不動産信託受益権及びその売買について
最近の不動産取引は、土地や建物といった不動産そのものを売買の対象とする形態だけではなく、不動産を信託受益権という権利にし、その信託受益権を売買の対象とする形態でも多く行われています。不動産を信託受益権化した上での取引は、投資家から資金を調達する手法である不動産の流動化・証券化とも結びついて大きな市場を形成しています。今回は、不動産信託受益権及びその売買について取り上げます。
1 不動産信託受益権とは
信託とは、信託行為により特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及び当該目的の達成のためにその他の必要な行為をすべきものとすることをいいます(信託法2条1項)。分かりやすく言うと、ある財産を持っているAが、専門家であるBにその財産をうまく管理・処分してもらい、その収益をCに取得させるために、財産の所有権をBに移転し、BがCのために財産の管理や処分を行うことです。この場合のAを委託者、Bを受託者、Cを受益者といいます。信託行為の代表的な例が信託契約です。
受託者は、信託された財産を他人に賃貸したり、売却したりして管理処分し、そこから得られる収益を受益者に分配する役割を担います。この役割の重要性から、受託を事業として行うには一定の資格が必要となります。銀行などの金融機関が行う場合には、金融機関の信託業務の兼営等に関する法律上の認可が必要となりますし(信託銀行)、金融機関以外の者が行う場合には、信託業法上の免許または登録が必要となります(信託会社)。
受益者は信託された財産から生じる利益等を得ることになりますが、この受益者が取得する権利を受益権といいます。受益権は、①信託財産の収益分配等を受託者に求めることができる権利(受益債権)と②受益債権を確保するために受託者に一定の行為を求めることができる権利(帳簿等の閲覧・謄写の請求権、受託者の行為差止請求権等の監督権能)から構成されます。また、受益権は、受益者の受託者に対する債権であり、受託者は受益者に対して負っている債務を履行するという関係にあります。受益者は、信託行為(信託契約)において指定された者がなりますが、委託者自身を受益権者として指定することも可能であり、そのようなケースも多く見られます。
信託が終了する場合、受託者に移転された財産は、信託行為(信託契約)において、残余財産の帰属者として指定された者に帰属することとなります。多くの場合、終了時点での受益者が残余財産帰属者として指定されています。
不動産信託受益権とは、信託される財産が不動産の場合の受益者が取得する権利です。受託者は、その不動産を賃貸したり、売却したりして収益を上げ、その収益を受益者が取得することになります。
2 信託財産の独立性
受託者が信託により取得する財産を信託財産といいます。信託財産は、受託者の所有物であり、財産自体に法人格が与えられるものではありません。ただし、受託者の債権者への引当となる責任財産としては、受託者が信託によらずに保有している固有財産と区別されることとなります。
例えば、信託財産は、受託者の受益者に対する債務、信託事務により生じた債務など、受託者が信託に関連して負担している債務についての責任財産にはなりますが(信託法21条)、受託者が信託とは関係なく負担した債務の責任財産にはなりません。原則として、信託と関係のない債権者による信託財産への強制執行は禁止されており(信託法23条)、受託者が破産となった場合でも信託財産は破産財団には属しないものとされています(信託法25条)。
信託財産の独立性を認めるとしても、信託と関係ない受託者の債権者等の第三者についても配慮する必要があります。そこで、信託法は不動産のように登記をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、信託の登記をしなければ当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗できないとしています(信託法14条)。
3 信託の機能
不動産の現物の売買ではなく、不動産を受益権化して取引をする理由として、信託が次のような機能を果たしているからであると考えられています。
(1) 適切な財産管理
信託では、事業として行なわれる場合、受託者には信託銀行や信託会社など有資格の専門家が就くことになります。また、受託者には、信託事務を行うにあたり、善管注意義務、忠実義務、分別管理義務、帳簿等作成・報告義務が課せられますし、利益相反行為や競合行為は原則禁止とされています。これらにより受託者による適切な財産管理が期待しうるといえます。
(2) 倒産隔離
「倒産隔離」とは、対象となる財産が関係当事者の信用不安や倒産の影響を受けない(関係当事者の債権者の差押や倒産手続による執行の対象とならない)ことをいいます。
信託の対象となる財産は、委託者から受託者へ移転しますので、委託者からの倒産隔離が図られることになります。また、前述のように、信託財産の独立性が確保されていますので、受託者からの倒産隔離も図られることになります。
(3) 流動化・証券化
現物の不動産が信託受益権となることで、金融商品取引法上の有価証券に該当することとなり、流通性が高まることとなります。また、信託では、信託行為(信託契約)において、自由に受益権の種類や条件を設定することができるため、一つの不動産を小口で多数の受益権に分割し、優先劣後関係にある複数の種類の受益権を機動的に作ることも可能です。
4 不動産信託受益権の売買について
(1) 受益権の売却(譲渡)は可能
受益者はその有する受益権を譲り渡すことができるとされており(信託法93条1項)、不動産信託受益権も売却することが可能です。原則、売却について受託者の承諾は必要ありません。
ただし、信託行為(信託契約)に別段の定めを置くことで受益権の譲渡を禁止することは可能です(信託法93条2項)また、信託行為により、一定の範囲の者にのみ譲渡を認めることや、譲渡の際に受託者の同意を要するとすることも可能です。信託銀行が受託者となっている不動産信託受益権の場合、信託契約の中で譲渡には受託者の承諾が必要であると定められていることが殆どです。
譲渡を禁止する信託行為の定めは、善意の第三者に対抗できないものとされています(信託法93条2項但書)。
(2) 分割譲渡・一部譲渡
受益権を量的に分割して譲渡することは当然にはできないと考えられています。分割して譲渡することにより受益者の数が増えることになり受託者の負担を増加させることになるからです。このような分割譲渡は信託の変更にあたり、受託者を含めた当事者の合意が必要になります。ただし、信託行為(信託契約)により、分割譲渡を予定してあらかじめ受益権が単位化されている場合(投資信託や資産流動化信託など)には分割譲渡は当然可能です。
また、受益権は、①受益債権と②受益債権を確保するため監督権能から構成されると前述しましたが、受益債権は受益権の中核をなす権利であり、監督権能はそれを確保するための手段という関係にあり、受益債権を伴わない監督権能は存在しえません。したがって、両者を質的に分離して譲渡することは認められません。ただし、金銭債権として具体的に発生した受益債権については、それを分離して譲渡することは可能です。
(3) 受益権譲渡の対抗要件
受益権の譲渡は、譲渡人が受託者に通知をし、又は受託者が承諾しなければ、受託者その他の第三者に対抗することはできず、受託者以外の第三者との関係では、通知、承諾は確定日付のある証書によってしなければならないとされています(信託法94条)。受益権は、受託者に対する債権ですので、民法の指名債権譲渡の場合に準じています。
実務上は、信託行為により譲渡自体に受託者の承諾が必要とされていることより、受託者の確定日付のある承諾書が作成されています。
5 不動産信託受益権の売買と契約不適合責任
不動産受益権の売買も民法上の売買であることより、目的物が契約の内容に適合しないものであった場合、買主は売主に対し、追完請求(民法562条)、代金減額請求(563条)等の契約不適合責任を追及することが可能です。
では、信託財産である不動産に、例えば土壌汚染などの瑕疵があった場合、不動産信託受益権の売主は契約不適合責任を負うことになるでしょうか。
不動産信託の信託財産の中核は土地や建物であり、特に非分割の不動産信託受益権の売買場合、多くの契約当事者が現物不動産の売買と同じ意識を持っていることは事実かと思われます。
しかし、不動産信託受益権はあくまで受益者に対する債権であり、不動産そのものではありません。したがって、土壌汚染のような不動産自体の瑕疵が、現物不動産の売買と同じように、直ちに不動産信託受益権の契約不適合に該当すると考えるのは難しい場合もあるかと思われます。
したがって、不動産信託受益権の売買契約においては、信託不動産自体の瑕疵も契約不適合事由に該当することを明記するなり、信託不動産の性能等について表明保証条項を設けておくことが望ましいと考えられます。
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