媒介契約書がない場合や売買契約が解除された場合に媒介報酬の支払い義務は発生するか
事例
私は、所有している自宅の土地建物を売却して引っ越すことを考えています。そのことを宅建業者の知人にたまたま話すと、ちょうど近辺で戸建て住宅を探している人がいるので話をしてみてもいいとのことでしたので、お願いすることにしました。数日後、知人が内見のために連れてきた人が自宅を気に入ってくれました。価格について、私の希望は2,200万円、その人の希望は1,800万円でしたが、知人に間に入ってもらい2,000万円ということで話がまとまり、その人に売却することにしました。売買契約書は、必要最低限の事項が記載された簡単な契約書を知人が用意してくれ、1か月後を引渡日として知人の事務所で契約を締結しました。契約書以外に特に書類のやり取りはありませんでしたが、知人には契約書に立会人として記名押印をしてもらいました。
しかし、引渡日になっても買主は資金を工面することがすることができず、私は売買契約を解除せざるを得ませんでした。
そんな折に、知人から、媒介報酬として66万円(税別)の支払いを求める請求書が届きました。私は、知人が好意で買主を紹介してくれたものと理解していましたし、媒介の契約書を交わしてもいなければ、66万円を支払うと約束したこともありません。ましてや、売買契約は、買主の代金不払いを理由として解除されています。そのことを、知人に話しても、法律で決まっていることだからと言って、取り合ってもらえません。私は、請求書通りに支払いをしなければならないのでしょうか。
解説
1.契約書がなくとも媒介契約は成立するか
媒介とは、仲介、仲立ともいい、他人の間に立って、契約が成立するように尽力することです。契約は原則として口頭でも成立しますが、媒介を引き受ける媒介契約も同様です。
たしかに、宅建業法34条の2は、宅建業者は、媒介の契約を締結したときは、遅滞なく、宅地の所在、建物の所在・種類・構造、売買価額、媒介契約の有効期間、報酬に関する事項等を記載した書面を作成して記名押印の上依頼者に交付しなければならないと規定しています。しかし、この規定は、書面の作成を媒介契約成立の要件としているわけではありません。同条に違反することによって、行政上のペナルティが課されることはありますが、媒介契約の効力まで否定されるものではありません。
昭和43年4月2日の最高裁判例は、宅建業者が、契約を成立させるために、
① 買主を現場に案内した
② 代金についての双方から言い分を聞き、間を調整した
③ 契約締結の場に立ち会った
④ 売買契約書を用意し、契約書に媒介者として記名押印した
等の事実関係のもとにおいては、明示の媒介契約がされなかったとしても、黙示の媒介契約が成立したものと解されると判断しています。
本件の場合も、判例の事案と似通った事実関係があるようですので、契約書がなくとも媒介契約が成立したと判断されるものと思われます。
2.報酬支払の合意がなくとも支払義務は発生するか
媒介契約が成立するとしても、報酬に関する合意はなく、あくまでも好意で行ってもらったことであるという言い分は通るでしょうか。
民法上の原則は、契約をして他人のために何か行為をしたとしても、報酬を支払うとの合意がなければ報酬を請求することはできません。
しかし、宅建業者は、不動産の媒介(仲立)等を業として営む者であり、商法上の商人に当たります(商法502条11号、4条1項)。そして、商法512条は、商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができると規定しています。これは、商人は営利を目的として継続的に活動するものであり、商人の行為であれば通常は営利目的のためになされたものと考えられることより設けられた規定です。
したがって、宅建業者との間で黙示の媒介契約が成立しているのであれば、報酬を支払うとの合意がなくとも、この規定を根拠に宅建業者である知人に対し報酬を支払う義務が発生することになります。
3.売買契約が解除された場合であっても報酬を支払わなければならないか
宅建業者の媒介によって売買契約が成立すれば、報酬請求権が発生します。前述のように、媒介とは契約の成立に向けて尽力することです。媒介者は、契約成立に向けて、委託者のために契約の相手方を探し、物件の権利関係等を調査し、代金額などの契約条件を調整し、重要事項の説明、売買契約書の交付、契約立会等様々な活動をします。そして、契約成立が目的達成であり、媒介事務は完結となりますので、その時点で報酬請求権が発生します。この一旦発生した報酬請求権は、売買契約が契約当事者の債務不履行により解除されたとしても消滅するものではありません。
取引実務では、旧建設省の指導があったことより、媒介報酬を契約成立時に半額、決済時に半額とする約定が多く見られます。これは、媒介業者が契約成立時に報酬を全額受領してしまうと、契約の履行手続に無関心、無責任となり、円滑な履行に支障が出るおそれがあることを行政上考慮したものに過ぎません。このように分けたとしても、あくまで契約成立により発生した全額の報酬請求権の支払時期を分けたものにすぎず、契約の履行が報酬請求権発生の要件や停止条件とされたものではありません。
したがって、本件においても、契約が解除されたことを理由として媒介報酬の支払を拒むことはできません。
4.66万円が法律で決められた報酬金額であるのか
宅建業者の知人は、66万円の報酬請求について「法律で決まっていること」と言っているようですが、果たしてその金額の請求が認められるのでしょうか。たしかに、66万円という金額は、売買代金が2000万円の場合に、宅建業者が受けることのできる報酬として、宅建業法46条1項に基づき国土交通大臣が定めた金額です。
しかし、前述のように、報酬の合意がない場合には、商法512条が請求の根拠となりますが、同条の「相当な報酬」について、昭和43年8月20日の最高裁判例は、取引額、媒介の難易、期間、労力その他諸般の事情が斟酌されて定められると判示しています。
本件の場合、たまたま知人に話したことがきっかけであったこと、紹介した人も一人であったこと、双方の希望額の差はそれほど大きなものではなかったこと、必要最低限の事項が記載された簡単な契約書を使用していることに加え、宅建業者に義務付けられている書面を交付しての重要事項説明をしていないなどの事情を考慮すると、66万円よりも低い金額が「相当な報酬」であると判断される可能性は十分あるように思われます。