釈・運用の考え方)の改訂という形で開始されました。
(2) 解釈・運用の考え方では、重要事項の説明にテレビ会議等のITを活用するに当たっては、以下の事項を満たしている場合に限り、対面による重要事項説明と同様に取り扱うとしています。
① 双方向でやりとりできるIT環境
まず、双方が、図面等の書類及び説明の内容について十分に理解できる程度に映像を視認でき、音声を十分に聞き取ることが可能な双方向でやりとりできる環境であることが必要とされています。
具体的なIT機器やサービスに関する仕様は求められていませんが、IT重説で求められるやり取りが十分可能なものを用意することが必要です。
② 重要事項説明書等の事前送付
宅建士により記名押印された重要事項説明書及び添付書類を、説明の相手方にあらかじめ送付していることが必要とされています。相手方が手元の書類を確認しながら説明を受けることを可能とするための要件です。
なお、重要事項説明書は、記名押印をした書面で交付する必要があり、PDFファイル等による電子メール等での送信は認められません。事前に重要事項説明書を読んでおくことが推奨されますので、送付から一定期間を空けてIT重説を実施することが望ましいと考えられています。
③ 説明開始前の状況確認
説明の相手方が、書類を確認しながら説明を受けることができる状態にあること並びに映像及び音声の状況について、宅建士が重要事項の説明を開始する前に確認することが必要とされています。
宅建士は、相手方の映像や音声を宅建士側の端末等で確認できること、宅建士側の映像や音声を説明の相手方の端末で確認できること、相手方に事前に送付している重要事項説明書等が、相手方の手元にあること等の確認を行うことが必要です。
④ 宅建士証を相手方が視認できたことの画面上での確認
宅建士が、宅建士証を提示し、重要事項の説明を受けようとする者が、当該宅建士証を画面上で視認できたことを確認することが必要とされています。
宅建士は、説明の相手方に対して、自身の宅建士証をカメラにかざし、相手方に表示されている宅建士証の氏名等を読み上げてもらうこと等により、相手方が視認できたことを確認することとなります。
(3) IT重説の中断
解釈・運用の考え方は、IT重説を開始した後、映像を視認できない又は音声を聞き取ることができない状況が生じた場合には、直ちに説明を中断し、そのような状況が解消された後に説明を再開するものとするとしています。利用する通信環境によっては、必ずしも通信速度等が安定せず、音声や画像の乱れ、通信の途絶が生じることもあります。そのような場合には、電波の入りやすいところに移動する、通信網を固定系のものに変更する等の措置を試みて問題の解消を図った上で再開するようにする必要があります。なお、IT重説を中断した場合、当事者の希望により、残りの部分を対面による説明に切り替える対応も可能です。
4 その他の留意事項
(1) 関係者からの同意
重要事項説明は、対面重説か、一定の条件の下でのIT重説かの選択となりますが、その選択に当たっては、相手方の意向を確認する必要があります。意向の確認の手法についての定めはありませんが、トラブル防止の観点から書面等の記録として残る方法で行うことが望ましいと考えられます。
(2) 相手方が本人であることの確認
重要事項説明は、契約当事者が権利関係や取引条件等について事前に理解した上で契約を締結し、取引に係るトラブルを未然に防止する観点から行われるものです。したがって、説明の相手方が、契約当事者本人(代理人を含みます。)であることは、当然の前提です。IT重説による取引の場合には、宅建士が契約当時者本人等と直接相対しないで契約にいたるケースも想定されます。そのため、IT重説の実施までに、相手方の身分を確認し、契約当事者本人等であることを確認することが求められます。契約当事者本人等であることの確認は、公的な身分証明書(運転免許証等)や第三者が発行した写真付の身分証(社員証等)で行うことが想定されます。
(3) 録画・録音への対応
IT重説の実施状況を録画・録音により記録を残すことは、トラブルが発生したときの解決手段として有効と考えられます。他方、重要事項説明には、宅建士や説明の相手方、売主等の個人情報が含まれている場合があります。また、IT重説の実施の記録については、断片的に記録されたり、編集されたりすることによって、本来実施された内容と異なる記録が残るケースも想定されます。そのため、以下のような対応で録画・録音を行うことが適切であると考えられます。
・IT重説の実施中の状況について、録画・録音をする場合には、利用目的を可能な限り明らかにして、宅建業者と説明の相手方の双方了解のもとで行う。
・重要事項説明の実施途中で、録画・録音をすることが不適切であると判断される情報が含まれる場合(例えば、説明の関係者の機微情報等が含まれる場合等)については、適宜、録画・録音を中断する旨を説明の相手方にも伝え、必要に応じて録画・録音 の再開を行う。
・宅建業者が録画・録音により記録を残す場合、説明の相手方の求めに応じて、その複製を提供する。
なお、宅建業者が取得した録画・録音記録については、個人情報保護法に則った管理が必要となり、IT重説以外で取得した個人情報と併せて、適切な管理を行うことが必要となります。
5 最後に
コロナ禍の影響もあり、賃貸取引については着実にIT重説の実施件数が増加しています。今年3月から本格実施となった売買取引についても今後IT重説がより多く実施されるものと思われます。