賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
どこまで説明すればよいのか。人の死の告知に関する国土交通省のガイドライン
我が家の近所の地主さんが、この秋、勲章をもらうことになりました。秋の叙勲を受ける一人です。
もちろん地主だからというわけではなく、長年にわたって地域への貢献があったからです。
確かに、この地主さんは、若いころから消防団、町会、法人会、少年野球といったさまざまな地域の団体に参加し、そのほとんどで会長や役員を務め、70歳を過ぎた現在でも、その活動を続けています。
私は、どちらかというと自分の生活や時間を優先する方なので、こういう人を見ると、「偉いなぁ」と思ってしまいます。
さて、今回は、人の死の告知に関する国土交通省のガイドラインのお話です。
先日、ある関西のテレビ局から、高齢者の賃貸住宅への入居について取材を受けました。
その取材で最初に聞かれたのが、「高齢者であることを理由にして、入居を断ることは許されますか?」という質問でした。
残念ながら、今の日本の法律では、誰と賃貸借契約を締結するかは、賃貸人の自由ですから、大家さんが、高齢者であることを理由にして、入居を断ることは許されます。
次に聞かれた質問は、「大家さんが、高齢者を入居させたくない一番大きな理由は何ですか。」というものでした。
この質問の答えは、多分、「孤独死(病死)と死後の法的手続きの面倒さ」ではないかと思います。
まず、「孤独死」ですが、高齢者の方が賃貸住宅内で亡くなるケースはかなり多く、また、亡くなった後にご遺体の発見が遅れた場合に、大家さんと相続人や連帯保証人との間で、原状回復費用の負担を巡る紛争が起きることがあります。
前にこのコラムでも書きましたが、病死のケースでは、死後の居室の損傷について、原則として相続人や連帯保証人に責任はありません。
それだけに、大家さんとしては、こうした問題が起きる可能性の高い高齢者を入居させることに、躊躇を覚えることになります。
この孤独死に関連して、孤独死があったことを、次の入居希望者に告知する義務があるか、という問題があります。
当然のことですが、孤独死があったことを告知すれば、入居を敬遠される可能性が高く、それでも入居者を確保しようとすれば、賃料を下げるなどの対策を講じなければならす、経済的な損失が生じます。
しかし、私は、大家さんから、「孤独死があったことを、入居希望者に告知しなければなりませんか?」と聞かれた場合、「その部屋で人が死んだかどうかは、入居希望者が入居を決定する上で重要な事項だと思いますので、法律的に告知義務があるとは断言できませんが、告知した方がいいですよ。」とアドバイスしています。
法律的に、孤独死があったことを入居希望者に告知する義務があるかどうかは、微妙なところです。
しかし、孤独死があった場合、警察官などが部屋に来て、遺体を運び出しますので、近所に知れ渡ってしまいます。法律的に告知義務がなかったとしても、入居後に近所の人から知らされた入居者としては、「なぜ教えてくれなかったのか。」と大家さんに苦情を言う可能性があり、場合によっては、法的な紛争になるおそれがあります。
具体的には、大家さんに告知義務違反があったとして、入居者から損害賠償を請求されることが考えられます。損害の内容としては、居住を続ける場合は、精神的苦痛に対する慰謝料が考えられますが、解約して退去してしまった場合は、引越しに要する費用も損害として主張されるでしょう。
そのリスクを考えると、やはり告知しておいた方がよいと言わざるを得ません。
この告知義務に関して、国土交通省から、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」というものが出されています。
このガイドラインによると、賃貸中の居室での自然死や日常生活の中の不慮の死(転倒事故、誤嚥など)については、告知しなくてもよいとされていますが、上記のような死亡であっても、特殊清掃等が行われた場合は、告知する必要があるとされています。
ただし、特殊清掃等が行われてから、概ね3年間が経過した後は、告知しなくてもよいとされています。
さらに、告知しなくてもよいとして場合でも、「事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案」や「借主から事案の有無について問われた場合」などは、告知する必要があるとされています。
上記のガイドラインは、宅地建物取引業者の告知義務に関するものですから、大家さんにそのまま当てはまるわけではありませんが、宅地建物取引業者より大家さんの方がより広範な告知義務を負う理由はありませんので、このガイドラインを参考してよいと思います。
裁判官は、原状回復義務を巡る紛争に関して、国土交通省のガイドラインに沿った判決を書く傾向にありますので、人の死の告知に関しても、上記のガイドラインを参考にすると思います。
このため、このガイドラインに従って告知するかどうかを決定すれば、仮に入居者から告知義務違反を理由とする損害賠償請求を受けても、損害賠償責任を否定する判断となる可能性が高いのではないでしょうか。
長くなりましたので、大家さんが高齢者の入居を躊躇するもう一つの理由である「死後の法的手続きの面倒さ」については、別のコラムで取り上げたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。